第60話 勘違いする男と心優しき騎士
「ミュナをぉ、返せええええええッ!!!」
「なっ!? 何を言ってっ!?」
俺はもうミュナを取り戻すためならどんなことも躊躇わない。
今目の前にいる脅威を徹底排除することも!
相手は騎士らしく剣と盾を身構えてきた。
構えも手馴れていて場数も踏んでいるらしい。
だけどそれは俺だって同じだ。
前後どちらでも戦える薬闘士である以上は引けを取らない!
それゆえに。
「はああああああっ!!!」
「くっ!?」
突撃、そして連続斬撃。
防がれようが構わない、勢いで押し込め!
奴に反撃の隙を与えるな!
「僕が押され負ける!? コイツはいったいっ!?」
何度も何度も切って叩く。
そのたびに奴の盾が剣が跳ね上がる。
それほどの力、速度で打って打って打ちまくったがゆえに。
しかしそれでも奴が剣と盾を重ねることで完全に受け止められてしまった。
さすがは騎士といったところか……!
「君はいったい何者だ!? なぜこんなことをする!?」
「それはこっちのセリフだ! ミュナを攫ったことを後悔させてやる!」
「何の話だ!?」
「今にわかるっ!」
ただ男にも迷いはあるらしい。
おかげで俺の押し込みにゴリゴリと押し切られ、膝まで突き始める。
「つ、強い!? うああああ!?」
だったらこのまま地面へと押し倒させてもらう!
そして無力化させて拘束し、すべてを吐かせてやる!
言い訳を聞くのはその後でいい!
「なにをしておるかっ! 双方、今すぐに戦いを辞めよ!!!!!」
「「――ッ!?」」
だがその時、甲高い叫びが場に響く。
思わず俺と男が振り向いてしまうほどに大きく。
その声のした先には先ほど森に入ったはずのエルフが立っていた。
それも碧い、というより空色の長い髪を靡かせながら。
しかも身丈ほどもある長い杖を高々と掲げていて。
「ミュナ、じゃない……!?」
「それ以上戦うというのならば、こちらにはお前を魔法で焼く用意がある!」
「ううっ!?」
さらには俺を睨みつけ、威嚇までしてくる。
杖の先にて赤い火渦を轟々とうねらせながらに。
そこで俺はやっと理解したのだ。
彼女はミュナではなく別人だったのだと。
俺は勘違いして男に攻撃を仕掛けたのだと。
「わ、わかった!」
「ならば早急に剣を捨てよ!」
「あ、ああ、もう抵抗するつもりはないよ……」
……わからされたのはどうやら俺の方だったらしい。
あれだけ偉そうなことを口走ってこのザマだ。
あまりにも情けなくて頭を地面に打ち付けたくなる。
だからと俺は剣を放り投げ、うなだれるようにして地面へドカリと座り込む。
もちろん無抵抗の意思のまま手も挙げることも忘れない。
「まままってくださいですーっ! これはすべて誤解なのですーっ!」
するとそんな中をピコッテが走ってやってきてくれた。
しかもピョンピョンと跳ねて相手の戦意をなだめるかのように。
「まったく、妙なことに巻き込んでくれるのう」
「たた大変申し訳ないですー!」
そのおかげでエルフも男も戦意を収め、やっと魔法や武器を降ろしてくれた。
連れてきたのがピコッテで正解だったようだ。
他の仲間や俺一人だったらこのまま処刑されかねなかっただろうから。
それだけのことをしでかしたのだから当然なのかもしれないけれど。
「どうやら俺の勘違いだったみたいだ……本当に申し訳ないことをした、すまない」
「わかってくれたならそれで構わないよ」
だけど男は俺を罰するどころか手を差し伸べてくれていた。
それも優しくにっこりと微笑みながらに。
「それでなんだけど、よかったら訳を話してくれないかい?」
「え……?」
「なんだか込み入った事情がありそうだからね」
この優しさが今は心に染みる。
自分の情けなさが極まって直視できそうにないくらいに。
けれど男の親身な対応に甘え、差し出された手を取り立ち上がらせてもらう。
ただそれでも俺の足が言うことを聞かず、ふらつかせてしまったが。
「お、おい大丈夫かい!?」
「す、すまない、昨日から一睡もしていなくて、薬品だけで体を保たせていたんだ……」
「おぉおぉ随分と体を酷使しておるのう。すでに薬品漬けで廃人一歩手前ではないか」
「ティア、彼の体から中毒成分を抜けるかい?」
「仕方ない、これは貸しじゃぞ」
薬品の中毒成分を抜く……?
そんな便利な魔法が本当に存在するのか?
しかしそう疑心を向ける間も無く、いつの間にか近づいてきていたエルフが杖先を俺の頭へと当てる。
その途端、青い光が「パンッ」と弾けるように目の前に広がり、冷たい風が皮膚を滑っていく。
たったそれだけだった。
それだけで体から気怠さが消え去り、普通に立てるようになっていたのだ。
「中毒症状が消えた!? これは一体……!?」
「なぁに、ただのエルフ☆マジックじゃ。気にかける必要はない」
ふざけたように言ってはいるがこれはすごいことだぞ!?
こんな魔法があるなら薬品も使い放題でいくらでもドーピングできる。
同様の効果がある反作用軽減薬でも市場で見ることはまず無いというのに。
そんな効果の魔法をいともたやすく扱うこのエルフ、いったい何者なんだ……!?
「さて、もう話せるかな?」
「ああ、本当にありがとう。そうだ、先に自己紹介をしなければ。俺はアディン=バレルという。それでこの子は――」
「ピコッテですー! 冒険者をやってまっす!」
いや、今は彼らのことは詮索するのはやめておこう。
一方的に襲ったにもかかわらずこうして助けてくれたのだから。
だからと名前を伝えると共にしっかりと頭を下げる。
これが今できる俺の精一杯の誠意だ。
「我は先の通りティアとでも呼んでくれて構わぬ」
「僕の名前はシルキス。見てくれの通り騎士をやっている一介の冒険者さ」
「シルキス……? たしかその名前どこかで……」
「ピコッテもなんだか聞いたことあるですー!」
なんだか妙に耳に残る名だ。
いったいどこで聞いた名だったか……?
「あっ! もしかしてエルフ斬りで噂になってた人ですー!?」
そうだ、先日の酒場で聞いた名か!
聖広森を焼く最中にエルフを斬り捨てていたという!
「は、はは……そんな風な噂になっていたの。心外だなぁ」
「だからもっとひと気のない所で戦えとあれほど言うたであろうが」
「いやぁ面目ない、えへへ」
どうやら噂は本当のことらしいな。
二人とも隠す気もさらさらないようだが。
むしろ罪悪感さえ見せない所が妙な違和感を覚える。
エルフ斬りは何かしら意図があっての行動だったのか、と。
「それで俺の事情なんだが、実は先日に俺の大事な仲間が行方不明になったんだ」
「ほぉ、穏やかな話ではないのう」
「その人はエルフ……のような容姿で雰囲気はティアさんにとても似ている。性格はまるで違うけれど」
「なるほど、それで我らの情報を聞きつけ、このティア様をその女と勘違いしたという訳か」
「恥ずかしい話だけどその通りだ。本当に申し訳ない」
「ンフフッ、なるほどぉ? 貴殿がそう入れ込むほどなのだからよほどの美女なのであろうなぁ~!」
「……ああ、とても大事な人なんだ」
「いやぁ、まっすぐ過ぎて眩しいや。ねぇティア~?」
「ぐっ、これでは我もが恥ずかしくなるではないかっ!」
うん? なんだ?
正直に答えたはずなのにどうして二人が取っ組み合いを始めているんだ?
ピコッテも苦笑いしているし、俺は何かまずいことでも言ったのだろうか?
そんな二人の喧嘩もすぐに収まり、並んだ二人の視線が俺へと向けられる。
ただ何か思う所があるのか、妙に真剣な表情だ。
「もしかしたら貴殿の問題は我らが追っている件と関係あるかもしれん」
「えっ……?」
「実は我らもとある奴らを追っていてな、それで今日先ほどにまた森へと足を踏み入れようとしておった訳だ」
「とある奴ら……?」
「ああ、〝魔物憑き〟という相手さ」
魔物憑き……?
魔物関連なら詳しい自信があったのだが、また知らない言葉が出てきたな。
なら真面目に話を聞かないといけなさそうだ。
もしかしたら俺やミュナと何かしら関係があるかもしれないからな。
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