第53話 逆攻略と未踏領域

 俺の予測通り、内部を調べることはそう難しくはなかった。

 襲ってくる魔物もまばらで、ミュナとピコッテの練習相手となる程度でしかない。


 おかげで半日でボス部屋にまで到達してしまった。

 そこでひとまず休憩を取ることに。


「ターニャの作ってくれたお弁当、楽しみだったの!」

「ちゃんとみんなで分け合って食べるんだぞー」


 ボス部屋でシートと弁当を広げるなんて今までにない新鮮な体験だ。

 大概は脱出に備えて準備してからとんぼ返りだからな。


 でもこんなほのぼのな雰囲気を見ると、ミュナと出会った時のことを思い出すな。

 今回も天井の穴は見当たらないが。


 やはり魔王級を倒さないと発生しないのだろうか?

 いや、それならアルバレスト時代に遭遇しなかった理由がわからない。

 そもそもあの現象がなんなのかも想像つかないしな。


 ……まぁ今の俺たちには関係の無い話だ。

 あんな魔物に支配された場所に戻る理由なんて一つもないのだから。


「それでよォ、これからどうすんだ?」

「具体的には何も決まっていない。とりあえず休憩が終わったらここをくまなく調べてみることにするよ」

「ならば活性化するまで待つのも手かもしれませんねぇ」

「まさかの逆攻略ですー!? はわわわ!」

「このまま調査が難航するなら必然とそうなるかもな」


 なにせ今回の謎も正体がまったくわからない。

 解除する方法なんてわからないのだから長丁場は覚悟しなければ。


 それに防衛する冒険者の負担を減らすためにも、さっさと攻略済みにして無限沸き状態を解いておいた方が賢明だろう。


「ねぇアディン、ぎゃくこうりゃくって何?」

「ボス部屋で活性化を待って、活性したら真っ先にボスを倒して攻略済みにするっていう作戦なんだ。ボス部屋にいれば塔構造が変化しても同じ場所に居続けられるからね」

「すごいねー。ならみんなそうすればいいのに」

「実はそう簡単にもいかない。塔には一パーティ六人分しか入れないから雑魚処理もできなくなるし、ボスも雑魚もどんな強さの相手が出てくるかもわからない。パーティの相性が悪いと、逆に詰んでしまいかねないんだ」

「そうなんだ、塔攻略って難しいね」

「ああ、だからどの国も確実にクリアしてくれるような強い冒険者を求めているのさ」


 とはいえ、今のこのパーティなら余程のことがない限り負けないだろう。

 それこそ魔王級が発生しない限りは。


 それに今回の階層はたったの二五階。

 そこから一気に魔王級がいるような五〇階クラスになることはない。

 経験則だと前活性状態から±一〇くらいの変化幅だったか。


 ここから上の階にいくなんてとてもじゃないが出来ないし――


「こんなおっきい塔が変わるなんて不思議だよね」

「……ああ、不思議だよな。いったいどういう仕組みなのかわかればいいんだけど」


 そう、誰もその仕組みはわからない。

 この塔を調べ尽くした者なんていやしないのだから。


 それも魔王級のいる階層よりも上に登れた者など、誰一人として。


 ――はるか昔には空を飛ぶ魔法を研究していた魔術士がいたらしい。

 だがその結果、魔法で空を飛ぶことは理論上不可能だとわかった。

 地上から離れるほど魔力が大地に引っ張られ続け、浮力が落ちてしまうのだ。

 浮力が失われた状態で落ちれば当然グシャリ、生きて帰ることはできない。


 だけどもし魔法以外で空を飛ぶ方法があるとしたら。


「ミュナ、この塔からでもこの間のクラゲの時みたいに空を飛ぶことはできそうか?」

「うん? 多分できると思うよー。どこまで上がれるかはわからないケド」

「空に上がり過ぎたら落下してしまう、とかはないよな?」

「ちょっと待ってね。うん、うん、大丈夫だって」

「そうか、ならもしかしたら……!」


 ふと気付いてしまった。

 閃きが舞い降りてしまった。

 たまらず手を握り締めてしまうほどに。


 そう、これもまたターニャの言う盲点の一つなのだ。

 行けないからその先は無い、なんていうのはただの人間だけの視点にすぎない。


 だがミュナがいればその先にいける。

 そして、誰も知り得ない真実に到達できるかもしれない。


「……よし、ならに行こう」

「本気ですか!? またあのように空を飛ぶ気!?」

「誰も知り得ない、気付けないのなら上に行くしかないだろう?」

「ああヤダヤダ空を飛ぶなんてとんでもないっ! ワタクシは行きませんからね!」

「もしかしてお前、実は高所恐怖症なのか?」

「えぇえぇそうですよ、そうですともぉ! だから絶ッッッ対に行きませんからぁ!」


 別にそこまで反対しなくても強制するつもりはないんだが。

 ドルカンもピコッテも目が点になってるし、あんまりヒステリックにならないで欲しかったな。


 そこで俺は事情の知らない二人にもミュナの力の秘密を伝えることにした。

 先日のゴーレム真っ二つ事件も含め、すべて精霊と呼ばれる力が関係しているのだと。


「マジかよすげェなミュナちゃん! 惚れ直しちまうぜ!」

「ビビビックリですー! 空を飛べるなんて前代未聞過ぎるですー!」

「あ、でもね、ドルカンは大き過ぎて運べないって」

「ガーンッ! あんまりだよォ精霊ちゃあんっ!?」


 しかし知ったからと言ってどうにもならないこともあるらしい。

 妙な所で不運なのはあいかわらずだな、ドルカンの奴。


「ならピコッテはどうする?」

「そ、そうですね、飛ぶことに興味はあるかもですー」

「なら決まりだ。俺とミュナ、ピコッテで塔の上に行く。ドルカンとウプテラはここで待機していてくれるか?」

「おうわかったァ。暇だったら下の階層で遊んでおくぜ」

「無理はするなよ。周期的にそろそろ活性が起きてもおかしくないからな」


 とはいえ実際に上に何があるかはわからない。

 何も無いかもしれないしな。

 だから今回はひとまず様子見という形でぐるりと回ってくることにしよう。


 そう決めると、カラになった弁当箱を片付けて立ち上がる。

 けれど途端、ふくれっ面のウプテラに箱を「バシッ」と取られてしまった。

 我儘を言った手前、罪悪感でもあるのかな?


 まぁ手空きになるのは助かる。

 そこで俺は手をかざして礼をしつつ、ミュナとピコッテと共に外窓へ向かう。


「ミュナについてきてね! 離れ過ぎちゃダメだからね!」

「は、はいですーっ!」

「よし、行くぞっ!」


 そして後はいつか塔を飛び降りた時のように空へダイブ。

 すると間もなく緑の風が俺たちを覆い、空へと浮き上がらせてくれた。


「塔の周囲をぐるりと回りながら飛べそう?」

「うん、できるよ! いこーっ!」

「まままってくださいですーっ!」


 こうなれば後はもうミュナの采配次第だ。

 彼女の意思のまま、体がぴゅーっと上空へと向けて飛び上がり始めた。

 塔からも少し距離を離して飛んでくれているから、その形状がよく見える。


 まるで上下に波を打っているかのような起伏の激しい外観だ。

 遠くからじゃよくわからなかったが、こうなっていたんだな。

 

 よし、この調子で変な所がないかを調べつつ、行ける所まで行くとしようか!

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