第11話 衝撃



「栗本さん?どうしたの?」



「あ、いや、なんでもない……」



 ︎︎楠さんが心配そうに聞いてきたけど、それどころではなかった。……どうしてあのふたりが、一緒にいるんだろう。



「まゆり、僕はあのふたりを追いかけてくる」



「わかった、お願い」という言葉を、目で伝えてライアーはスっと姿を消した。

私は、あのふたりの光景を見た瞬間、動揺を隠せなかった。私とは真逆にライアーは冷静なまなざしで捉えて、落ち着いているように見えた。





 ︎︎ 楠さんと五十嵐くんとのせっかくのお昼は、水野さんとザクロの歩いている姿が頭から離れなくて、あまり楽しむことができなかった。










「……ねぇ栗本さん。今日のサッカーの時、




「…………」




────私は今、水野さんに呼び出されて校舎裏にいる。


……ここには私と水野さん、そしてライアーとザクロがいる。



 ︎︎緊迫した空気の中で、ここでは嘘やごまかしは利かないと私は悟った。




「今日だけじゃなくて、昨日の数学のミニテストで満点取ったのも、本当は死神に助けてもらったんでしょ」




……ごもっともだ。

────全て話すべきなのだろうか。けれども、言葉は喉元に詰まったままで、吐き出したいのに唇は固く閉鎖されている。……苦しい。


 ︎︎すると、苦しくなったところに、赤紫の手袋を付けたライアーの手が私の肩を包んだ。……サッカーの時とはまた違った、気が緩んだら涙が出そうなほど優しい触れ方だった。

……このまま連れ去ってくれたらいいのに。




「まゆり。大丈夫だ、大丈夫……」



「……ねえ、ライアー、私……」



私がライアーにすがる思いで、口を開いたその時だった。




「──漆黒さまぁ?? ……いつになったら美味な魂に仕上げて食べるんですか? 俺はもう、待ちくたびれましたよ」



「……まだ、まゆりとは会って1ヶ月も経っていないじゃないか」



「違いますよ。一体何十年待ってきたと思うんですか。こんな弱くて失敗作の人間ばかりを優先して、いつも俺との約束を簡単に破っていく。毎回1年、2年と同じ人間の隣について良いように使われて……一向に食べようとしない」




 ︎︎ザクロがそう言い終わると、水野さんがモヤモヤした様子で、ザクロを見る。



「……ねぇ、ザクロ。私は漆黒様の姿や声はわかんないから、状況を教えて」




……どうやら、水野さんの目にはザクロと私しか見えていないみたい。

ライアーの姿は見えなくとも、オーラ的なものは感じ取っているのだろうか。


……にしても、私は“失敗作の人間”か……。その通りすぎて、悲しくも悔しくもなかった。




「あぁん? ……あーめんどくせぇな。 今は、漆黒様に今までの想いを伝えてるんだよ」



「あっそ。……というか、そろそろ何か喋ってもいいんじゃない? 栗本さん」



黙っている私に、不快感をあらわにしながら水野さんはそう言った。




「……水野さんは、いつ“ザクロさん”のことが見えるようになったの」




 ︎︎もはや何から話せばいいか分からないけれど、とりあえず頭に浮かんだ疑問を聞いてみた。


……それから、心の中では「ザクロ」呼びだけど、何をされるか分からないため「ザクロさん」と言うことにした。



「昨日の夜だよ。……私とザクロはね、“手を組む”ことにした!」



「“手を組む”ことにした……? え、……二人は何をしようとしているの」




「今は話せないけど、栗本さんが漆黒様と一緒に過ごすように、私たちもそうすることにしたわけ! あ、それとこのことは誰にも言わないから安心して!……だって死神と生活してるなんて、みんなに馬鹿にされちゃうでしょ?」




 ︎︎満面の笑みで意気揚々と話す水野さんは、ザクロとは違った怖さを感じる。思わずギュッと自分の左腕をつかんだ。



「じゃあ、私そろそろ塾に行かないといけないからまたね!」



「あ、うん……」




 ︎︎水野さんが軽やかな足取りで、校門の方の道へと進んでいくと、ザクロもその後ろをついて行った。

 ︎︎ すると、ザクロがグルっとライアーの方を向く。その拍子に、パーマのかかった黒い前髪が目にかかる。



「漆黒様。……俺は、貴方が思っているほど馬鹿じゃないんですよ」




 ︎︎そう不敵な笑みを浮かびながら、話したザクロはいつものふざけた感じはなく、どこか真剣で寂しさがあるように感じた。私の気のせいだろうか。




「……まゆり、僕たちも帰ろう」



「……うん、そうだね」




 ︎︎空を見上げると、鉛色の曇り空が果てしなく広がっていた。








 ︎︎ 帰り道は、しばらく沈黙が続いた。



 ︎︎ すると、この沈黙をかき消すように大粒の雨が降ってきた。最近は晴れていたこともあって、傘は持ってきていない。


その時、隣を歩いていたライアーは、私の背後へと回り、自身の着ていたロングコートを脱ぐと、私の頭上を覆うようにコートを広げて持った。

……雨で濡れないようにしてくれていると分かっているのに、私は「ありがとう」と伝えれなかった。自分でも分からない。



「……自分の感情が分からない」



 ︎︎もう何を話したらいいのか、考えるのも億劫になった自分の今の心情を伝えた。




「……自分を深堀りしてみるんだ。 ゆっくりでいい、しんどくなったら途中でやめてもいい。……自分の深層部分まで行けなくとも、きっと何も“分からなかった時”より気持ちに整理がつき、楽になるはずさ」



 ︎︎ 大粒の雨の音にかき消されたと思った私の声は、しっかりとライアーの耳に届いていた。ライアーの声も、特別大きな声は出していないはずなのに、不思議と私の耳にスっと入ってきた。



「……前から思ってたけど、どうしてライアーは深掘りを勧めるの? 先生や友達は、“困ったことがあれば相談して”ってまずは口を揃えて言うのに」



「……相談することですっきりしたり、解決するという人がいるように、相談せずとも自分一人で解決できたりすることはある。……まゆりは、周りの人に“相談する”のを、頑なに拒んでいるように僕は見える。 だからまゆりには、自分の曖昧な心を深掘りすることを勧めた」



「そっか……」



……本当にどこまで私の事を熟知しているのだろう、この死神は。


 ︎︎私の視界に時々入るライアーの手首は、想像以上に真っ白で細くて、頼りなくて、消えそうで怖かった。







「──ただいま」



「おかえり、雨すごかったでしょう? ……あら、傘持って行ってたの?」



「あ、ううん。……友達の傘に入れてもらった」



「友達が傘持ってて良かったわね。……あ、お母さんはそろそろ仕事行くから晩御飯は、自分で温めて食べてね。ハンバーグ作っといたから」



「うん、ありがとう」



 ︎︎ほとんど濡れていない私を見て、お母さんはてっきり傘を差して帰ってきたと思ったみたいだった。だから咄嗟に嘘をついた。

……私の曇った心を見破られないように、いつものように明るめに接した。


そして何故かライアーは、背後にはいなかった。……部屋で待っているのかもしれない。



 ︎︎お母さんと話した後、あまり雨に濡れなかったもののお風呂に入ることにした。……何となく一人になりたかったからかもしれない。今、自室に戻っても多分、ライアーはいるはずだから。

ライアーのことだから、しばらくは静かにいるはず。 だけど、今は自分一人しかいない空間で、じっくりと深掘りしたいと思った。



 ︎︎シャワーから出る水の音か、外の雨の音なのかよく分からない中で、私の中の鬱々とした気持ちの正体を突き止める。



──私はまず、最近起きたことを遡ってみることにした。




────ライアーと出会い、楠さんと五十嵐くんと仲良くなった。それから私の理想である、“文武両道”を実現するために、数学のミニテストや体育のサッカーを、ライアーに手伝ってもらった。

……そして今日は、水野さんとザクロが手を組んだ事実が発覚した。




── サッカーをした時まで、私の気持ちは明るかった。 ……やっぱり水野さんとザクロの時だ。その時から私の心は曇った。



 ︎︎お風呂場の鏡を見つめながら、今日の放課後の出来事を、脳内で何度も再生しては、巻き戻してを繰り返した。



 ︎︎自分がコンディショナーをしたのかどうかも覚えてないくらい考えた末、やっと納得のいく答えが出た気がした。




────この鬱々とした感情の根源は、“衝撃”だ。



……私はこの数少ない、“死神が見える人間”だ。

私だけが死神を見ることができる、特別なんだと思っていた。……けれど、まさか同じクラスで、しかも嫌いな人が、死神を見ることができると知ってショックだった。 理由は、一気に特別感が減ったからだ。



その衝撃に、


────ライアーが私の元を離れて、水野さんの元へ行ったらどうしよう。


────もし、せっかく仲良くなった楠さんや五十嵐くんに影響が出て、嫌われたら……


────自分が耐えきれないほどの絶望が襲ってきそうで怖い。


というような、不安や怖さが複雑にからみ合ったせいで鬱々とした気持ちになったんだと思った。



 ︎︎ 深掘りして、気持ちを整理できた瞬間、心が少し軽くなった気がした。





 ︎︎いつもより明らかに長かったお風呂に対して、ライアーは何も言わず、リビングの椅子に座っていた。 お母さんは、私がお風呂に入っている間に仕事に行ったようだ。

 ︎︎頭にバスタオルをかけた私と目が合うと、ライアーは椅子から腰を上げた。



「……ライアー。私、深掘りできたよ」



────確かに深掘りはできた。時間はかかったけど、やって良かったと思ってる。


……でも、どうしても求めてしまう。


────不安と怖さで形作られた檻から、出してくれるような言葉を。



「……それは良かった」



 ︎︎それだけライアーはそう言うと、私の目の前まで来た。



「……毛先から水滴が落ちて、服が濡れてる。ちゃんと拭かないと風邪を引いてしまうよ。……ふふっ、これじゃあ風邪をひかないように、雨の中コートを広げた意味がなくなるじゃないか」



 ︎︎そう陽だまりのように、微笑みながら言うライアーは、私の頭上に乗ったバスタオルを取ると、優しく丁寧に頭を拭いてくれた。


ライアーは赤紫の手袋をしているのもあって、体温は感じないけれど、とても暖かく包んでくれて……気づけば涙が頬を伝っていた。




「───まゆり」



「……ん、な、……なに?」



「……僕はずっとまゆりの傍にいる。まゆりがいきたい道を選べばいい。どの道を選んでも僕は、変わらずここにいる」



「……っ!うん……ありがとう」




 ︎︎やっと誰かに私という存在を、認めてもらえた気がした。

解放と安堵で、ポタポタと流れる涙が足元で弾ける。


 ︎︎ライアーは、髪に着いた水分をある程度拭き取るとドライヤーをし、くしで人形の髪の毛でもとかすかのように、優しい手つきでサラサラに仕上げてくれた。

……髪と耳にあたる絶妙な温風と、頭皮にあたる櫛の感触が、眠りそうになるほど気持ちよかった。


「……はい、終わったよ」



「……ありがとう、ライアー」




 ︎︎あれ、この感じどこか懐かしさがあるような……。




────ああ、そうだ。

私のお父さんだ。

私がお風呂から上がると、洗面所で待ち構えているお父さんがよく私の頭を拭いて、くしで髪をといてくれた。

ライアーはその手つきによく似ていた。

寒い2月なのも、ライアーの体温を感じないのも関係ないくらい、暖かくて心地よかった。




 ︎︎窓を見ると、先程の雨は止んでいて、灰色の空に一筋の光が差していた。




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