その5 ようこそ

 たまたまだったんだあの夜は。


 彼女と別れて少ししか経っていなかったし、酒を飲んでいたのもあったんだろうな。


 大学時代の連れと3人で、あのいつもの飲み屋で楽しくやっていたんだ。ちょうど隣のテーブルにあの子らが座ったら、俺の仲間が気軽にナンパしやがった。その子らも何だか乗り気だったんだろうか、6人になって盛り上がっていたっけ。


 俺は彼女と別れて欲求不満だったから、その子らの一人に・・・そう、あの3人の中では特別遊び人っぽくもない地味めのあの娘に妙に身体がうずいた。俺は彼女の隣でああだこうだと格好をつけてベラベラ喋って、なんとかしてホテルへ誘いたくて、酔っ払いのクセに頭のどっかで異様な冷静さが機能しているみたいに、噓八百で同情を誘うようなペテンでもって彼女を口説いていたような気がする。


 ややあって解散になったが、俺の連れと彼女以外の4人は勝手によその店に向かっていった。願ってもない、ようやく彼女と二人きりになれた。俺はいよいよ満を持して彼女をホテルに誘ってみた。数回は断られた。でも俺は諦められなかった。女を抱きたい一心になっていた。性欲の塊になっていた。彼女はようやく頷いてくれた。その少し恥らんだ表情が、俺の性欲にピークを迎えさせた。


 さっきまでの地味な女とは思えないほどだった。俺と彼女はお互いを貪るようにまぐわった。


 目が覚めると妙に清々しい気分だった。俺は眠気も酔いも無くなっていて、性欲からもすっかり解放されていた。


 時計を見ると朝の6時をまわったくらいだった。


 真っ裸の俺の隣にはもう彼女はいなかった。シャワーでも浴びにいったのか、いや、そうではないことは彼女の私物が一切無くなっている部屋を見れば一目瞭然だった。


 いい女だった。せめて連絡先でも聞いておけば良かったと、枕に顔をうずめてそう思った。片側だけ枕から顔を出すと、視線の先にあるテーブルの上に白い紙きれが見えた。希望が膨らんだ。その紙を取ろうとベッドから降りてテーブルへ歩み寄る数秒の間に、また彼女と再会し、昨晩のような熱いまぐわいを再び味わえる。そんな先走った欲望を想像して興奮し始めていた。


 紙切れは裏に返されて置かれているようだった。


 確かに何か書かれていることを示すように、彼女の筆圧が紙裏に浮かび上がっていたのが判った。


 彼女が残していった紙切れには、こう書いてあった。


「エイズの世界へようこそ」

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