店舗
「本気なんだね」
「はい。自分の店を開く準備を始めようと思います」
真っ直ぐに答えると、フランチェスカさんはため息をついた。
「わかった。相談に乗るから、一人では突っ走らないと約束しておくれ」
絶対に反対されると思っていたので、びっくりした。
「まさか、卒業パーティーで突っ走るとは思わなかったよ。たぶん、マリアを止めるのは私には無理だ。それなら、突っ走る前にゆっくり進んでもらった方がいい」
「すみません」
「でも、気持ちがスカッとしたよ」
フランチェスカさんは笑った。
「それで、まず、店を開く場所を探そうと思うんですけど」
「ああ、それなら、ジグルドに相談しな。お嬢さん相手の店にするなら、治安がよくて、馬車を乗りつけられることとか、マリアの気づかない条件もきちんと考えてくれるさ」
というわけで、店舗探し開始です。
「窓が大きくて光が差し込む明るい店内で」
「ちょっと、待った。それだと、外から髪を切っている姿が見えるだろう。それはまずい。身だしなみを整えている姿は人に見せるようなものじゃない」
ギルド長は私が落ち人であることを知っているので、助かります。
「まず、最初、平民は来ないだろう」
「気楽なお店にしてもダメですか?」
「平民で人と違う格好をするのは勇気がいる。おまけに髪は伸ばしておくなら、お金がかからないからな」
「じゃあ、最初は貴族の方相手で。男性の方は来るでしょうか?」
「うーん、新しいものに飛びつくのはどちらかというと、女性の方が多いな。特に学生のうちは羽目を外すことも少しは多めに見られる」
ガブリエルちゃんたちのような感じか。若い子がターゲットね。
「一人では来ないということですね」
「その通り。だいぶ、この国のことがわかってきたようだね。最低でも侍女と護衛騎士、馬車の御者の三人は来るだろう。護衛騎士には見えないが近い場所に控え室が欲しい。一時間以上かかるなら、ご希望の方にはお茶を出す方がいい」
イメージは街中の個人美容室で私一人でやれる範囲でがんばろうと思っていたけど、お茶を出す人を雇わなくちゃいけないのか。
「支払いの仕方は現金だけで大丈夫でしょうか」
「クレジットは必要だな」
「でも、私、やっと、お金を覚えたところで、クレジットの操作は……」
「あ、商人ギルドの方でそこは丸ごと面倒を見るよ。帳簿付けや納税まで任せておきな」
そうか、自分でやると、税金も自分で払わないといけないんだ。きちんとしてないと、徴税長官に申し訳が立たない。
「すみません、きちんとお給料を払いますのでよろしくお願いします」
「いやあ、無料でいいよ」
何だか、ギルド長が悪い顔をしている。
「ジグルドさん、あの、タダほど怖いものはないって、私の国では言うんですが」
「ハハハ、よくわかってるね。いやあ、その代わりに小物を売るコーナーを作らせて欲しいんだ。ドライヤーやかんざし。マリアが使えば、お客様は絶対に欲しくなる」
「あ、それはお願いします。その代わり、運営について、相談にのってもらえませんか。もちろん、顧問料はお支払します」
「払ってもらう方が怖いな」
「ジグルドさんに頼らないと何も進まないんです。例えば、光熱費だって、魔法道具を使用しているから、魔石がいくついるか、どのくらいの価格かなんてわからないんです」
「そうか、魔法のない世界から来たんだったな。じゃあ、こちらからのお願いだ。顧問料は無しにするから、まず、新しい物を思いついたら、私のところに持ってきて欲しいんだ。販売の優先契約を結んで欲しい」
「それはこちらもお願いしたいです。この世界になくて、作りたい物は色々あるので」
いつかはオリジナルのヘアケアシリーズを開発して売りたいな。パーマの開発は難しそう。
勝手に動くなと言われているので、フランチェスカさんに立ち会ってもらって、販売の優先契約を結んだ。大体のお店のイメージも固まったので、ジグルドさん自らが候補を案内してくれる。
一軒目。デルバールから近い建物。二階建てで一階はお花屋さん。ああ、デルバールでみんなを生花で飾るというのもやってみたい。
「ここだとデルバールから徒歩で通えるぞ」
「あ、あの、開店したら、デルバールから出るつもりなんです。だから、一階店舗で二階自宅というのが理想なんですが」
お店のイメージを伝えるのに一生懸命でそこに住むつもりというのを忘れていた。
「じゃあ、次だ」
商人ギルドの馬車に揺られて移動する。
次はやや郊外の三階建て。石造りで歴史がある感じ。
「ここなら、馬車も二台分停められるぞ」
いい、すごくいい。
一階にトイレとお風呂、台所に四部屋、二階は三部屋、三回も三部屋。
内装がキラキラしすぎているけど、家具もついてるのかな? ロココ調の椅子とか、すごくいい。
でも、オーバースペックじゃない?
「ここ、高くないですか?」
「今のマリアの貯金と収入なら、余裕だ」
「でも、洗髪台を作るのにどのくらいかかるか、わからないしなあ」
そう、シャンプー台が欲しい!
デルバールではみんながお風呂に入った後にヘアメイクするからいいけど、外からお客様が来るなら、絶対に必要。
「洗髪台はマリアが描いた図を職人に見てもらっているところだ。見積もりが出てから、判断するか?」
「とりあえず、次のを見させてください」
「自宅に使えるのは次で最後だぞ」
「はい」
商店街の端にある木造二階建て。ログハウスっぽい感じだ。
「ここは馬車の置き場がない。まあ、便利な場所だから、御者は待っている間、ああいう店で休憩することが可能だ」
ジグルドさんが指差した先には小さな食べ物屋さん。店先に広めの空き地があって、馬や馬車が繋いである。美味しいのかな。すごく繁盛しているみたい。うん、いい匂いが漂ってきた。
「ここにします」
「おい、よく見てから言え」
中は一階が小さな台所、トイレに部屋が三つ。美容室、小物売り場、控え室にちょうど使える。二階は部屋が二つ。一つは私の寝室でもう一つは予備かな。
「お風呂はないんですね」
「デルバールが特殊なんだよ。平民は風呂屋に行くのが普通だ」
うん、じゃあ、私もそれでいい。
「ここにします。スタートはこのぐらいがいいと思います」
あまり、料理は得意じゃないから、美味しそうな店が近くにあるのが決め手になったのは内緒だ。
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