第17話 次なる看病

「ご馳走様でした」

「お粗末様です」

「本当に美味しかったよ。作ってくれてありがとう」

「どう致しまして。安野君のお口に合ってよかったよ」


 寺花さんは嬉しそうな笑みを浮かべながら、流しで食器を洗っている。


「寺花さんって凄いよね。活動もやりながら自炊もこなすなんてほんと尊敬するよ」

「そんなことないよ」

「俺なんて、面倒だからコンビニ弁当ばかりなのに……」


 少しは寺花さんを見習って、俺も自炊をしなければと反省する。


「小さい頃から元々料理は得意だったの。私の両親、家を空けることが多くて、自炊しなきゃいけなかったから……」


 どこか懐かしくもあり、寂しい記憶を思い出したからか、寺花さんの表情がほの暗くなった気がした。


「そっか……。じゃあこの料理は、全部自分で覚えたの?」

「おばあちゃんが教えてくれたの。小さい頃は私、よくおばあちゃんの家に預けられてたんだ。その時におばあちゃんから料理を沢山教えてもらったの。まだ小学生の私に対して、『美月は将来お嫁さんになった時、相手の胃袋を掴んどかないといけんぞ』って口酸っぱく言われてたなぁ」


 おばあちゃんとの記憶は楽しいものだったらしい。

 先ほどとは違って、どこか昔の懐かしむような感慨に耽ったような表情を浮かべている。


「あははっ、孫想いのいいおばあさんだね。でも確かにこの腕前なら、世の男性のほとんどは寺花さんに胃袋を掴まれちゃうかも」

「ホント? 安野君も掴まれちゃった?」

「えっ、まあ……そりゃね」


 味だけではなく、『あーん』のサービスまで受けて、俺の心は既に鷲掴みにされちゃってますよ。


「そっか」


 そう一言呟いくと、寺花さんは笑顔のままシンクを見つめた。

 心なしか、頬がほんのりと色付いているのは気のせいだろうか?


 水道の蛇口の音が鳴り止み、お皿を水切り籠へと入れ終えると、寺花さんは手を拭いてからこちらへ向かってくる。

 寺花さんはエプロンを外して、制服姿に戻った。


「さてと……片付け終わりっと! 残ったビーフシチュー、お鍋に入れたままにしてあるから、後で冷蔵庫に入れて明日の朝にでも温め直して食べてね」

「本当に何から何までありがとう」

「お礼はいいよ。久しぶりに料理を他の人に振舞えて、私も楽しかったから」


 そう言いつつ、寺花さんは丁寧にエプロンを畳むと、持ってきていたトートバックの中へと入れ込んだ。


「さて! 次は何をするの安野君⁉」


 寺花さんは切り替えるようにしてピッと背筋を伸ばして腰に手を当てると、きらきらとした目を向けてくる。


「いや、今日はもういいよ。料理を作って貰っただけでも十分だから」

「ダメ! 私は今日は安野君のために活動するって決めたんだから!」


 どうやら寺花さんは、今日は俺の看病を見続ける気でいるらしい。


「いやっ、でも……」

「いいから、いいから! ほら、次は何をしようとしてたのか言ってみなさいな!」

「えっと……だからその……」


 次なる看病の内容に対して、期待に胸を膨らませる寺花さん。

 俺は喉を鳴らしながら、躊躇いがちにつっかえつっかえ口を開く。


「お、お風呂に入ろうと思ってたんだけど……」

「……へっ⁉ あぁそうだよね! お風呂、お風呂ね!」


 俺の言葉を聞いて、みるみると顔が赤くなっていく寺花さん。


「あの、寺花さん……?」

「大丈夫! うん、平気。安野君のを見るのはちょっぴり恥ずかしいけど、私は水着姿になればいいだけだし問題ない。うん大丈夫、身体を洗ってあげればいいんだけなんだから……」

「寺花さん、そこまで無理しなくても」

「む、むむむりなんてしてませんよ⁉ ただ私は、安野君をお風呂に入れるという使命をですね!」

「配信」

「はい?」


 てんぱっている寺花さんを見て、冷静になった俺は別の言葉を口にする。


「お風呂は自分で入るから、俺はその後モモちゃんの配信が観たいかな。それが、俺の次にして欲しい事かな」


 俺が別のお願い事を口にすると、寺花さんは目をパチクリとさせてから、ふっと笑みを浮かべた。


「分かった。安野君が望むなら、モモとしての配信を頑張るね!」


 どうやら、寺花さんも納得してくれたらしい。

 握りこぶしを作り、やる気をみなぎらせている。


「うん。今日も楽しみにしてるね」

「分かった! それじゃあ、早速配信準備してくる!」

「行ってらっしゃい」


 寺花さんは荷物を持って玄関へと向かって行き、靴を履いてからこちらへと振り返る。


「それじゃあ安野君。私の配信観ながら安静にしてるんだよ!」

「分かってるよ」


 寺花さんは安心したのか、それだけ言い残すと、玄関の扉を開けて廊下へと出て、スキップしながら隣である自分の家へと戻っていった。


「……ふぅ。危なかったぜ」


 俺は額に掻いた汗を拭う。

 いい代替案が思い浮かんでよかった。

 あのままだったから確実に、寺花さんは無理をして風呂に入って来ていただろう。


 寺花さんの水着姿……。

 ちょっぴり惜しいことをした気もするけど、流石に異性の女の子、しいてはクラスの『アイドル』に風呂の面倒まで見てもらうわけにはいかない。


「さてと……モモちゃんの配信が始まるまでにシャワーを浴びちゃいますかね」


 寺花さんが風呂に突入してくる心配がなくなったため、俺は安心してお風呂へ入る準備を整え始める。

 この後のモモちゃんの配信を楽しみにしながら。

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