第57話 メイドエルフたちと理不尽な噂話
塔攻略を済ませた俺たちは一日をかけて首都アルシャータへと帰還。
塔に関しての報告も軽く済ませ、今日はひとまず拠点へと帰ることとなった。
「いやァ帰れる家があるっていいよなァ!」
「せっかくだからすぐお風呂入りたいですー!」
「お風呂! ミュナも一緒にはいりたーい!」
「お風呂場は大きかったですし、みんなで入れるかもしれませんねぇ~?」
「なぜ俺を見てそれを言う?」
やっと帰れるとわかってみんな元気だが、内心はきっとクタクタだろう。
塔攻略も速攻で済ませて義理も果たしたし、今日明日くらいはゆっくりするのもいいな。
そう期待しつつ拠点である屋敷へと戻って来たのだが。
「「「おかえりなさいませ、ご主人様」」」
帰るなりなんなり、総勢八人ものメイドがいきなりのお出迎えだ。
こんなにたくさんも派遣されてくるとは聞いていなかったから驚いてしまった。
ドルカンなんてもう大興奮で鼻息を荒くしているぞ……?
しかしよく見れば全員耳が長い。エルフだ。
容姿も綺麗な者ばかりで好色家にはたまらないだろうな。
「うっほほぉう! 最高のおもてなしだぜェ!」
「だからって手を出したりするなよ?」
「わかってらァ! こう見えて俺様は紳士なんだよォ!」
「女と知ったら誰彼構わず告白する紳士がどこにいるんだよ……」
案の定、ドルカンのニヤニヤが止まらないようだ。
大丈夫なのか……?
「じゃ、そういうことで」
「ばいばーい」
「……は?」
だけど何よりも先にとんでもない行動を見せたのは他でもないメイドたち。
途端に素っ気ない態度を見せると、払うように手を振って場から去っていってしまった。
「お、おい、メイドって家事とか手伝いをしたりするんじゃ……」
「表向きは。でも対して給料も出ないし、住む所がないから引き受けただけだし。だからといってアンタたち人間の世話なんてまっぴらごめんだから」
最後まで残っていた高身長の金髪メイドエルフも俺を見下ろすように立ち、ふんっと鼻を鳴らして不愉快そうな口元を見せつける。
本気で俺たちに従うつもりはないらしい。
しまいには床に唾まで吐いて去っていった。
「ミュナ、あの人たちきらーい」
「同じエルフなのにねぇ」
「ああ、なんかミュナはエルフみたいで違うらしいよ」
「だからって見た目じゃわからないでしょうに」
「ま、なんにせよどうでもいいさ。さすがに俺たちの生活の邪魔まではしないだろう」
「ならピコッテがお風呂を焚いてくるですー!」
こうなった以上は仕方がない。
八人の同居人がいると思ってやり過ごすことにしよう。
そう仲間と相談し合い、屋敷での生活を始めた――のだけれども。
……八人のメイドエルフは思いのほか、ずっと図々しい奴らだった。
なにせ俺たちが焚いた風呂を勝手に使ったり、あげく「温度が低い」だのと文句まで言い始める始末だ。
さらには調理を始めれば勝手に調理場へ入ってきて、盛り付けた料理をつまみ食いするなどやりたい放題。
あげく屋敷の個室まですべて取られてしまい、俺たちは客間に寝袋を引いて寝るハメとなってしまった。
とても理不尽である。
「は? 今さら文句を言われても困りますが。私たちはここから出ていく気はありませんので」
しまいには翌日朝からのこんな「この家はいただいた」と言わんばかりの偉そうな態度。
これには温厚なつもりの俺でも苛立ちと溜息しか出やしない。
そうして気付けば俺たちは揃って酒場で愚痴を言い合っていた。
あのウプテラがエールジョッキを片手に椅子へと身を乗り出し、酔った勢いで雄叫びを上げるくらいには激しく。
まぁおかげで他の客にも受けたらしく、今では彼女中心に酒場が湧き立っている訳だが。
俺はその騒ぎを傍らで眺めつつちびちびと飲む。
ミュナもだいぶ酔ってしまって隣でもうフラフラだし、目を離せそうにない。
「しっかし、アンタらも随分とエルフどもにいいようにされちまってるなぁ」
それに気付いたらできていた酒飲み仲間の男たちとの付き合いもある。
彼らも思う所があるようで、俺たちの話も親身に聞いてくれていたから。
「だけどこうなっちまったのも仕方ねぇ。なにせ今この国のエルフの人間に対する感情は今までで最悪と言っても過言じゃねぇし」
「あんな横暴になったのは何か理由でもあるのか?」
「ああ、あるぜ。しかもとんでもない噂話もな」
……とはいえ人の話は聞いてみるものだ。
思ったよりも早く真実が俺たちの下へ転がり込んで来てくれたらしい。
ただし思った以上に穏やかな話ではなさそうだが。
「この間から聖広森の焼き討ちが行われてるじゃねぇか。魔物の定着のせいでダンジョンまで発生したって話だから、ユーリスも苦渋の選択をせざるを得なかった訳だが」
「しかしその最中、とんでもないことをしでかした奴がいたんだ」
なんだ、男の雰囲気が変わった?
さっきまで緩かった表情が厳しくなって――
「森が燃える最中、とある人間の冒険者が逃げるエルフを次々と斬り殺していたらしい」
……それは思っていた以上に状況がハードオブハードだ。
混乱に乗じて殺戮者が紛れ込んでいたのか?
なんにせよ欠片も笑えない噂話だな。
「その冒険者の名はシルキスとかいうらしい」
「名前まで判明しているならなぜ捕まえて理由を聞かない?」
「ギルドにも戻っていないらしく所在は不明だそうだ。おおかたもう国外に逃げうせているんじゃねぇかな」
シルキス、聞いたことのない名だ。
そうなると高名な冒険者という訳でもなさそうか。
おおかた盗賊か何かがギルドの仕組みの穴を突いて登録したのかもしれないな。
「しかしその噂もすでに広まっちまって、あまりの残虐な行いにエルフたちも憤慨しているのさ。もしかして聖広森への魔物の定着も人間が仕組んだんじゃないか、ってな」
「そんなバカな……」
「そう思うのも仕方ないのさ。聖広森は塔からも離れているし、魔物がピンポイントで向かう理由もわからんだろう」
いや違うな、理由が無い訳でもない。
魔物は魔力のより高い場所へと赴く傾向がある。
いつかの魔力触媒の森といい、ミスリル鉱山といい、人間が恩恵を受けられるくらいに魔力の高い場所ばかり魔物が集まっていたのもそれが理由なのだ。
ただその辺りの仕組みは一般的には知られていないのだろう。
この男も冒険者って訳でもなさそうだし。
「にゃーーー! 難しい話ばっかでぇミュナもうわかんなぁい!」
「あっ、おいミュナ!?」
「アディンのお口はミュナのものなのぉ~~~!」
「え、何を言って――ッ!?」
出来ればもう少し話を聞きたかった。
だけどミュナがそれを許してはくれないらしい。
でもまさか彼女がその口で直接、俺の声を塞ぎに来るとは思わなかった。
あの洞窟以来の柔らかな感触が肌から伝わってくる。
腕まで首に回してきてすぐに離れる様子すらない。
「ひゃ、ひゃあああ! ミュナさん、なななんてことをっ!?」
「おやおやお熱いことで。長いこと彼氏さんを取っちまったからヤキモチさせちまったかぁ~!」
いや俺たちはそういう関係ではないのだが!?
……でも俺たちは一体どういう関係なのだろうな。
俺は彼女を命の恩人として守りたいと思っているのだけど。
でもミュナが俺に対して考えていることは未だよくわからない。
言葉が通じても伝わらないこと、あるものなんだな。
だけど今だけは彼女の想いに応えてあげたいと思う。
今の俺は不自由でもなし、言葉じゃなく行為でも伝えられることがあると思うから。
この世界に来るまで愛情を受けられなかったミュナのためにも。
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