第58話 泥酔した女とすれ違う心
俺限定のキス魔と化したミュナ。
しかし満足したらすっかり大人しくなってくれて助かった。
だけど直後、なぜか二人揃ってみんなに店から追い出されてしまったのだが?
おかげで今はミュナと二人きりで帰路へ。
とはいえ泥酔状態の彼女は足元もおぼつかないし、連れて屋敷まで戻るのは一苦労しそうだ。
「ミュナねぇ~、ミュナはねぇ~え、ありィ~~~ん!」
「はいはい、ちゃんと歩こう?」
「ぷぅ~~~! ありんもミュナレーゼの話きくぅ! いっひひひっ!」
もはや活舌もだらしない。
彼女にお酒はまだ早かったのだろうか?
もう脇を抱えないと歩けないくらいだし、いっそ担いで帰った方がよかったか?
いや、俺も酔ってない訳じゃないし、そんな危ないことはできないか。
ファーユもいつもこうだったから扱いこそ慣れているけれども。
そうだったな、ファーユも酔い潰れるといつも俺を頼ってきた。
「アディンは酒に強いから私はいくら酔っても大丈夫」だなんて豪語するくらいに。
それでちゃんと宿に連れて帰ってやったのに、翌日にはなぜかむくれているまでがお約束だった。
……アイツは今、俺無しでもしっかりやれているだろうか?
みんなに迷惑をかけていないだろうか? とても心配だ。
「ありぃーん!」
「なんだいミュナ?」
「今ぁ、ミュナ以外のこと考えてたれしょお~?」
「ええっ!?」
って、なんで考えていることがミュナにわかったんだ!?
顔に出ていたのか!?
そう慌てていたら不意にミュナの右手が俺の服の首元へガッと引っ掛かる。
さらにはグイっと引き、自らの体を引っ張り上げていて。
「ありんはミュナのことらけ、考えてぇ!」
「お、おい……!?」
そうして真っ赤な顔を近づけ、また「んーっ」と口をすぼませていて。
だから俺は「はいはい」と呆れるように返し、そのまま彼女を抱きかかえてあげた。
これはこれで喜んでいるようなので良しとしよう。
でもミュナもこの後はやはりむくれたりするのだろうか?
いやでもルッケはあんな風に頼ったことはなかったよな?
ううむ、女性のことはやっぱりよくわからない。
昔から冒険者のことばかり考えて育ってきたからかな。
「ねぇえアディン」
「うん?」
その時ふと、ミュナの手が俺の頬に触れる。
だけどそんな彼女は真顔で見上げてきていて。
「もしかしてミュナのこと、嫌い?」
「え……?」
「だってアディン、ずっと違うこと考えてる。ミュナのこと見てくれない」
「ミュナ……?」
まるでさっきまでの泥酔状態が嘘のようだ。
それだけハッキリと俺を見据えていて、口元まで感情的に震わせている。
俺は何か彼女の琴線に触れるようなことをしてしまったのだろうか?
「最近はずっとそう。前ばっかり見て、ミュナのこと見てくれなくなった」
「そ、そんなことはない! 俺はいつも君も見て――」
「ううん、ミュナはわかるよ。だってアディン、なんでも一生懸命。だから手間がかからなくなったミュナは見る必要ないって思ってる」
いや、俺はそんなことなんて一つも思っちゃいない!
いつも君を守るために必死なだけで!
「グシタンと話している時、アディンとっても楽しそうだったね。でもね、ミュナはグシタンと話せなかったよ」
「あ……」
「いっぱい友達もできた。やらないといけないこともある。だから一生懸命。それはミュナだってわかるよ? だけど置いて行かれてる気がするの」
「じゃあミュナは面倒臭い子なの? もう飽きちゃったの?」
違う、そんなんじゃない!
……しかし俺はもう何も言い返せなかった。
心のどこかで図星だと感じてしまったからだ。
そのせいで唇を震わせることしかできずにいて。
そんな折、ミュナが俺を押しのけて腕から飛び降りる。
そうしてよろめきながらも立ち、俺から後ずさりで離れていく。
「お、落ち着いてくれミュナ、俺はそんなことなんて一つも……」
「ちゃんと答えてよ!」
「ッ!?」
「せっかくしゃべれるようになったのに、ミュナ、アディンのことよくわからない! どうして!? ずっと一緒にいるのにっ!」
あ……
「それならあの場所にいればよかった! 言葉なんてわからない方がよかった! 二人で一緒にいられればそれだけで……!」
「ミュナ……」
「なのにアディンはミュナを置いてどこまで行くの……?」
彼女の瞳が震えているのがわかる。
心も怯えているのがわかる。
それなのに俺はもう手を伸ばすことしかできなかった。
だけど彼女はその手を避けるように離れていて。
「もうアディンなんてだいっきらいっ!!!!!」
直後、ミュナは振り返ってすぐ傍の路地へと駆けていく。
俺も追いかけようとするものの、なぜか足が重くて一歩が踏み出せない。
これはきっと心のどこかで悟ってしまったからだ。
俺には彼女を追う資格はないのだと。
――それでもッ!
「待て、待ってくれミュナあッ!!!」
往生際が悪いと言われても構わない。
女々しいだなどと思われても構わない。
そうだとしても俺はミュナを失いたくはないんだ。
その想いで遅れた一歩を必死に踏み出し、彼女の消えた路地へと走る。
きっとその先でミュナが待ってくれている、そう信じて。
――だけど。
「えっ……!?」
その路地の先にはもうミュナの姿はなかった。
それどころか気配も、足音もなにもかも。
空へ飛ぶ際にまとう暖かな風の心地さえも感じない。
ひと気のない、建物だけが並ぶ夜景。
その谷間を流れる擦れた風音だけが場に響き、虚しさを助長するだけで。
「ミュ、ミュナ!? いったいどこに行ったんだ!?」
それでも俺は路地を走り、彼女を探して声を上げる。
誰の声すらも返ってこなくともただひたすらに。
言い得ない不安が込み上げる中で。
「ミュナァァァァァァーーーーーー!!!!!!!!!!」
しかしその甲斐もなく、この日ミュナが見つかることはなかった。
翌日まで走り、街中を探し続けてもなお。
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