⑤
少し考えて、ルガー子爵夫人を屋敷の庭のガゼボに通すように指示をした。
応接室は最近、仕事関係にばかり使用しているので、殺風景で機能性だけを重視した部屋になってしまっている。
ご婦人を歓待するには不適切だろう。
それに庭園が見えるガゼボのほうが、お待たせするのに退屈させないだろうと考えたのだ。
―――密室で2人きりになるよりも、開けた庭園でお話しする方が、気が楽という理由も、なくはない。
急いでサンドイッチを飲み込んだ俺は、簡素な仕事用の服から少し飾り気のある社交用の服に着替え、ルガー夫人の待つガゼボへと駆け付けた。
できるだけ急いだものの、やはり少しお待たせしてしまった。
ルガー夫人は遠目にも緊張した様子で、キョロキョロと不安げに視線を動かしていた。
しかし俺の姿を見つけると、パッと笑顔になり、頬を赤らめた。
―――まいったな。
こんな反応をされたら男なら、誰だって嬉しくない訳がない。
例え好きではない相手であってもだ。
「ダメだ、カミール。気分が浮ついてしまいそうだ」
「気分が浮ついても、何の不都合もありませんよ」
まだ距離があるため、相手に聞こえないだろうと呟いた俺に、すかさずカミールが返答する。
こいつは明らかに、俺とルガー子爵夫人をくっつけたがっているようだ。
「こんにちは。お待たせして申し訳ございません、ルガー夫人」
「とんでもございません。ごきげんようセドリック様。突然押しかけたにもかかわらず、お会いしていただけて嬉しいです」
満面の笑みを浮かべたルガー夫人が、立ち上がって優雅にお辞儀をして、出迎えてくれた。
流石に現在子爵家の当主代理をしているだけあって、洗練された動作だ。
「どうぞお座りください」
「ありがとうございます」
テーブルの上には、お待たせしている間にお出ししたであろう、お茶が用意されていた。
しかしお茶うけがないようだ。
俺が来るまで出さなかったのか?
斜め後ろに控えるカミールにチラリと視線を向けるが、カミールは動く気配もなく、素知らぬふりだ。
こいつに限って、まさかお茶うけを出すのをすっかり忘れているわけではないだろう。
「あの、これ私が作ったフルーツケーキです。フルーツの洋酒漬けが入っているんですよ。うちの料理人に見張っていてもらって作ったので、食べられるものかと思うのですが」
「ありがとうございます、いただきます。とてもいい匂いだ」
ルガー夫人が差し出してきたバスケットからは、とても美味しそうな甘い匂いがしていた。
なるほど、これを一緒に食べろと言うことだな?カミールめ。
礼儀として、切る前のケーキを見るべく、バスケットに被せてある布をめくる。
そこにはお世辞抜きで美味しそうな、しっとりとしていて、色とりどりのフルーツの混ざったケーキがあった。
「美味しそうですね。フルーツの洋酒漬けは、大好物なんです」
「まあ、良かった」
本当に美味しそうだなと眺めていたら、バスケットの端に、なにやらきらりと光るものを見つけた。
これもフルーツだろうかと手を伸ばして、気が付いたことに後悔をする。
そこにあったのは、繊細な細工の金の台座の真ん中に、でかでかと高級そうな宝石をあしらった、男性用のブローチだったのだから。
「ルガー夫人、困ります。このような高級な物、いただけません」
「リクサと呼んでください、セドリック様。ほんのお礼の気持ちです」
こんな高級な贈り物、もらっておいてはいさよならという訳にはいかないだろう。
「いいえ、受け取れません。ご主人の大切な思い出のものではないのですか」
「セドリック様のことを思って、新しく購入した物です。それに一度受け取っていただいているので、それはもうセドリック様の物ですわ。いらないなら、捨ててくださって結構です」
一度受け取った物を突き返すのは、確かにあまりよろしいことではない。
いやでも、俺が受け取ったのはケーキであって、こんな高級なブローチではないはずだ。
―――やられた。この夫人、意外としたたかだぞ。
か弱そうで守ってあげたいと評判のルガー夫人の、意外な強さに驚く。
果たして、一度お茶してみるだけで済むのだろうか。
ちょっと早まってしまったかもしれない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます