第18話 一回戦③「覚醒」
「最後の最後で読み違えたかぁ……。一発決まれば終わりの状況で攻めてくるなんて強気だね」
(マスター、まずは一本だね)
(試合内容的にはほぼ負けだがな)
最後のダッシュ攻撃は読まれていれば、やられていたのはギルスの方だ。加えて、香子のコンボミスで命拾いした場面もあった。
「……さっきの勝負は負けちゃったけど、最強神との試合は本当に楽しいね! 試合でしか味わえない高揚感を久々に思い出したよ!」
口を開いた香子はいつもの抑揚のない声ではなく、言葉に人間らしい感情が籠もっていた。
一本目を取られたにも関わらず、彼女は楽しそうに笑っている。
「まだまだ終わらせないよ。私は君との戦いをもっと楽しみたいんだ! ここからが本当の勝負だよ最強神!」
(選手を引退してからは大人しくなったが、頂点を取ろうとしていた頃の香子が帰ってきたな)
今の香子はプロプレイヤーだった頃の闘志に燃えていた彼女であった。
(……追い詰められているはずなのに、香子の目は死んでいない。最後まで油断できないな)
リードしているのは春雪だが、最後まで気を緩めるつもりはなかった。
キャラは両者変更なしで、二セット目の試合が始まる。
一セット目と同様に、互いに小技で相手にプレッシャーを与える静かな始まりであった。
数度の攻防を経た後、春雪は開始早々にアリアドネの動きのキレが増しているのに気づく。
(……香子の反応が最初よりも早くなっている)
春雪との勝負で鈍っていた試合勘が戻りつつあるのか、香子の判断が一セット目よりも速く、的確になっていた。
その証拠に一セット目では互角だった牽制技の打ち合いでも、ギルスの方が押されていた。
『何という集中力! アリアドネの動きが一セット目よりも早くなっているぞ!』
(このセットで決めないと嫌な予感がするな……)
時間が経つほど、アリアドネの動きは洗練されていく。
二セット目を取らないと、負けるのは自分だと春雪は確信していた。しかし、強引な攻めで勝てるほど香子は甘い相手ではない。
(一気に勝負を決めたいところだが、ギルスのカウンターは確実に警戒されている。かといって、無理矢理攻め切れる相手でもない)
一セット目と同じく、コンボや有利展開の起点になる技は、アリアドネは確実にガードしたり避けてくる。試合の流れを取るのは容易ではなかった。
(全く隙がないね……。こっちから攻めずに、さっきみたいな相手のミスを待つのは駄目かな?)
彁の提案した作戦は悪くないが、相手の攻めをしっかり捌くのが前提だ。だが、二セット目からアリアドネの攻めを対処しきれていない。
相手がミスするまで耐えるよりも、ギルスの体力が尽きる確率の方が高いだろう。
『最強神は防戦一方! どうやら一セット目はまぐれ勝ちだったようだ!』
チート疑惑もあり、観客だけではなく実況も香子寄りであった。
(何か手を打たなければ負けるな……。香子を罠にハメて逆転してやる)
香子のアリアドネを攻略する方法を思いついたのか、春雪は劣勢を覆すために行動に出る。
ギルスはダッシュではなく、歩いてアリアドネに一歩ずつ近づく。歩きはダッシュよりも移動速度が遅いが、ダッシュとは異なり、攻撃やガード等の他の動作にすぐに移行できるメリットがある。
香子はギルスの歩きに虚を突かれるが、勝負を決めるほどの隙にはならない。
アリアドネはカウンターを警戒し、弱攻撃のパンチで一度フェイントをかけた後、近づいてきたギルスにもう一度パンチを放つ。
ギルスはガードでもカウンターでもなく、いきなりブラストを使い、アリアドネを衝撃波で吹き飛ばす。
「……えっ、ここでブラストを!?」
吹き飛ばされたアリアドネは受け身を取れず、ダウン状態になる。
コンボで固められている状態ならまだしも、貴重なブラストを初撃で消費するのは戦いのセオリーに反した行動だ。香子も全く想定していなかった行動に意表を突かれていた。
『アリアドネが密着状態でダウン! まさか、最強神の狙いは……!?』
アリアドネにギルスは下段蹴りを食らわせ、立ち上がろうとした相手を怯ませる。
ブレイブソウルズでは倒れ状態から起き上がる寸前の相手に、威力の低い技を当てると、相手を怯ませる『麻痺』というテクニックがある。
麻痺に使える技はどれも威力が弱く、麻痺させられる回数はハメ防止のため三回までという制限があり、このテクニックだけでは相手に大したダメージは与えられない。
だが、麻痺中の相手や起き上がった直後の無防備な相手に必殺技を食らわせることが可能だ。
「俺の動きが読めていても、動きを封じればどんな技も避けられないだろ」
下段蹴りを三回食らわせ、アリアドネが起き上がる寸前で、ギルスは槍を両手持ちにし振り下ろす。出が遅く隙は大きいが、ギルスの技の中でも威力の高い必殺技『ジャスティスクラッシュ』だ。
大技でアリアドネの体力を一気に削る。ダウン中の相手を追撃しようとすると、ブラストでギルスは壁際まで飛ばされた。
(……倒しきれなかったか)
(必殺技を食らわせたね! もうすぐアリアドネを倒せるよ!)
ギルスの背後には壁があるが、アリアドネは簡単なコンボを一回食らわせれば倒せる体力だ。
だが、そのワンタッチが容易ではない。初手ブラストからの麻痺という奇策で、香子の警戒も一段と強くなっている。
(まだ油断はできない。こういう勝てそうな状況が一番危ないんだ)
相手の体力が残っている限り、勝負は最後まで分からない。今までの試合で春雪は逆転勝ちも逆転負けも何度も経験している。
アリアドネがダッシュの途中で戦車に変身し加速し、ギルスへ一気に近づく。
(マスター、早くガードかカウンターしないと!)
ギルスは壁際にいるため、高速で動く戦車から逃げ切るのは厳しい。
敵が迫っているにも関わらず、ギルスは何もせず棒立ちのままであった。
(試合を捨てるつもりなの!?)
春雪は彁の言葉を無視し、アリアドネの動きを観察していた。
砲台の先端がギルスの身体に触れる寸前、戦車の動きが止まり、アリアドネが元の姿に戻る。
アリアドネの突進はスティックの倒し方で、移動距離や速度を微妙に調整でき、攻撃が当たるギリギリの位置に香子がコントロールしたのだ。
寸止めの突進でギルスのカウンターもしくはガードを使わせてから、本命の必殺技を叩き込む。それが香子の狙いであった。
(不利な状況ほど強気に攻めるところ……昔と変わらないな)
香子との対戦経験から『追い詰められた香子は大胆な攻め方をする』と、春雪は完璧に予測していた。
香子の戦術を看破していた春雪は、突進のフェイントに揺さぶられない。
ギルスは鎌に変化した右腕にカウンターを合わせ、アリアドネの残り僅かな体力を削り切る。
「……負けたよ。裏をかいたつもりだったけど、最後よく分かったね」
「お前とは何度も戦っているからな」
「よりにもよって君に負けるとはね。この大会で最後にするつもりだったのに……」
「最後だと?」
「この大会で今度こそ引退するつもりだったんだよ」
「引退する気だったのか? あんなに強かったのに」
「……君に負けたまま辞めるわけないでしょ」
香子がぼそりと呟く。
「一番負けたくない奴に負けたんだよ! こんなのリベンジするまで辞められないでしょ! あーもう! 悔しいなぁっ!」
香子は地団駄を踏む。
ライバルである春雪に敗北し、香子は「悔しい」という感情を剥き出しにしていた。
「悪いなぁ~。意図せずお前の引退を阻止しちまった」春雪はニヤつきながら香子を煽る。「また返り討ちにしてやるが、いつでもリベンジ待ってるぜ」
「この野郎ぉ……。私に負け越してるのに一回勝ったくらいで、ムカつくドヤ顔しやがってぇっ……」
感情の起伏が少ない香子が本気で悔しがる姿を見て、春雪は勝利の余韻に浸っていた。
「忘れてないよな? 決闘の勝利報酬としてお前の動画に出演させてもらうぜ」
「……分かってるっての」
本戦一回戦ーー旧国内三強対決は最強神に軍配が上がったのだった。
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