第52話 謎の料理猫と救国依頼

「くーっ! 朝からの肉料理はやっぱたまんねーな!」

「あっさりしてて美味しかったですー!」


 謎の料理人ターニャ=ウレミーニャに出会えたのは幸運だった。

 あの後は香りに誘われて起きてきた仲間たちにも料理を振舞ってもらえたし。


 ただターニャが出た後を見たら、塔入口の瘴気膜が緩やかになっていた。

 つまり彼は一人で塔に侵入していたのだろう。

 そうとなると冒険者としても相当な腕前を誇っているに違いない。


「ターニャは冒険者なのか?」

「否。ターニャはターニャである」


 ただ、いざ尋ねてもこうしてはぐらかされてしまう。

 手の甲を覗いても毛深くて退魔紋は見えないし。

 そもそも猫の手でどうやって調理器具を扱っているのだろうか。


「だけど一人で塔に入るって相当だぞ? たしかに活性化していなければそれほど数はいないだろうけど」

「問題無いのである。めぼしい食材を見つけたならばしっかりと処理し、すぐに下ごしらえすればよい」

「魔物がすでに食材扱いか……」


 それにイマイチ会話がかみ合わないのもなんだか不思議な感覚を覚える。

 俺は食材の鮮度じゃなくて彼の身を案じているのだが。

 ……まぁいいか、こうして無事に出て来られる実力はあるようだから。


 しかしその実力に加えてこの料理の腕前は惜しい。

 是が非でも仲間に引き入れたいくらいだ。


「なぁターニャ」

「なにか?」

「良かったら俺たちの仲間にならないか? その料理の腕前は間違い無く重宝するレベルだと思うんだ」


 仲間たちも同じ気持ちだったらしい。

 俺の提案を耳にすると揃って首を縦に振っていて。


「お断りするのである」


 けれど直後のターニャの答えにみんなが揃って落胆する。


「ターニャは一人気ままに旅をし、道行く者に料理を振舞うのが性に合っているのである」

「塔にまで入って?」

「さよう。臆病な魔獣や獣と違い、魔物は自らを差し出してくるのでとても助かるのである。それに塔は遠く遠くからでも見えるゆえ、行く目印としてはとてもよい」


 なるほど、ターニャはいつも塔を目指して渡り歩く旅の料理人ってことか。

 ただそれでも噂が一つも立たないのは不思議なものだ。

 これだけの腕前なら名くらいは知られていてもいいだろうに。


 でも仲間にできないならそれでも構わない。

 彼の能力は今のユーリスにとっても大きな力になるはずだから。


「だったら一つ、料理人としての腕を見込んで頼みたいことがあるんだ」

「ふむ?」

「今、このユーリスが危機的状況に陥っていることは知っているだろうか?」

「いいや。そも吾輩は国というものを理解しておらぬからして」

「なら南にも塔があることは?」

「ノン。なればこれから向かうのも一興であろう」


 なるほど、国外から来たと思っていいな。

 だったらなおさら丁度いいかもしれない。


「実はこのユーリスでは多くの冒険者や避難民が困窮している。この塔や南塔の対応で手が回らなくて、流出した魔物に家を追われて。かなりまずい状況だ。そこでどうか頼む、今だけでもいいから彼らの腹を満たしてあげてはくれないだろうか?」

 

 ターニャの料理ならきっと冒険者たちの気力を取り戻させられるはず。

 それにロクに食事にありつけていない避難民も救えるはず。

 そのためにもターニャの力は今のユーリスには必要不可欠なのだ。


 だからこそ、どうか……!


「……よかろう」

「本当か!?」

「うむ。腹を空かせた者々の胃心を満たすこともまた吾輩の目指す所なれば。そうであるならばさっそく南へ向かうとしよう」

「助かる!」


 引き受けてくれて本当によかった。

 ターニャを仲間にできなかったのは少し残念だが。

 しかし今はユーリスを救うことが先決、個人の我儘を通すつもりはない。


 そう安心していた時、ターニャがふと塔の傍に沿って歩き始め、その裏影へと消えていく。

 すると今度は何やら荷台を引いて戻ってきた。


 あれは……移動式屋台か! 


「フフフ、塔の裏は冒険者にとって盲点となっているのである。荷を隠すのにはとてもよい」

「すごいな、冒険者のことも熟知しているじゃないか」


 たしかに言われて見ればそうだ、塔は入口がある方向にしか用がない。

 窓があるのは雑魚魔物の入れないボス部屋だけだから、他に目を見張る部分もないし。

 その盲点に気付けるのは通い慣れている証拠だろう。


 ターニャ=ウレミーニャ、やはり彼は相当な手練れに違いない。

 人としても悪くないし、いつかまた会いたいくらいだな。


 ――俺たちはそう願いながらターニャの背中を見送ったのだ。

 きっと彼がユーリスの困窮した状況を打破してくれると信じて。


「それじゃあ俺たちも彼に負けないよう一働きしてくるとしようか!」

「「「おーっ!」」」


 塔も今はターニャのおかげで魔物の数を減らしているはず。

 次の活性がいつかはわからないが、それまでに一通り調べ回ることも不可能ではないだろう。


 だからこそなんとしてでも早急にこの新塔の謎を解明しなければ。

 この塔の影響を止めなければ、ターニャが去った後に国が持たなくなるのは目に見えて明らかなのだから。

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