第61話 魔物憑きとそれを追う者たち
謎の二人組、シルキスさんとティアさん。
彼らはどうやら〝魔物憑き〟というものを追っているらしい。
そして俺たちにもその魔物憑きについてを教えてくれるようだ。
「まぁ知らぬのも無理はない。一般的には知られていない一種の病気みたいなものじゃからのう」
俺がその魔物憑きとやらを知らないことに表情から察したのだろうか。
ティアさんが身を逸らし、森の外側へと向けて見上げる。
「それでその魔物憑きというのは具体的にいったい何なんだ?」
「簡単に言えば魔物に精神を操られた人だ。魔物の放つ瘴気〝邪素〟が体内の深い場所に蓄積して精神汚染されると、魔物を神聖な存在だと思い込んでしまうようになるのさ」
「なんだって……!?」
するとだんまりとなったティアさんの代わりにシルキスさんが語ってくれた。
それはなんとなく聞いたことがあるぞ。
魔物と何度も戦った末に魔物が好きになり、冒険者を引退したという人の話だ。
「ただある程度まで汚染が進むと体内の魔力が変異してしまう。その結果、変化に耐えきれずに普通の人間は死に至ってしまうんだ。それを一般的に言い例えるなら邪素中毒といった所かな」
「ああ、それなら俺にもわかる。だから冒険者は退魔紋を備えることである程度の邪素への適応を得る必要があるんだ。それでも中毒になるのは元々の適性が低いから」
「そう。だけどね、世の中には退魔紋無しでも邪素適応してしまう種族がいるのさ」
「……ッ!? それがまさかエルフか!?」
「ああその通りだ」
なんてこった。
たしかにエルフについての情報は俺もそれほど知らない。
……というより一般的に知らされていないんだ。
彼らエルフがそこまで人間と深い関わっていないからこそ。
なにせエルフが人間と関わり始めたのはほんの四十年という比較的最近な話なのだから。
「強い邪素に適応し、その上で精神汚染されてしまうエルフは魔物にとって恰好の餌食だ。だから魔物は積極的にエルフを襲う習性がある。自分達を肥やすことも、増やすことも、庇護させることもできる便利な種族だからね」
「じゃあシルキスさんが斬っていたのはその魔物憑き……!?」
「そう。そうなった以上、彼らが元に戻ることはないからね」
「なんだって!?」
「……魔物憑きは重度に至れば肉体変異も起こす。人が魔物と化すのじゃ。そうなった以上はもはや手の施しようがない」
ティアさんがやっと口を開いてくれた。
ただ、さっきまでと違ったとても重い口調だが。
彼女もエルフだから色々と思う所があるのだろう。
もしかしたら魔物憑きと化した同胞を何度も見てきたのかもしれない。
長寿種族だからこそ否が応でも。
「特にここ最近のユーリスは顕著だ。この聖広森を中心に定着が発生して、とめどない量の魔物が産出されている。そのせいで森に根を張る多くのエルフ集落が襲われ、新たな定着まで発生してしまっているんだ」
「そして同時に魔物憑きが大量に発生した、と」
「ああ。確認した限りだと村一個レベルで魔物憑きになった所もあったくらいさ」
「なんてことだ、最悪も最悪じゃないか!」
定着が発生したこと自体も最悪だが、犠牲者が想像以上に多いのがさらに拍車をかけている。
しかも魔物憑きになったということは俺たちの敵にもなったということなのだ。
魔物を信奉しているというのなら命を懸けてくることもあり得る。
だからシルキスさんは彼らを容赦なく斬ったのだろう。
元には戻らない、救えない、その上で襲ってくるから。
「しかも彼ら魔物憑きはちゃんと意思を持っている。つまり魔物の言うことを聞き、命令を実行しようと自ら考えて行動するんだ」
「そうじゃな、例えば〝眷属を増やすために外部からエルフを連れてこい〟とかな」
「なっ!?」
「最近頻繁に起きているエルフ誘拐事件があったろう? あれも魔物憑きの仕業とみておる。人間の手引きで森の外へ逃れたエルフたちを根こそぎ奪うつもりなのじゃろう」
「じゃあミュナも奴らに捕まった可能性がある!?」
「うむ」
だとしたらそれはまずいぞ。
ミュナは何も知らず奴らに着いて行ってしまう可能性がある。
なにせ精霊が反応していないんだ。
だから街に滞在していてもミュナは一切そういう素ぶりを見せなかった。
魔物の退化音波には反応していた精霊も魔物憑きには気付かないらしい。
これは想像を絶するほどにハードオブハードだぞ!?
もしミュナを見失ったままやり過ごせば手遅れになってしまう!
ミュナが魔物にされてしまう……!
「……じゃがどうやら貴殿らはプチ☆ラッキーかもしれぬぞ?」
「えっ?」
「今しがた森に入った者達がおる。その数およそ十二人。八人を主体として抵抗の意思を持つ者が四人と、どうやら絶賛搬送中らしい」
「ど、どうしてそれを……」
「貴殿がシルキスと戦っている間に森と意思疎通させていたのじゃよ。じゃから森で起きたことは我にもわかるようになっておる。貴殿の言う碧髪を持つ女も一緒じゃ」
すごい、エルフはそんなこともできるのか。
神秘性に富んだ種族という認識はあるが、そこまでは知らなかった。
それならミュナにも同じことができるのだろうか?
――いや、今はそんなことはどうでもいい。
彼女を助け出してから考えればいいことだ。
「さて、ではおしゃべりはここまでにしておいて彼奴等を迎え撃つとしようか。それほど距離も離れておらんしのう」
「なら俺にも協力させてくれ! 罪滅ぼしもしたい!」
「ピコッテもやらせてほしいですー!」
「そういうことなら僕らからも頼むよ。ついてきてくれ!」
今は一刻も早くミュナを助け出さなければならない。
だからとピコッテを背負い、二人と一緒に駆け出す。
渦中の聖広森へと突入だ。
森の中は薄暗く、気配が散漫となるほどに空気が重い。
きっと一人で入ればすぐに迷ってしまうことだろう。
だけど二人は迷いなく進んでいる。
ティアさんが先導してくれているおかげだ。
どうやらそのおかげで、問題の一団にもすぐに遭遇することができた。
「――誰だッ!?」
「主らを止めに来た者よ。さぁ、その担いだ者達を降ろして降参してもらおうか」
先に気付いたのは相手方。
だが俺たちはすでに臨戦態勢でこちらが一歩上だ。
ティアさんの魔法がすでに奴らを焼かんばかりに渦巻いている。
いくら魔物憑きでもここまで一方的状況なら諦めざるを得ないはず――
「――えっ!?」
「どうしたんだいアディン君?」
「あいつらはも、もしかして……!?」
担がれた者たちの中にはたしかにミュナの姿もある。
しかし俺はそれ以上の衝撃的な事実に気付いてしまったのだ。
ミュナを担いだ者達が他でもないあのメイドエルフたちだったという事実に。
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