第24話 湖畔都市とインチキ宗教徒
魔錬国家バイアンヌ。
ラグナント王国の東に位置する中規模国家。
魔法科学――すなわち魔導工学を主に推進している先進国家と言える。
それと同時に昔から錬金術などにも精通しており、関連する素材は他国よりもずっと集まりやすい。
領土的にも素材狩りに適した地域が多く、初級冒険者がステップアップと生活のために訪れることも珍しくないのだとか。
そんな国の首都、湖畔都市ウェルリヌールに俺とミュナは辿り着いた。
ラグナントからおよそ一週間をかけた移動でいささか疲れてしまったが。
それでもあの陰湿国王の下から離れられたのは心なしか気が楽だ。
今頃おやっさんと熱い口論を繰り広げているかと思うと胸が熱くなるようだよ。
……これであの国も少しはまともになればいいな。
「見てアディン! 池の上に街!」
「すごいだろ? この眺めの良さもウェルリヌールの特徴なんだ」
街から少しだけ離れた場所にある馬車の停留所を降り、丘側から街を見下ろす。
すると見える壮大な光景に、ミュナも大興奮でピョンピョンと飛び跳ねるほどだ。
さすがウェルリヌール、景観だけならどこにも負けていないな。
なにせ巨大な湖の上スレスレに街がまるごとか構えられているのだから。
バイアンヌに来たらウェルリヌールへ行け、そう言われるくらいの壮大な景観だ。
停留所が離れ丘に建てられたのもこの光景を見せるためだけに、という話。
ほんと気遣いが過ぎて笑いが込み上げてきそうだよ。
「さて、街に着いたらまず宿を探すか」
「ベッドでまた跳ねていい!?」
「うーん、それは宿の人に聞いてからにしよう」
「はーい」
ただあいにく俺はこの景色を見慣れている。
八年ほど前か、この街を拠点にしたことがあったからな。
感慨こそあるけど、どちらかといえばミュナの行動を見る方がずっと楽しい。
「見て見てアディーン! ひゅうーん!」
ほら、ちょっと目を離した隙にもうあんな向こうに走って行ってしまった。
予想が付かない行動ばかりで飽きないな、彼女は。
俺も負けじと早歩きで坂を下ってミュナを追う。
そうしたらすぐ彼女が走って戻ってきた。
「ねぇアディン、街の入口、人いっぱい」
「なんだろう? 検問でもしているのかな?」
よく見たらたしかに人だかりがある。
だけど検問って感じはしないな、憲兵は入口横で見張っているだけだし。
そう思いながら入口へと到達。
横目を向けて人だかりを眺めてみる。
「――よって神はいつでも我々に優しく恵みを与えてくださるのです。そう、このパル・エーテルもまた偉大なる神の恵みの一つ。一口飲むだけで至福を与えてくださることでしょう」
「なんだ? まさかエーテル教信徒の演説即売会……?」
まだ現存していたのか、あのインチキ宗教。
最近見ないからもうとっくに干からびて消えたものかと思っていたのだけど。
それに売り手の女も怪しさ抜群だな。
青と白と金刺繍のローブを被っているが、あのニヤけ顔がどうにも胡散臭い。
それなのにどうしてあんなに人が集まってるのかが理解できない。
「アディーン! いっぱい薬!」
で、ミュナも誘われてしまった訳だ。
できればあんまりかかわりたくないんだけど。
「ミュナ、行くぞ」
「えー、お話聞きたいー」
「あ~~~そこのお二人様! ぜひぜひ話を聞いていってください~! ついでにお恵みもなさってくださぁい!」
ぐっ、ミュナが捕まった!? 腕をがっちり掴んでいる!
クソッ、この信徒め、面倒臭い奴だ!
さらにニヤニヤするな、妖し過ぎるだろう!?
「わかった、聞いていくだけだからな」
「「やったー!」」
まぁいいか、変な物を掴まされなければいいんだから。
「失礼しましたっ。さてこの神の涙パル・エーテルはご存知の通り、天然のエーテル原液を採取して我が教団で精製したものにございますれば、市販のエーテルなどよりもずっと強力かつ神聖なものとなっております」
瓶に汲んで選り分けただけの物を精製とかよくまぁ言う。
それに強力ったって中級エーテルよりは、だろうに。
「すべては我らが偉大なる神、エーテル神のなせる技! その神の涙を今日限り、一本三銀貨でお譲りいたしますっ! しかし在庫はこちらにあるだけですので、どうかみなさまお急ぎくださいませぇん!」
一本三銀貨だと……!?
市販のエーテルでも高級品で一本五〇〇黄銅貨だぞ!?
高級品の六倍って、いくらなんでもぼったくり過ぎだろう!?
「はいっ、毎度あり~! どうぞ、どうぞ~!」
それでも売れている!?
何を考えて買っているんだこいつらは!? サクラか!?
「さぁ残り十本ですよ~! 早い者勝ちですよぉ~~~?」
「くれ!」「私にも!」「こっちは二本だ!」
ああ、本当に売り切れてしまった。
買った奴はみんな満足そうに街に戻ってしまったし。
あの人だかり、本当に欲しがっていた人ばかりだったのか?
「完売御礼~ありがとござんしたぁ~! エーテル神様のご加護がありますよぉに~!」
信徒も信徒でずいぶんと横柄だな。
がに股気味で喜ぶシスターとか初めて見たんだが?
陳列棚を片付ける姿もなんだか様になってるし。
……まぁいい、俺には何の関係もない。
話を聞いただけで充分だ、もう行こう。
「ミュナ」
「うん」
だからとミュナを立たせて振り返る。
すると途端、俺の腕にガシリとした感触が走った。
さっきの女信徒が俺の手首を掴んで引き留めていたのだ。
「いやぁ~残念でしたねぇせっかくのチャンスでしたのにぃ」
「いや全然? 買う気も無かったし」
ずいぶんと力を込めて掴んでいるな。
何が目的だ、こいつ?
「でも実はぁ、もう一本特別なのがありましてぇ~~~」
そんな女の片手が、自身の胸の谷間に伸びる。
そうした途端、谷間から一本の青白い瓶が出てきた。
「こちらぁ、わたくしのぉ、人肌で温めたすっごいものなんですけどォ?」
「……要らん」
「配合量もすごくてぇ」
「要らないと――ッ!?」
な、なんだこいつ!?
掴んだ俺の手を、筋に沿って指で撫で上げて……ッ!?
しかも手を胸元に手繰り寄せて!?
「アナタに買ってもらいたいなぁ、なぁんてぇ?」
「ううっ……!?」
こいつ、本当に神の使徒か!?
明らかにふしだら極まりないじゃないか!
まるであのファーユを見ているようだよ……!
「いい加減にしてくれないか?」
「あら」
「俺は薬士なんでね、エーテルくらい自分で作れる」
「やぁん、ざんねぇん!」
昔の仲間をふと思い出して理性を取り戻す。
その勢いのままで信徒の手をふりほどき、引き離した。
「あらま……わかりました、では
「え、今回?」
「それでは次回お会いできることを楽しみにしていますよぉ、アディン=バレル♡」
……行ったか。
陳列棚を抱えて持っていく姿ももうシスターでもなんでもないな。
もしかして信徒を騙った詐欺師かなにかか?
だが、奴は俺の名前を知っていた。
つまり俺の顔もわかった上で接してきたということだ。
そして次回、か。
なんだか妙な風が吹いている気がするよ。
平穏無事にこの国を出られればいいんだけどな……。
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