第125話 視察の誘い
ザクロから、案の定リラがセラフィナに俺を勧めていたことを聞いた。
それからどう転んだのか、セラフィナ・ウォータリスはジェイド王を射止めると息巻く方向に変わっている。俺に向かないのならば応援したいが、立場上大手を振ってとはいかない。
リラを連れて早々に帰りたいというのに、奴隷の捜索と買取は行うが、その後の管理は管轄外だと丸投げされ、その整備に奔走させられている。
人助けは簡単ではない。継続的な支援と自立支援が必要になる。ペットではないのだ。全てをこちらが面倒を見ることはできない。
「お仕事を増やしてしまってすみません」
リラが改めて謝罪する。
二週間ほどで、最低限環境の整備の目途が立った。最初は俺の私費を出すが、後で国から返還が可能だろう。
リラもかなり手伝ってくれている。何度も奴隷として売られた者たちにも会いに行っている。個々の書類の手続きなどを含めて、十分に役目を果たしてくれていた。だが、リラからこの件をジェイド王へ希望したので責任も感じているようだ。
もし、俺から発案していたら、許可は勝手に買い取ればいいというものになっていただろう。国が動くかは大きな違いがある。むしろ、大幅に助かった。
「まだ子供と言っていいようなときに、両親から孤児院の設立から運営まで任されたことがあるのですが、それを思い出します。あの時は、かなり失敗しましたが、今回はリラ殿も手伝ってくれているのでとても助かっていますよ」
慈善を語っていたが、平民の孤児が暮らす場所だ。不備があってもこちらには何の損失も起こらない。それを教材にして領地運営の模擬をさせられたのだ。
全部自分で管理しようとして、結果親に泣き付いた。
今回は目途がつき次第、大使館の仕事として任せることになるので、最初からかなり任せている。こちらがやり易い企画にした方がいい。
「それに、ひとまずの仕事はもう終わりますから」
「できることはなんでも手伝いますから、申しつけてください」
「なんでも?」
書類を片付け、そろそろ昼食に行こうかという時間だ。貸し出されている部屋でリラも書類の仕事をしてくれていた。呼ばれるのを待っているのだが、リラがそんな無防備な事を言うので意地の悪い心になってしまう。
「では、癒していただけますか?」
立ち上がって、大げさに手を広げて見せる。そういうことではないと拒否されるかと思ったが、リラが立ちあがってぎゅっと抱き着いてくる。自分から強請ったのだが、予想外で一瞬ぽかんとしてしまう。
「こんなことで癒されるんですか?」
腕の中で何とも懐疑的な声が聞こえる。
飛行船に乗せるか、酒を大量に与えなければ寄ってこない猫が、呼んだらやってきたような感じだ。
仕事毎に強請ってもいいだろうか。そんなことを考えていると、幸せの時間はノックですぐさま終わってしまった。
「お取込み中申し訳ございません。ジェイド様よりお二人にご提案をしてくるようにと言われ、こちらへ」
入ってきたのは案内を受けてやってきたセラフィナだった。
既には慣れているので、婚約者を抱きしめただけで満足していたと知られたわけではないが、なんとなくばつが悪い。
リラが席を勧め、ザクロが入ってきて茶を準備する。席に着くと、簡単に近況の説明をした後、ジェイド王の提案をセラフィナが話す。
「宝石の鉱山へ視察に向かうのですが、それにリラ様も同行して欲しいと。ジェイド様からリラ様への伝言として……作業の続きであり、報酬は別途準備するとのことです。リラ様のみをご希望でしたが、宿泊を伴う遠征であれば、同伴している婚約者のレオン様を置いていくことは難しいとお伝えしております。レオン様の費用が実費であるならば許可するとのことです」
事前にこちらの反応を見越し、それに対する対応も合わせて報告がある。元々はマービュリアの名家の出だ。立派に教育されている。
「……レオン様はどうされますか?」
「リラ殿はいくつもりですか?」
口ぶりからして、リラは行くつもりなのだろう。
「旅行だと言いながら、観光地らしい場所を回っていないなと思いまして」
リラがそんなことを言う。
「観光……ですか?」
「はい」
リラは旅行に行ったことがないと言っていた。観光地というのは、もっと違う場所だが、リラにとっては鉱山も見どころのある観光地らしい。
「わかりました。都合を付けます。セラフィナ嬢、旅程などは決まっていますか?」
こちらに伺いを立てると言いながらも、既にある程度は決まったうえだろう。確認すると、予定表を控えていた従者が差し出した。
先日まで奴隷商の商品として扱われていたのに、既に人を使う立場に納まっている。生まれ付いた癖のようなものか。
「調整できるか確認をしてきます。少しお待ちを」
別途こちらで準備するよりも、金を払って俺の分を準備してもらうほうがいいか。それに大使への確認も必要だ。
できればそんなものよりも早く帰国したい。だが、観光地と言っていたリラは少し嬉しそうな顔をしていた。仕事できたにしても、仕事量がやたらと多い状態だった。俺だけが褒美をもらっては悪い。残念ながら、俺がリラを抱きしめても、リラは嬉しくないだろう。
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