第50話 思わぬ待遇と農業国の実情

「アルシャータギルドへようこそ。こちらはお初ですか?」

「ああ、キタリスから来たんだ。あちらのギルドでユーリスの事情を聞いたもので」


 農業国家ユーリスの首都アルシャータに着いた俺たちはさっそくギルドへ赴いた。

 場合によっては宿なども都合してくれることもあって何かと便利だからと。


「その様子ですとまだ来たばかりのようですね、良かった」

「うん? 良かったとは?」

「ええと実はですね、今このユーリスは魔物問題で大混乱しておりまして、家を追われた避難民が多く流入してきているのです。おかげで宿はすべて満席、冒険者が泊まる場所はほとんど残っていない状態でして……」


 だが先にギルドを訪れたのは正解、というか最適解だったらしい。

 宿探しだけで途方に暮れずに済んだのは幸運だった。


「ですがお見受けした所、皆さんはパーティのようですね」

「ええ、まだ五人で結成したばかりですが」

「そうでしたらパーティ向けに空き家を一件お貸しすることも可能となっております。一時的に当ギルドへ所属していただくことになりますが」

「願ってもないことです。ユーリスで問題を解決するまでは滞在するつもりだったので助かりますよ。頼めますか?」

「承知しました。ではこのパーティ向けの書類に記載をお願いいたします」


 受付嬢さんも話がわかる人のようで、相談中に書類まで用意してくれていた。

 後ろでピコッテが「手際がよくてすごいですー」と嬉しそうにはしゃいでいる。

 元受付嬢の彼女が言うならよほど優秀なのだろうな。


 そんな嬉しみが伝搬したのか、筆が不思議と軽い。

 ササッと書き終え、書類をくるりと回して返してあげた。


「受理しました。ええとお名前は――エ"ッッッ!?」


 だけどそんな優秀受付嬢さんの顔が途端に歪む。

 しかも書類を手に取り、プルプルと震え始めたんだが?


「あ、え、ア、アディン=バレルさん!? 本物!?」

「ええそうです。ただ本物かと問われると、同名の人がどう思うやら……」

「アルバレストの、ですよね!?」

「元、アルバレストですね」

「あ、お、おまちを! ちょっとお待ちを! ギギギルドマスタァァァーーー!!!!!」


 な、なんなんだ?

 さっきまで丁寧だった受付嬢さんが急にパニック状態で走り去ってしまった。

 俺たちはここで待っていればいいのだろうか?

 いいの? 後ろにいっぱい人が並んでいるけど?


「おう、俺様ァ腹ぁ減ったぜェ。なんか喰ってきていいか?」

「ワタクシは布教したいのですが」

「じゃあね、ミュナお買い物行きたい!」

「いやいや、自由過ぎるだろうみんな」


 さすがに宿も決まらない状態で好き勝手にすると合流が大変だ。

 この街も結構な広さだからな。

 せめて拠点が決まるまでは待ってもらわないと。




 ――それからすぐに受付嬢さんが戻ってきて。

 その後はギルドマスター直々に空き家へと案内してもらったのだが。


「ここを自由に使ってもらってかまわない」

「ここを、ですか……!?」


 連れて来られたのはなんと大きなお屋敷。

 それも中~上流階級向けと思われるほどの豪邸だ。

 おまけに街の中腹に位置する場所にあり、立地も最高と言える。


 どうしてこんな家が空き家なんだ……!?


「実は一部貴族が魔物定着を察して国外へ逃げてしまってね。その折に押収したのだが、規模が大きいし家具もそのままだからと平等感に欠けていて困っていたのだ」

「なんでそんな家を俺たちに?」

「決まっている。アディン=バレルだからだよ」

「たったそれだけの理由で……!?」


 正直信じられない。

 たしかにアルバレストは有名かもしれないが、こんなに優遇されたのは所属当時でもなかった。

 だから本当にこんなサービスを受けていいのかと疑問さえ感じてしまう。


「実は現首相がアルバレストの大ファンでね、〝アディン=バレルが来たら丁重にもてなすように〟と依頼を受けているのだ」

「は、はぁ……」

「なぁに心配いらない。費用はすべて国が持ってくれる。それに家も広いからな、じきにメイドなども派遣されてくるだろう」

「メイドまでいんのかァ!? うっひょおおお!!!」


 おいおい、まるで賓客貴族みたいな扱いじゃないか。

 いくら大ファンだからってここまで特別扱いしていいの……?


「……キタリスでどう聞いたかは知らないから敢えて言うが、この国は見た目ほど穏やかな状況ではない。一人でも多く優秀な冒険者を必要としているんだ」

「定着解決のため、ですか?」

「それもあるが、新たに北で出現した塔が妙な特性を有していることがわかった」

「えっ……」

「あの塔はすでにある南塔と呼応し、同時活性するようになっているのだ」

「「「なっ……!?」」」


 同時活性だって!?

 じゃあ常に二ヶ所同時で魔物が発生してしまうのか!?


「おかげで戦力が分散されて攻略に時間がかかってしまう。おまけに定着が発生した聖広森の掃除も未だ解決に至っていない。完全な戦力不足だ」

「他国への要請は?」

「来てはいるが数は少ない。あの新塔はどうやら他国の塔にも影響を与えているようなのでね」

「くっ、そうなのか……!」


 そうなると新塔というのは今までにないタイプの塔ということか。

 想像していたよりもずっと厄介だ。


「首相はその問題解決に君のような存在が鍵になると踏んでいる」

「それは買いかぶり過ぎですよ。俺も仲間たちも、普通より少し強いだけの冒険者に過ぎません」

「そうかもしれんな。だがそうでもないかもしれん。だから期待くらいはさせてくれ」

「その期待を裏切るかもしれませんよ?」

「この国には元々ない希望だ。だったら夢くらいは見たっていいだろう?」


 ……そうか、そうなんだな。

 この人は半ば諦めているのかもしれない。

 今の状況はそれほどまでにハードオブハードなんだ。


 最悪の場合、国が滅びかねないというまでの。


「でしたら、その夢を少しでも叶えられるように努力してみることにします」

「ああ頼むよ、〝業誘い〟アルバレストのアディン=バレル。その銘に相応しく、今まで通りに根本の原因を導き出して解決してほしいと我々は願っている」


 珍しいな、その異名の真の意味を知っている人がいるなんて。

 だとするとこの国の首相は筋金入りのアルバレストファンなのかもな。


 業――すなわち元凶たる災厄。

 それを見抜いて根本解決するのはアルバレストの得意技だった。

 今ではそれを単に「災いを誘い出して解決する」と捉える人ばかりになったが。


 なにせ魔物というものは巧妙に罠を張るからタチが悪い。

 人が想像しえないことを平気でやってくるのだ。

 バイアンヌの空飛ぶクラゲがやったことと同様に。


 ……だとしたら、同時活性を促す新塔にも何か秘密があるのかもしれない。


 それなら俄然、調べてみたくもなる。

 ここまでの待遇を受けたのだ、相応の礼をしなければならないしな。


 よし、ならばモノは試しだ。

 まだ次の活性は起きていないというし、特訓も兼ねた調査をしてみるとしようか。

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