第2話 生きていた

 しばらく雨が続いた。こんな時は憂鬱になる。毎日再生している音声は天気のいい日のものだ。畑仕事にも出られずにずっと家にいるときは気が滅入る。誰の声も聞こえないし、雨垂れの音だけが家の中に響き渡る。俺は言いようのない孤独感にさいなまれる。


「少し小降りになってきたか・・・外に出てみるか・・・」


 俺は窓から外を見てそう思った。俺がいなくても畑仕事は機械が代行してくれるし、家畜の世話もオートでやってくれる。だが気になるのは仕方がない。これだけは人任せ、いや機械任せのままにしておけないからだ。


 雨は上がった。空には虹がかかっていた。畑は別に変った様子はなかった。いや雨に降られて大地に潤いがいきわたり、いつもよりキラキラしているようだった。俺は作物の出来に満足しながらあちこち見回っていた。


 だが今日はいつもと違った。突然、


「おーい!」


 と人の声が聞こえてきた。


(一体、何が?)


 俺は何が起こっているかわからず、その声の方向をじっと見ていた。その声はすこしずつ近づいてきて、やがて人影も見えた。


「人か? 生きている人なのか?」


 俺は茫然とその方向を見ていた。それは一人の女性だった。彼女は手を振って私のそばまで来た。


「やっと見つけた!」


 女性は嬉しそうに言った。しかしなぜか、俺は人に会えてうれしい感情は湧いてこなかった。


「私は美玖。バンで旅をしているんです。あなたは?」

「俺は山田大作。5年前からここに住んでいる」


 俺は冷ややかに答えた。


「実はバンの電気がなくなったんです。雨続きでソーラー発電もできなかったので。少しでいいから分けて下さらない?」

「ああ、いいよ。作業所に電気が来ている。そこから引っ張っていったらいい」


 俺は遠くに見える小屋を指さした。


「ありがとう。充電器に充電させてもらいます。じゃあ」


 美玖はそう言って行ってしまった。俺はなぜかほっとしていた。久しぶりに人と会うことができたのに何の感情もわいてこなかった。ただ


(夕刻まではしばらくある。もう少しここで時間を潰して家に帰るか。それでまたあの日に戻れる・・・)


 と思うだけだった。


 しばらくしてバンが道を走って来た。作業所の前に停まると、美玖が降りてきてコンセントから充電を始めた。そしてもう一人、女の子が降りてきた。


「うわあ! 畑だ!」


 その子ははしゃぎまわっていた。美玖は私のそばに来た。


「充電させていただきます。ありがとう。」

「いえ・・・」


 俺は女の子の方を見ていた。もう一人、生き残っていたのかと驚きだった。


「ああ、あの子は陽菜。一緒に旅をしているの」

「そうか・・・」


 気にはなったが、俺はこれ以上、彼女たちに関心を持てなかった。


「実がなっている! おいしそう!」


 陽菜は楽しそうな声を上げていた。


「よかったら持っていきますか? どうせ食べきれないんだし」

「えっ? いいんですか? 保存食しかなかったからうれしいわ。久しぶりに生の食材で料理ができるわ」


 美玖は喜んでいた。


「じゃあ・・・」


 俺は野菜を収穫して渡した。せっかく作った作物を無駄にせずに済んだ・・・俺の気持ちはそれだけだが。陽菜は大喜びで野菜を抱えていた。


「私、料理をよくするんです。一緒にどうですか? お礼に御馳走を作りますよ」


 美玖は言ってくれた。だが俺は、


「いえ、家族が待っているんで・・・。」


 と言ってしまった。いないのはわかっているが、今日もまだあの日の生活を続けたいからだった。


「そうですか?じゃあ、明日昼でもどうですか?」

「ええ・・・」


 俺は生半可な返事をした。すると陽菜が聞いてきた。


「おじちゃん。家族がいるの? 本当? 誰と誰なの?」

「奥さんと娘と息子がいるよ。」

「じゃあ、明日昼に連れて来てよ。みんなで食べようよ」

「ああ、みんなに聞いてみる・・・」


 俺は困りながらもそう返事をした。隣にいる美玖は何とも言えないような顔でそれを聞いていた。


「じゃあ。俺は帰るから」


 俺はそう言ってその場を離れた。これ以上いると本当のことがばれてしまうような気がしたので。


「おじちゃん。待っているよ!」


 陽菜は俺に手を振ってきた。俺も手を振ってやった。だが心の中はうつろだった。



 次の日も俺はいつものように家を出て来た。そしていつものように畑仕事をしようとしたら、美玖が現れた。


「お手伝いしますわ。充電と野菜のお礼に」

「そんな・・・いいですよ」

「ぜひやらせてください。働くのが好きなんです。それにしばらくここにいようと思っているから」


 美玖はそう言って手伝い始めた。いつもと違うことに俺はやりにくい気もあったが、なぜかいつもより楽しく働けたような気がした。そしてそのまま美玖のバンで昼食をいただくことになった。


「誰も来ないの?」


 陽菜が聞いてきた。


「いや、ちょっと手が離せないことがあって・・・」


 俺はごまかした。


「つまんない。せっかく友達ができるかもしれないと思っていたのに」


 陽菜が口をとがらせて言った。


「ああ、そのうちに・・・」


 俺はそう言うしかなかった。


「じゃあ、おじちゃんちに行っていい?」


 陽菜はいきなり言って来た。俺はどう答えようか迷っていた。だが美玖が言ってくれた。


「陽菜。駄目よ。お忙しいんだから」

「はーい・・・」


 陽菜は不満げに返事をした。


 俺は話を聞いた。彼女たちはバンで旅をしてきている。幸いインフラは自動化されて保たれているので、電気自動車のバンで充電しながら日本中を走ってきているそうだ。


「楽しいのかい?」


 俺は尋ねた。人が誰もいないのに寂しくならないのだろうかと。


「ええ。陽菜もいるし。それにバンで飛ばすと気分は最高よ」


 美玖は答えた。そんな話をしていると陽菜は退屈してきた様だった。


「ねえ、外で遊んできていい?」

「ええ、いいわよ。」


 美玖が答えると陽菜はすぐにバンを降りて外に出た。そこらに生えている草を引っこ抜いたり、虫を見つけて追い回したりしていた。


「元気な子だね?」


 俺は言った。子供の遊ぶ姿はここ3年間見ておらず、知らず知らずに自分の子供と重ね合わせていた。


「ええ。あの子は出会ったころから元気でたくましかった」

「えっ?」


 俺は聞き返した。


「そうよ。私の子じゃないわ。住んでいた町で見つけたの。両親を亡くしたのに一人で生きていたわ。それに元気に楽しくね」

「そうだったのか」

「だからこのバンで旅をすることにしたの。誰かが生きているんじゃないかって・・・。聞いたことがあるの。このウイルスは1000万人に1人、抗体を持っている人がいるって。だからこの日本に10人はいるわ。そしてやっとあなたを見つけたの」

「これからどうするんだい?」

「しばらくここにいてまた旅に出るわ。あなたと会ってまた他に生きている人がいるって確信したわ。探してどうって言うこともないけど、やっぱりうれしいの。もしかしたらみんなで楽しく暮らせるかもしれないって」


 美玖は楽し気に話していた。


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