第72話 本物の魔物憑きと二人の覚悟

「キッヒヒヒイッ! とったァ! 大賢者の命をとってやったァ!」


 ティアの背中を刺した途端に豹変する精鋭エルフ、シュイ。

 奇声のような笑いを上げ、顔を歪め、美しかった面影はもうない。

 まるで魔物のような邪悪さを醸し出し、さらに深々と短剣を差し込んでいく。


 あまりにもショッキングな出来事すぎて、俺たちはもう唖然とするばかりだった。

 まさか仲間だと思っていた人物がこんな行動を起こすとは思っても見なくて。


ねっ! ごのまま死ねえっ!!」

「や、やめろおおおっ!!!」


 さらなる狂気を見せつけるシュイに、俺はもう黙ってはいられなかった。

 殴り飛ばしてでもティアを救う、ただその想いのままに飛び出していたのだ。


 だが。


「やはりかまったく、警戒しておいて正解だったわ」


 あろうことか、背中を突き刺されていたはずのティアの顔が上がる。

 それも平然とした顔のまま首をもたげてシュイへと振り向いていて。


「え……」

「貴様は確か行きの時も〝周囲を警戒する〟とか言ってもう一人とどこかへ行ったのう? その時点で疑われることを理解せなんだか?」

「そ、それは……」

「理解が遅い。じゃからこう罠に嵌めたと思い込み、嵌められたことに気付けぬ」

「――ッ!?」


 ティアの言葉に動揺した表情を見せるシュイ。

 しかし間もなく、その顔が視界から消えた。


 シルキスが一瞬にして回り込み、シュイの首を背後から刎ねていたのだ。

 傍にいるティアに傷一つ付けることなく、閃光のごとき一閃の下に躊躇いもなく。


「よくやったシルキス。褒めてつかわそう」

「ありがたき幸せ――じゃないよティア。そうやって自分を囮にするのはよくないとあれほど言ったじゃないか」


 だがどういうことだ?

 ティアは背中を刺されて重傷なのでは……?


 でも振り向いた時、その背中を見て驚いてしまった。


 傷がいっさい無いのだ。

 それどころか服さえ裂けていない。

 それで倒れ込んだシュイの体を見てみたが、やはり短剣は刃渡り四〇センチほどはある。

 人の体なんてゆうに貫ける長さだ。


 それなのになぜ……?


「不安にさせてすまなかったのう。こんなこともあろうかと事前にとある魔法を使っておいたのよ。その名もエルフ☆イモータルじゃ」


 むしろなんだか無駄に得意げだ。

 目元にピースサインを充てて可愛さをアピールしている所が逆に浮きすぎているんだが?


犠牲イモータル……まさか不死の魔法!?」

「そんな大層なものではない。これは致命傷を喰らった際に身代わりを立てる魔法でな、今頃はきっとこやつの片割れがくたばっておるはずじゃ」

「えっ……!?」

「アディンの薬が思いのほか回復量が多くてのう、魔力が有り余っておったからせっかくだしとコッソリ使っておいたのよ。もちろんこやつにも。何かあった時の身代わりになってもらおうと思ってな」


 俺の薬?

 ……ああ、ミュナを助ける前に渡したやつか。

 お詫びにと渡したお手製の薬一式だが、そんなに良かったのだろうか。


「ま、まぁでも無事で良かったよ」

「うむ、心配をかけさせてすまなんだ」


 ただそれなら里を出る前に一言でも教えて欲しかったものだ。

 おかげでミュナもピコッテも目をまん丸にして固まってしまっているし。


「それにしても、まさかこいつが例の魔物憑きなのか?」

「うん、そうだよ。本性を現すとわかりやすいでしょ?」

「ああ、思わずゾッとしてしまったよ。ここまで巧妙に隠れていたなんてさ」

「ミュナも怖くて固まっちゃった……ごめんね」

「ピコッテももう何が何だか」

「よいよい、気にするでない。その方がむしろ罠に嵌めやすくて良かったわ」


 しかし魔物憑きってやつは本当に恐ろしいものだったな。

 いきなりああも豹変すると二度と会いたくもないと思う。


 でもティアもシルキスも至って冷静のままだ。

 シルキスは特に、刎ねられて転がった首を平然としたまま調べているし。

 人の死に目は何度も見てきたつもりだが、あそこまでやろうとは俺でも思わない。


「……あった。やはりだ」

「な、何がだ?」

「魔物憑きの原因だよ」

「え……?」


 それでもこう聞かされれば好奇心の方が勝る。

 だからと皆で揃ってシルキスの弄る首を覗いてみたのだが。


 シルキスが額の傍の髪をまくし上げ、生え際を指差す。

 するとその先になにやら丸くくぼんだ痕のようなものが浮かんでいて。


「先日切った魔物憑きにも同じような傷があった。おそらくここに何かを突き刺されたんだと思う」

「うむ、強い瘴気の含んだ針でも撃ち込まれたのであろうな。だからこうも短期間で魔物憑きとなってしまったのであろう」


 つまり外的要因で魔物憑きにされてしまったってことか。


 ……そうか、そうだよな。

 今までに聞いた魔物憑きはいずれも何年も魔物と関わった人たちばかりだった。

 それをたった数ヶ月で罹ってしまうとは到底思えない。


 すなわち、この森には相手を容易く魔物憑きにしてしまう魔物がいるということ。

 信じたくもない恐ろしい話だが、受け入れなければならないだろう。

 こんなものを見せられてしまえば現実逃避などできる訳もない。


「じゃがそれだけの魔素を放つのは相応の強さ出なければ叶わぬ。ゆえに魔物憑きにできる相手はおのずと絞られるであろうな」

「魔王級、か」

「うむ。もう最初期ダンジョンに魔王級が産まれていると断定していいかもしれぬ」


 やはりそうなるか。

 となると激戦は必至だな。

 なにせ相手は精鋭部隊をも捕まえて手下にしてしまう狡猾さを持っているのだから。


「しかしこうなるとヘーレルたちが全滅間近というのもあながち嘘ではないかもしれないな」

「そうだね。だけど僕たちに彼女たちを心配している余裕はないよ」

「……ああ、無事であることを祈って進むしかない」

「左様。もし死んでいるのであれば、我らがこの戦いに勝つことこそ手向けとなるであろうよ」


 シュイを欺く時と違い、ティアもシルキスも進むことを選んだ。

 ただその顔はとても頑なで、戻りたいという気持ちが滲み出ているかのようだ。


 強いよな、二人とも。


「それが戦いってものなんだね。悲しいね」

「うん。だけどこれが彼女たちの選んだ道ならきっと悔いはないはず。そう信じて俺たちは戦い続けなきゃいけないんだ」

「わかったよアディン。ミュナ、もっとがんばるから!」

「ピコッテもやるですー!」

「よし、なら先に進もう! このダンジョンをとっとと破壊して次へ行くぞ!」

「「「了解!」」」


 ミュナもピコッテも感傷的にならないでいてくれている。

 だったらもうやりきるしかないよな。


 それがひいては彼女たちの愛するこの森を救うことになるのだから。

 そのために戦ってくれている人たちの好意を無駄にする訳にはいかないんだ。

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