記事
「マリア、起きなさい!」
ドアを叩く音とミルルの声に私は飛び起きた。寝坊した?
「起きました! すぐに着替えます」
バタバタ着替えて、部屋を飛び出すと、ミルルが困ったような顔で笑った。
「心配しないで。寝坊じゃないから。ただ、フランチェスカさんがすぐに部屋に来るようにって」
何だろう。
部屋に行くと、フランチェスカさんはきっちりとしたドレスを着込んでいた。
「マリア、すぐに髪を結って欲しいの。高貴で威圧感のある感じで」
何だか、無茶を言われてしまった。巻き毛? うーん。ポンパドールはどうだろう。今どきの感じじゃなくて、前髪を思いっきり膨らませて、高さを出して。ゴージャスに。
「これを見れば、マリアが店を出すのは実力だって、よくわかる」
フランチェスカさんが鏡を見て、満足そうに笑った。うん、肉食獣の微笑みって感じで怖いのはなぜ? 威圧感出し過ぎた?
「じゃあ、ちょっと、出かけてくるから。マリアは今日一日、外に出るんじゃないよ」
そう言って、フランチェスカさんは出かけて行った。どこへ行くのかと聞く隙もないくらいピリピリした感じだった。
私は食堂に顔を出した。寝る前に軽いものを食べる人たちが五人くらいいた。
「フランチェスカさん、どこに行ったんですかね?」
尋ねると、みんな、顔を見合わせた。
「きっと、毎朝新聞ね」
「え?」
その時、ミルルの声が聞こえた。
「もう、勝手に入らないでください」
すぐにジェシーさんが現れる。
「おはよう。いやあ、美人が揃ってて、目の毒だなあ」
「仕事上がりで疲れてる人間によくそんなことが言えるわね」
「そんなところが駄目なのよ」
みんなが口々にジェシーさんを叱るけど、別に怒っているわけじゃないし、くつろいだままだ。
「マリアちゃん、会いたかった」
いきなり、ガバリと抱きついてきたので、慌てて手を突っ張った。
「おはようございます」
「あ、また、丁寧な言葉に戻ってる」
「それより、どうしたんですか」
「マリアちゃんが落ち込んでないか心配でさ。仕事の前に顔が見たかったし」
ジェシーさんのチャラさは消えていない。本気が感じられないなあ。
「私は元気ですよ。本当に急にどうしたんですか」
「本当に大丈夫?」
覗き込んでくるジェシーさんの顔があまりにも甘くてドキッとしてしまう。
イブさんが口を挟んだ。
「マリアはまだ、新聞を読んでないから」
「そうだったんだ。じゃあ、マリアちゃん、そんな新聞なんて、読む必要ないからね」
「それより、とっとと騎士団に行けば。遅刻するよ」
イブさんの言葉にハッと気づいた。
「ジェシーさん、朝ご飯は食べました?」
尋ねると、ジェシーさんは嬉しそうな顔になった。
「食べてない」
「あの、もう行かないと行けないんですよね。よかったら」
食堂で食べさせるのは問題だろうけど、私のサンドイッチを分けるぐらいならいいよね。
差し出すと、ジェシーさんは手づかみでかぶりついた。持って行ってもらうつもりだったのに、さすが男性。あっという間に食べてしまった。
「ありがとう。じゃあ、行ってくるよ」
「行ってらっしゃい」
私が言うと、なぜか、感動したように手を振りながら、ジェシーさんは出かけて行った。
さて。
「新聞、見せてください」
「いいの? ジェシーが読む必要ないって言ってたじゃない」
イブさんがさぐるように言った。
「だって、あんなふうに言われたら、気になるじゃないですか」
シルヴィアが新聞を渡してくれた。
『ブライアン王子、病気のため、シャハット山の別荘に療養へ。エスメラルダ・アルバ嬢と婚約解消。病名は公表されず』
毎朝新聞の小さな記事だった。婚約破棄じゃなく、婚約解消。病気療養って、都合が悪い時の政治家か! と、ツッコミを入れたくなる。でも、エスメラルダさんはダメな男と結婚せずに済んでよかったなあ。
「マリア、何を見ているのよ。前から見るもんでしょ」
イブさんが呆れたように言った。
やってしまった。日本ではテレビ欄からはじめて、さかのぼって読んでいた癖が出てしまった。
慌てて一面を見た。それは私の記事だった。
『エスメラルダ・アルバ嬢の髪を短くし、それでも、魅力を引き出した謎の髪結師に迫る』
髪を短くしたのは王子で私じゃないんだけどなあ。
長い記事にはいろんなことが書かれていた。
・高級娼館に勤める髪結師、マリア。騎士を複数、たぶらかしている。
・素性は不明。エージャ海の向こうのニホンという国から来たという話があるが、ニホンという国は存在するのか?
・娼館で働きはじめたのは奴隷商人の大規模な摘発が行われたのと同時期。奴隷か、それとも、逃げおおせた犯罪者か。
・エスメラルダ嬢に付け入り、屋敷に出入りしている。パトロンになってもらい、店を開く予定。
どんな店かは書いてないが、場所まで突き止めてある。
「よく調べてあるね」
私は感心した。全部、サンドラさんが取材したのだろうか。でも、何だろう。こう書かれると、私って、ものすごく怪しい人だ。
「これでフランチェスカさん、怒っちゃってさ。毎朝新聞に抗議に行って、デルバールへの立ち入り禁止を宣言してくるって」
シルヴィアさんが何だか嬉しそうだ。
「そんな、怒るほど、ひどいこと書いてある?」
いや、ジェシーさんによると、落ち込むような内容だったのか。ピンと来ない。
「ひどいわよ。要は素性の知らない女が体を使って男を籠絡して、エスメラルダさんをだましたお金で店を開こうとしてるってことなんだから」
イブさんの目に怒りがある。
「えっ、全然、わからなかった」
「おまけにこれだと、デルバールが怪しい女を雇ういいかげんな店だと言ってるようなもの」
「それでフランチェスカさんは怒ったのか」
「そうじゃなくて。それもあるけど、マリアが侮辱されてるから、怒ったの! 私たちだって、怒ってるんだから」
みんながうなずいている。そうか、いつのまにか、私を仲間だと思ってくれていたんだ。
「ありがとう。みんなが怒ってくれて嬉しい」
「当たり前じゃない」
「だって、マリアは私たちのためにいつも、髪を綺麗にしてくれるじゃない」
「そうそう、化粧も一人一人にあわせて考えてくれて」
「ますます、綺麗になったって言われるの」
みんなの言葉に胸があたたかくなった。
それにしても、異世界の言葉を喋るのにも、読み書きするのにも苦労しなかったのに、細かいニュアンスは伝わってなかったとは。
皮肉や嫌味に気づきたいわけじゃないけど、行間を読めない奴と思われそうだ。
まさか、知らない間にジェシーさんに誘いをかけたりしてないよね。だから、距離が近いんだったら、どうしよう。
フランチェスカさんが帰って来たら、教えてもらわなくては。
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