第4話 優しい心は無限の魔力を引き出す
カタリナは海に向かって、切り立っている断崖に近づいた。
そして、真剣に海面を見つめた。
しかし、彼女の心の中には何も浮かばなかった。
「やっぱり、だめですか‥‥ 」
彼女は非常に落胆した。
月夜見の指示で、横に控えていたヤタガラスが言った。
ヤタガラスは既に大天狗の姿になっていた。
「カタリナ様、失礼ながらうまくいかなかったのですか」
「はい。私には海の中の様子なんて、とても感じることができません」
「そうですか。我がお嬢様と同じですね」
「もしかして、彼女もうまくいかなかったのですか」
「そうですね。お嬢様も最初はうまくいかず、ただいたずらに、何時間も海面を見つめていらっしゃいました」
「どのくらいで、うまくいったのですか? 」
「あの時は100日間くらいかかりました。101日目にやっと、魔力をあやつり、海の中の様子を見ることができるようになったのです」
「月夜見でも100日かかったのですか!! 私ではもっともっと、かかるかもしれませんね」
「わかりませんよ。逆に、カタリナ様には100日間も必要ではないかもしれません」
「100日間がんばっていた時、何か彼女の様子で覚えていることはありますか? 」
「覚えています。絶対にあきらめないという表情を、ずっとしていたことを」
「‥‥ありがとうございます。私も元気が出ました。絶対にあきらめません」
それから、カタリナは修業に真剣に取り組んだ。
気が付くと、日が暮れて夜になっていた。
ヤタガラスが言った。
「カタリナ様。もう暗くなりました。お帰りになってください」
「くやしいけれど、1日目は何もつかめませんでした。もう少しがんばりたいのですけれど、もうウミツバメも空を飛んでいません」
「私が明りを作ります。お足元に注意されてください」
「ありがとうございます」
カタリナは断崖のそばから階段に歩いて行き、10段の階段を登った。
驚くべきことに、階段を登り切ったすぐそばで、月夜見が彼女を待っていた。
「お疲れ様です。がんばりましたね」
「何もできなったし、つかめなかったけれど、一生懸命にがんばりました」
「それが普通なのだと思います。ただ、がんばることが大切です。カタリナ、ご飯をたくさん用意していますよ。早く食べてください」
「ありがとうございます。そういえば、とても良いにおいがしますね。楽しみです」
「さあ行きましょう」
月夜見はカタリナには言わなかったが、密かに思っていた。
(料理を用意した場所は社殿のはるか向こうです。誰も《私にも》料理のにおいを感じることができません。あなたは少しずつ覚醒します――白い魔女さん )
翌日からもカタリナは断崖の上で、海面とウミツバメを見る毎日を続けた。
そして、あっという間に100日間が過ぎたが、彼女は何もつかめなかった。
(彼女はそう思った)
100日目。
朝の早い時間から、カタリナは断崖のそばで海面とウミツバメを見つめていた。
「ヤタガラスさん。ごめんなさいね。100日目というのに何もつかめなくて
「あまり、お気になさらないでください」
「でも楽しいです。ウミツバメの気持ちわかるような気がするの。飛んでいるのはお母さんとお父さん、自分達の
「えっ」
「いつも飛んでくる夫婦は78組よ。それに海も面白いの」
「えっ、どのように面白いのですか? 」
「この海がどこまで続いているのか、わかるような気がするの。暖かい海、冷たい海。どんな海の中も生命に満ちあふれているわ」
「え――っ」
カタリナが言ったことが何を現わすのか、ヤタガラスはよくわかった。
しかし、それはあえて口に出さなかった。
主人である月夜見の言葉が聞こえてきたからだった。
(それは言わないでください)
やがて、カタリナは修業を開始した。
表面上は何もつかんでいないように見えた。
やがて、100日目も午後の遅い時間になった。
突然
異常なことが起きた。
ヤタガラスが急に、大声で警告した。
「カタリナ様。非常事態です。何か、とても邪悪なものが、ここに近づいてきます。カタリナ様を狙っています。お嬢様も緊急にここに向かわれています」
その時だった。
空の一部に暗黒の丸い空間が出現した。
そして声がした。
「私のカタリナ~ 美しいカタリナ~ 私のこと覚えている~ 」
カタリナにとって、忘れようとしても忘れることのできない声だった。
「黒の魔女、ローザ!!!! 」
「あなたの次元と時間は超遠いから、こんなプレゼントしかできないわ。悲しい~」
暗黒の丸い空間の奥から羽ばたきの音がした。
やがて、そこから吸血コウモリの魔物の群れが飛んできた。
魔物達は空に飛びだしたかと思うと、カタリナ目がけて襲いかかった。
中には飛んでいたウミツバメに飛びかかり、血を吸い、殺してしまう魔物もいた。
血を吸われたウミツバメ達は絶命し、海にばたばたと落下した。
まさに、その時だった――
その光景を見せられたカタリナの灰色の瞳が、輝いた。
あらゆるものを狂わせる月の光のように輝いた。
「許・・・さ・・・な・・・い」
彼女は右手で吸血コウモリを示した。
それは、白い魔女の刻印として放出された。
月の光の刻印は魔物達を包んだ。
そして、全てを消滅させると、暗黒の丸い空間の中を進んだ。
月の光の刻印は、はるかな次元と時間を突き抜けた。
そして最後に、ロメル帝国の王都・王宮の妃の間まで届いた。
そこにいた黒魔女ローザを攻撃した。
妃の部屋で爆発が起きた。
しかし、黒魔女ローザは無事だった。
「おお恐い。美しきカタリナの右手は、こんなに強力な魔力を放出するのね。でも、魔王様に仕える最強魔女である私の顔に傷をつけるなんて」
黒魔女はニヤリと笑うと、顔ににじんだ血を自分の舌で舐めた。
数人の衛兵が妃の部屋に駆けつけた。
「妃様。大丈夫ですか。何かあったのですか」
「大丈夫よ。全く問題ありません。むしろ、心が高揚して楽しいわ」
断崖のそばに立っていたカタリナの輝きは消えた。
空に開いていた暗黒の丸い空間は既に閉じていた。
カタリナは悲しそうに言った。
「ごめんなさいね。私のおかげで、たくさんのウミツバメの家族が悲惨な‥‥ 」
彼女は、生き残ったオスメス1組のウミツバメが飛んでいることに気が付いた。
「お願いします」
カタリナがそう言うと、海の中からたくさんの小魚が浮かんできた。
「孤児になってしまった
小魚は多くの巣ができている岸壁のそばに運ばれ、1つ1つの巣に配られた。
「これからも、毎日、私が餌を配ります」
「カタリナ、大丈夫!! 」
月夜見があわてて走ってきた。
「黒魔女が私をねらって、攻撃してきました。吸血コウモリの魔物の群れを放ち――一番つらいのは、多くのウミツバメ達が命を奪われてしまいました」
「あなたは!! 自分よりもウミツバメのことを!! あなたの優しさはあなたの中にある無限の魔力を引き出すでしょう。ウミツバメの家族のことを考えてみて」
「はい」
月夜見に言われて、カタリナはさらにウミツバメの家族を思いやった。
すると、
海が輝いた。
そして、海の中からたくさんのウミツバメが飛び上がってきた。
「えっ!!!! 」
「奇跡を起こしましたね。聖女様!! 」
月夜見はカタリナに向かって、心の底から微笑んだ。
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