第 42 話

「子供が行方不明……」


 マディノッサ男爵であるグラツィアーノからの情報を受け、エルヴィーノは思考を巡らせる。

 噂のため正確なことは分からないが、その事件が起き始めたのがオルフェオが家の前に置いて行かれた時期と重なっている。

 そのため、もしかしたら関係あるのかもしれない。


「誘拐ですか?」


 魔物によるものなのか、それとも誘拐によるものなのか。

 誘拐事件というのなら、オルフェオに関連しているかもしれない。

 それを確認するために、エルヴィーノはグラツィアーノに問いかけた。


「いや、さすがに分からない。あくまでも噂を入手しただけなのでな」


「そうですか……」


 少しでも早くと、情報を入手してくれたのだろう。

 子供に関する事件の捜索を頼んでから日も浅いというのに、噂とはいえもう入手してくれたのだからありがたい。

 そのため、その真偽のほどがが定かではないのは仕方がないだろう。

 あくまでも噂の段階なんで、行くか行かないかはエルヴィーノに任せるということだろう。


「それはどこで起きているのですか?」


「イガータの町だ」


 その噂の行方不明事件はどこで起きているのか。

 ひとまずその場所を聞いておこうと、エルヴィーノはグラツィアーノに問いかける。

 そして、グラツィアーノから帰ってきたのがイガータの町とのことだ。


「イガータ……、この国の端ですね……」


「あぁ、ゲルボーゼ辺境伯領だ」


 横長の形をしているカンリーン王国。

 その南西にあるのがイガータの町で、川の対岸にはチョディア王国がある辺境伯領だ。


「辺境伯領だとチョディア王国が怪しいところですが……」


 ダーヤ川という大きめな川を境にしており、橋もないことから、チョディア王国による犯行の可能性がは低いように考えられる。

 しかし、川の水量次第では渡れなくもないため、完全に否定することはできない。


「微妙なところだな。今の時期の水量はそこまで高くないとはいえ、人が渡るにはかなり危険なはずだ」


 ダーヤ川の水量は季節によって増減する。

 もうすぐ雨季に入るこの時期は、少し水量は低くなっている。

 とはいっても、流れは速いままだ。

 そのため、対岸のカンリーン王国に密入国しようとしても、川を渡るのには判断に迷う状況だったはずだ。

 そのため、グラツィアーノはエルヴィーノの呟きに懐疑的な意見を述べた。


「それに、我が国とチョディア王国はそれほど険悪ではないからな」


「なるほど……」


 このカンリーン王国とチョディア王国は、昔からたいして干渉しあわない関係でしかない。

 良くも悪くもないという言葉が、一番適している表現と言っていいだろう。

 そのため、誘拐だった場合の犯人がチョディア王国の人間と判断するのは、まだ早いと言っていい。

 グラツィアーノの言葉を受けて、エルヴィーノは自分の考えを修正することにした。


「……ひとまず、イガータの町に行ってみませんか?」


 エルヴィーノたちの中では、貴族の子息と思われるオルフェオ。

 しかし、グラツィアーノは貴族の子が行方不明だという言葉は一度も話されなかった。

 そうなると、もしかしたらオルフェオとは関係ないかもしれないのだが、噂の詳細がここまで届いていない以上、そう判断するのも早いだろう。

 噂の詳細をグラツィアーノに調べてもらってから行動に移すかどうかを判断することにすれば、無駄にイガータの町まで行き来する必要はなくなる。

 今のところまだオルフェオと関係あると判断できない状況だが、もしもイガータの町の事件が関係あるのなら、少しでも早く親元に返すために動いて良いのではないか。

 そう考えたセラフィーナはエルヴィーノに進言した。


「そうだな。ここの魔物の数もだいぶ減ったし、もう大丈夫だろう」


 エルヴィーノたちのみならず、この町の領兵や冒険者たちの懸命な努力の甲斐もあって、セノーイ帝国とナーチュ王国の戦争によって、海峡に生息してた海中魔物たちの集束も収まりつつある。

 そのため、大型魔物がその魔物たちを食料にしようと接近してくる可能性は低くなっただろう。

 ならば、この町を離れても問題ないと考えたエルヴィーノは、セラフィーナの進言に頷いた。

 

「イガータの町に行くのかい?」


「「はい」」


 エルヴィーノとセラフィーナの会話から、イガータの町に行くことにしたことは分かっているが、最終確認をするようにグラツィアーノが問いかける。

 それに対し、エルヴィーノたちは返事と共に頷いた。


「お世話になりました」


「いいや。君たちが来てくれて助かったよ」


 移動を開始するための準備を始める必要がある。

 早速行動を開始しようとソファーから立ち上がったエルヴィーノが、寝泊まりするために邸の離れを提供してくれたことに感謝すると、グラツィアーノは首を軽く左右に振った後、感謝の言葉と共に彼は手を差し出してきた。


「次は観光にでも来てくれ」


「ありがとうございます」


 差し出されたグラツィアーノ手に対し、エルヴィーノも手を差し出す。

 そして、2人はがっしりと握手を変わした。 




「そうですか……」


 オルフェオ関連の話だったため部屋に呼ばれていなかったフィオレンツォは、別の町へ移動することにしたとエルヴィーノに聞かされた。


「それで、お前はどうする?」


 エルヴィーノはフィオレンツォを指導する身だが、それよりもオルフェオに関することを優先するということは伝えていた。

 そのため、フィオレンツォがイガータの町に付いてくる必要はない。

 なので、フィオレンツォがこの後どうするのかを自身で決めてもらうことにした。


「私はもう少しここで魔物退治を手伝います」


 ここはフィオレンツォの実家だ。

 その実家のためにも、魔物の問題解決を手伝いたい。

 その思いから、フィオレンツォはこの町に残ることにした。

 

「問題が解決したら、シカーボの町で待ってます」


「そうか」


 今回の魔物討伐をしている間、船の操縦だけでなくフィオレンツォ自身も魔物との戦闘をしていた。

 ダンジョンでの1泊2日の魔物退治と合わせ、かなりの数の魔物を倒したからか、ステータスは上がっている。

 そのおかげもあって、領兵や冒険者たち同様、魔物退治の役に立てている。

 討伐完了までもう少しのところまで来ているので、自分も最後まで付き合いたい。

 それが終わったら、また指導を受けるためにエルヴィーノたちが戻るのをシカーボの町で待つつもりだ。


「次会うまで魔力操作の練習をしっかりな」


「はい」


 水属性の魔法を強化するため、エルヴィーノはフィオレンツォに毎日魔力操作の訓練をするように指示していた。

 それを続けるように言って、エルヴィーノはフィオレンツォとも握手を交わした。


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