第51話 威圧感を放つ新塔と三毛猫

 活性化していなくとも塔の魔物が増えるということはよくある話だ。

 攻略後であろうと、魔物は少しでも残っていれば増殖・繁殖してしまう。

 それに内部が広く複雑だからこそ殲滅はもはや困難を極め、最悪な場合はその間に次の活性化を起こしてしまいかねない。


 そのことを考慮すると冒険者が出入口を固める方がずっと効率的。

 それなので塔の前には基本的に防衛任務の冒険者が常駐している。

 またレべル稼ぎで中に入るパーティも少なくはないので、基本的には流出の心配はないとされているのだ。


 だけどこのユーリスにおいてはその限りではないらしい。


「ここが噂の新塔か……」

「おっきいねーっ!」


 今、俺たちは例の塔の前にやってきている。

 しかも防衛者が一人もいない、という異様な状況の中で。


 それにたしかに見上げれば妙に大きい。

 他の塔と比べてほんの少しだけど威圧感を感じるな。


「オイオイ、マジで防衛任務やってる奴いねェな!?」

「やはり皆、疲弊しきっているのでしょうね」

「ギルドの中も疲れ切った冒険者だらけでしたですー」


 ただでさえゆっくり休める場所もなく、死闘も繰り返さざるを得ない。

 おまけに最寄り街からも遠くてマトモな食事にもありつけない。

 たとえ人が多くても経戦能力の維持ができないんだろう。

 

 ならいっそ近場に宿場地でも造ってしまった方がいい気もするのだが。

 でも今のユーリスの経済状況ではそんな余裕はないのかもしれない。


「おォ? でもよ、攻略中みたいだぜ?」


 あ、本当だ。入口の瘴気膜が刺々しくなっている。

 誰かのレベル上げか、あるいは防衛者があえて中で処理しているか、かな。

 どちらにしろ待つほか無さそうだ。


 そこで俺たちは塔入口前でキャンプを張って待つことにした。

 ミュナとピコッテの稽古をしつつ、ついでに魔物の流出を防ぐ役目も担う。


 そうして一夜を明かし、とうとう翌朝に。


「ユーリスの朝は少し冷えるな。もう秋だからかな」


 俺は朝までの替えの見張り役。

 おかげで山間から昇る朝日を拝むことができた。

 キラキラしていてとても綺麗だ。


 しかし今まで魔物の流出はなし、か。

 内部の冒険者ががんばっているんだろうか。


「……おや?」


 するとそう思っていた矢先、塔の入口奥から何者かの影が。

 咄嗟に武器を手に取り身構える。


「ヤーヤー、やっと出てみれば物騒であるな」

「ッ!?」


 しかし出てきたのは……猫だった。


 しかも人間並みに大きい、二足歩行の猫。

 あの突き立った三角の耳に、くりんとした眼。

 あと鮮やかな三毛柄――そうだ間違いない、猫だ。


「案ずるな、吾輩は猫ではない」

「いや、それは嘘だろう。どう見ても猫だろう」


 猫獣人か?

 ――いや、それにしてはやたら獣に近い。

 足も短いし、寸胴だし、毛深いし、肉球を差し出してきてるしやはり猫そのものだ。


「まさか魔物……ッ!?」

「失敬な。かようなモフモフの魔物などいるものかや」

「そ、それが何の判断基準になるんだ!?」

「なる」

「その根拠は……?」

「吾輩がターニャ=ウレミーニャであるということである」


 根拠になっていない……ッ!


 ターニャ=ウレミーニャというのはコイツの名前か?

 もしかしてユーリスでは有名人だとか??

 この国にとってネームバリューはそれほどに意味があるのか???


 ……わからないッ!

 アディン=バレルというだけで豪邸に誘われた身ではあるがやはりわからない!


「では吾輩がターニャである証拠を見せてしんぜよう」

「いや、そもそもターニャという人物がどういう者なのかも知らないんだが」

「ここに鍋がある」

「人の話を聞いていない!?」


 なんだ、背中からいきなり大鍋を取り出した!?

 うっ、気付いたら地面にいつの間にか簡易焚火台まで!?

 何を始める気なんだ、こいつは!?


「そして取り出したるは先ほど手に入れた肉である」

「ま、まさか魔物の肉……!?」

「さよう。しかしままでは食べられぬゆえ、ターニャ特製スパイスを絡めてある」


 スパイス……?

 まさかこいつ、料理人、なのか……?


「できたである。ターニャ特製、オークフィレカツレツのトゥルドゥーレソース合えである」


 ――ってバカな、アツアツの料理がもう完成しているだと!?

 その過程はいったいどこに消えたんだ!?


 だ、だが……!


「今、貴殿は唾を飲んだであるな? それがターニャという証拠である」


 理屈はあいかわらず意味不明だ!

 けれど皿に盛り付けられて出された料理からなぜか目が離せない!


 香ばしい脂の中に潜む爽やかさと、ツンとくる香味!

 これは果実の風味とスパイスがほどよく絡み合っている証拠!

 ――ってバカな、気付いたら口に含んでいただとぉ!?


「真の料理人は香りだけで客を虜にするという話を聞いたことがある。これが、そういうことなのか……!」

「さよう。ゆえにターニャはターニャなのである。猫ではない」


 たしかに魔物肉は食べられないこともないが、臭みが強くてとても不味い。

 アルバレスト時代に食したこともあったが二度とやらないと誓ったほどだ。


 だけど今のはとても、とても美味しかった……っ!


 まだ食べ足りないと思えてたまらない。

 まさかあの魔物肉の旨味をここまで引き出せる料理人がいるとは。


「さすがに感服してしまったよターニャ=ウレミーニャ。アンタの料理の腕は間違い無く最高だ……!」

「理解していただけてなによりである」

 

 なんだか元気まで出てきた気がする。

 夜の番をしていたのが嘘だと思えるくらいに清々しい。

 まるで気分爽快薬リフレッシャーを飲んだみたいだよ。


 ……そうか、そういえば料理には追加効果が含まれることもあるんだったな。

 効果は薬よりも低いものの、継続力は高く依存症も出ないっていう。


 ただしそういった高度料理は薬品に似ていて、現地で調理しなければならない。

 そのリスクを取るくらいなら保存食の方がマシというのが一般論だ。


 実際ファーユが自信満々に作った魔物肉料理を食べ、揃って腹を下した時のことはもう忘れられない。

 マイナス効果料理……あれは本気ガチで地獄だった。


 だけど今ならその苦い思い出も忘れられそうな気がする。

 ターニャの作った料理はそんな天にも昇るほどの美味さだったんだ……!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る