第59話 焦る男と匂わせの二人組

 ミュナの捜索は翌日も続いた。

 仲間たちも集め、街の人の協力も得て街中を探し回ったのだ。


 だがそれでも彼女は見つからない。

 まるで煙のように消えてしまったかのごとく。


 彼女には意識はあっても酩酊状態でまともに走り続けられる訳がなかった。

 それなのにどうしてこうも誰にも気付かれずに消えることができたのか。


 しかしエルフが人攫いに狙われることは珍しい話でもない。

 特に女性のエルフは美形でいつまでも若々しいため、裏では奴隷として取り扱われることも多いという噂だ。

 もしそれが真実なら、ミュナが攫われてしまったことも考えなくてはならないのだろう。


 そのことも踏まえてギルド員や憲兵たちにも探してもらったのだが。


「なぜだ、どうして見つからない……どうしてッ!」


 すでに日が落ちようとしている。

 だがそれでも何一つ痕跡が見つからない。

 彼女ほどに目立つ存在なら誰かが見掛けていてもおかしくないのに……ッ!


 そんな無念に苛まれ、腰掛けに拳を突く。

 集合地の中央広場の噴水にて他の報告を待っていたが、もう我慢の限界だ。


「……もう一度探してくる」

「ダメですー! アディンさんの身体はもう何度もポーションを使ってて中毒一歩手前のはずですー!」

「だけどっ!」

「一番情報を集めなきゃいけないアディンさんがいなければどうしようもないですー! 今は体力の回復だと思って休んでないと……」

「それでも俺のせいで彼女を怒らせたから……っ!」


 そう、これは俺のせいなんだ。

 今まで守っている気になっていて、まったく何も守れてなかったから。

 一番大事なミュナの気持ちを守ってやれていなかった不甲斐ない俺の責任なのだ。


 彼女はずっと一緒にいたいと言ってくれた。

 それはただ傍にいるだけじゃなく、一緒に色んなことをしたいっていう気持ちの表れだったんだ。


 そんな気持ちを蔑ろにした俺に彼女を追いかける資格はないのかもしれない。

 けれど俺はそれでも一言謝りたいんだ。


 君を置いていってしまってすまない、と……!


「だから頼むピコッテ、行かせてくれ!」

「ダメですーっ! お願いだから待っていてくださいですーっ!」

「俺は、俺は……っ!」


 ピコッテが無理矢理抱きついてきてももう無駄だ。

 彼女にしがみつかれたままに立ち上がり、震えた足で一歩を踏み出す。

 だが構うものか、這いずってでも俺は行くぞ……!


「まったく、あなたは目的を決めるとすぐ直求的になりますのねぇ」


 そんな俺をいつの間にかいたウプテラの声が制止する。

 それで振り向けば腕を組んだ彼女が傍に立っていて。


「ウプテラ……!?」

「そう情熱を向けることは悪くありませんが、今のあなたはぁ、ただの独りよがりにしか見えませんよぉ?」

「ううっ……!?」


 ウプテラにまで虚だけでなく図星をも突かれてしまった。

 そのせいで思わず膝が崩れ落ちてひざまずく。

 思っていたより体力が戻っていなかったか。


「でも良かったですわね、もしいきり立って飛び出した後ならワタクシの情報を伝えるのが明日になっていたかもしれませんし」

「えっ?」


 しかしそんな中で見上げたウプテラは妖しく微笑んで俺を見下ろしていて。

 さらには腕を解いて掌を俺へと差し出してくる。


「……それらしい情報がやっと手に入りました」

「ッ!?」


 こう聞いたらいてもたってもいられず、つい差し出された手を掴んでしまった。

 それで引き上げられ、なんとか立ち上がったのだが。


「ついさっきこの街の情報屋とコンタクトが取れたので伺ったのですが、確定情報ではないもののそれらしい人物の動きがあったと」

「それらしい人物……?」

「ええ。聞いた所では昼頃に聖広森へ向かう一人の男と女がいたそう。その女がエルフであおい髪をしていたのだという話です」

「なにっ!?」

「聞けばとても美しい白い肌で、行商の男が見惚れるほどだったと」


 そのエルフがミュナだという確証は無い。

 だけど他に彼女へつながるヒントもなく、八方ふさがりの状況でしかなかった俺たちにとって何よりもの朗報だ。


「ただもう一つ情報がありまして」

「それは一体どんな?」

「最近、この街でエルフが次々と姿を消す事件が裏で発生しているそうです。難民が多いので憲兵も気付かれていないようですが、こちらもちょっときな臭いかと」


 たしかに放っておく訳にはいかない案件だ。

 攫われたエルフの中にミュナが含まれている可能性も多いに有り得る。


「それがミルコ国王の手の者だったりとかは?」

「それは有り得ないという話ですね。そもそも距離が遠すぎますし、ミュナさんを攫うには非効率的過ぎますから」


 だよな。

 あの国王がそこまでやる徹底さを持ち合わせているとは思えない。


 だったら。


「……よし、それならウプテラは憲兵たちや協力してくれている人と連携しつつ、そのエルフ失踪事件についてを調べてくれないか? ドルカンを使ってもらってもかまわない」

「ではあなたは聖広森に?」

「ああ、今すぐ向かう。街道は直通路で構わないな?」

「ええ、そう伺っておりますわ」

「だったらピコッテ頼む、俺と一緒に来てくれ!」

「は、はいですっ!」


 まったく、俺の愚かさがまた浮き彫りになったと実感してしまったよ。

 ここまで引き留めてくれたピコッテには感謝だな。


 だからとピコッテの頭を優しく撫でて感謝を示す。

 そのおかげか、彼女も嬉しそうに微笑んで見上げて頷いてくれていた。




 ――その後、俺とピコッテは急いで馬を手配し、二人だけで聖広森へと向かった。


 しかし聖広森は首都アルシャータから馬車で丸一日と、相応な距離がある。

 そこで俺は馬に体力回復薬やポーション、筋力増強薬を使い、夜通しで走らせることにしたのだ。


 その甲斐もあって翌日の早朝、ついに聖広森の領域へと辿り着くことができた。

 ……なのだけど。


「これはひどいですー……」


 俺たちを待っていたのはとても森とは言えない荒廃した大地。

 炭となって黒く染まった平原が彼方にも渡って広がっていたのだ。

 魔物の定着を排除するために焼き討ちされた結果だろう。


 しかしその焦げ跡も街道との境で途切れており、道を進む分には問題なさそうだ。

 おそらくギルドがしっかり延焼防止を行っていたに違いない。


 そんな光景を目の当たりにしながら街道をゆっくりと進む。

 焼け跡からちらほらと異物感が見え始める中で。


 魔物の死骸だ。

 焼かれて炭化してはいるが大きいのでとても目立つ。


 他にも鎧らしき跡なども見つけた。

 場所的にあり得ないとは思うが、犠牲になった冒険者でないことを祈りたい。


 そう惨状を目の当たりにしながらも加速し、跡地に沿って進む。

 すると日も昇りきらない内に焼けていない場所まで辿り着くことができた。

 まだ青々とした森の姿が残っている場所は多いようだ。


 ここまで来ると冒険者の姿もちらほらと見え始める。

 ただ今は火を放っているようには見えない

 どうやら焼き討ちは断続的に行われているようだ。

 火で焼かれた程度じゃ強い個体は死なないからな、今は退治期間なのだろう。


「いきなりすまない、ここに碧い髪のエルフを連れた男が来なかったか?」

「あぁその二人かどうかはわからんが、妙な二人組がさっきそこの街道を先に進んでたのは見えたな」

「ありがたい、助かる!」


 思い切って冒険者に話を聞いてみたらドンピシャだ。

 確証はなくとも可能性は大いに高い。きっと例の二人組に間違いないだろう。


 そう信じて俺たちはさらに街道を進んだ。

 例の二人組が徒歩だというのならもう間も無く追い付けるはずだ。


 ――やはりだ、居た!


 ちょうど森に入ろうとしていた所らしい。

 エルフらしき人影が一人で木々の中へ歩んでいく所が見えた。

 それを見送るのはプレートアーマーを纏う騎士らしき男だ。


 けれどそのまま行かせる訳にはいかないッ!


 ピコッテを置いて馬の背に立ち、即座に強化薬を自身に投与。

 そのまま疾走の勢いをも借りて飛び出し、男へと一気に飛び掛かる。


「ウオオオオオオーーーッッッ!!!!!」

「ッ!? なにっ!?」


 男も騎士の端くれなのか、素早く剣を抜く。

 しかしそれでも俺へ切っ先を向けて応戦するまでが限界だったようだ。


 そんな単調に突き出された剣を、俺は体をひねって避ける。

 さらには奴の切っ先に剣を滑らせ、火花を散らしながら切り払ってやった。


 仰け反り避ける男。

 振り切られる俺の剣。


 だが直後に奴の胸へと蹴りを見舞う。

 胸部装甲が歪むほどの強烈な一撃だ。


「ぐはっっっ!!?」


 それゆえに奴の体が大きく跳ね飛び、遠くで大地へと転がっていく。


 ただそれでもまだ動けるようで、手を突いて起き上がろうとしている。

 そのタフネスさは称賛するよ。

 だけどなッ!


「ミュナをぉ、返せええええええッ!!!」


 それだけの手練れなら放っておく訳にはいかない!

 人攫いをするような奴ならなおさらだ!


 今すぐにでもミュナを取り戻す。

 そのためなら俺はどんな手段を行使することもいとわないッ!

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