ヒトならざるモノ

 ――ガイン!


 遮る物のない広々とした空間に激しい金属音が木魂する。

 巨大な水晶と小ぶりなナイフが衝突しては、ナイフを手に持つ少年の体が宙を舞う。


「ジャコ、澱に刃物など無意味だぞ!」


 くるりと着地した背には息つく間もなく、星守りの声と水晶の巨人の拳が降り注ぐ。


「クソ! だったら……っコイツでどうだ!」


 地を転がりつつ床に散らばる光る鉱石を一つ掴み上げると、横薙ぎに振られる巨大な槌のような水晶塊を迎え撃つように叩きつける。

 澱同士をぶつけてやれば壊すことは容易い――星守りの言葉を信じたうえでの行動だったが、無情にもジャコの手の中に粉々になった石屑が残るだけで相手にはヒビの一つも入らない。そのままジャコの身体は後方へと勢いよく吹き飛ばされていく。

 咄嗟に体を浮かせたことが幸いしたのだろう。盛大に地に叩きつけられはしたがそこまでの負傷はないようですぐさまジャコは体勢を立て直す。


「おい、話が違うだろ!」

「はっは、質量が違いすぎたな! どうやら同等の塊同士でなければ壊れんようだ」

「いちいち笑うんじゃねえよ! どっちの味方だよ!」


 五体、六体と数を増やす水晶の人から逃げまどいつつ悪態を吐く。それらは星守りに見向きもせずジャコだけを執拗に追い回すのだから猶更だ。


「つかどうすんだコレ、きりがねえ!」


 同等の塊同士という新たな助言も真偽は不確かである。が、縋る他に手はない。同士討ちを狙うべく撹乱を試みるが、ゆうにジャコの数倍もの高さを誇る巨人相手では容易な事ではない。そうこうしていればさらに敵の数が増えていく。

 気付けば囲まれていた。見渡せばジャコを見下ろす様に立ち並ぶ水晶の巨人群。さながら森である。

 それでも小柄なジャコならばすり抜ける道はある。例えば足元。小回りの利かなさを逆手に取り一気に距離を詰め懐へ飛び込めば――そう考えた時だった。

 いくさ場を吹き抜ける一陣の風がジャコの足を止める。


 ――ヴオオオオオオオ………………


「~~~っ」


 不快な音による不意打ちを浴び、堪らず膝をつく。


(これは……っ星啼き⁉ くそ、コイツらが寄り集まったせいで隙間風が鳴ってやがんのか……!)


 軽く眩暈を起こした頭を擡げるが一手遅い。視界に飛び込んできたのは振り下ろされる巨人の腕。

 やばい、避けられない。覚悟し身を硬直させるが……衝撃は一向に訪れなかった。

 変わりに、弾力と仄かな温もりを宿した物体がジャコの背中を包む感覚。体がふわりと浮いたかと思えば景色が滑り、気付けばジャコは水晶の巨人の輪を外から眺める位置にいた。

 状況が呑み込めないまま呆然としていれば背後から声が届く。


「無論、私はジャコの味方さ」


 その声でジャコは理解した。いや正確には何が起こったか把握できてはいないが、星守りに救われたという事実だけは確かだろう。その声の変わらぬ調子に憎めないどや顔が浮かぶ。何にせよ一先ず窮地は脱した。


「助かったぜ、星も……り?」


 ……じゃない。

 いや、何だコレは?

 振り返ったジャコは新たな困惑に見舞われ目をぱちぱちと瞬かせる。

 眼の前にいるのは星守りとは似て非なるもの。細い手足に長い髪と、形こそ似てはいるが明らかに別物であるそれは、全身が透き通った緑色の物体で出来ている。その表面はぶよぶよとした弾力があり触るとほんのり温かい。そう、まるでスライムのようだ。


「私はこっちだよ」


 聞こえた星守りの声は目の前のスライム人間からではなく後方からのものだった。

 そちらへ首を向けたのと同時、再び背中にぺとりとスライム人間が張り付けば、ジャコの身体がぐいと持ち上げられあっという間に星守り――今度こそ本物だ――の元へと降ろされる。

 なるほど、先程もこうやって助けられたようだ。どうやら役目を終えたらしいソレは地面へ吸い込まれるようにするすると消えていく。


「今のは?」

「私を模した分け身さ。しかし作り込みはイマイチだったか」


 ふむ、とどこか納得のいかない様子で星守りは小さな手の平をぐっぱと動かし見つめている。

 確かに雑な造形だった。……一瞬敵かと疑ったのは星守りには内緒である。

 スライム人間の正体にジャコは安堵するが、今はそれどころではない。遥か前方では変わらず水晶の巨人たちがひしめいている。下層へ続く通路を完全に塞いだせいか幸いにも増殖は止まっているようだが、それでも数は多い。


「くそっ、あんな量どうやって……」


 必死に策を練るが出てくるのは恨み言ばかりである。

 ここは一旦退くべきか? そう考えちらりと星守りを窺えば、華奢な白い腕がジャコの視界を遮る。

 もちろん星守りの腕だ。横に立つ星守りが前に突き出した片腕を視線で辿れば、その先に見えるのは水晶の巨人ども。

 瞬間、ぐらりと地面が揺れた。そしてジャコは信じられない様な光景を目の当たりにする。

 巨人の群れの中央付近。地面からにょきりと生えたそれは、きらりと硬質な光をまき散らしながらぐんぐんと体積を増していく。やがて人型を成し気付けば、周囲の巨人を遥かに凌ぐ大きさの水晶の大巨人がそこに聳え立っていた。


「マジかよ、あんなデカブツどうにもなんねぇ」


 いよいよ手の打ちようがない。絶望に支配されたジャコに巨人の群れが迫る……はずだった。

 先の大巨人が、ぐらりと傾いた。

 緩慢な動きのまま隣の巨人へと倒れ込み、その重さに耐えきれずまた体勢を崩す。次々と連鎖を繰り返しあれよあれよと倒れ行く水晶の巨人たち。やがてその巨体は折り重なるように地へと転げ――


 カシャン!


 ひと際大きく、透き通った音をたて粉々に砕け散った。

 後に残ったのは大巨人ただ一体である。が、それもすぐに身を崩し緑色の軟体へと変化した後ぱちゅん、と水音をたて地面へと還る。……先ほど見た星守りの分け身と同様に。


「どうだ? 即興にしては悪くない出来だったろう!」


 横を見れば得意気にほほ笑む星守りの姿。

 喜ぶのはそこかよとか、俺の心痛は何だったんだとか、ジャコとしては言いたいことは色々あったが何にせよ水晶の巨人は倒された。


「……まあ、凄いんじゃね?」


 諦め交じりに呟いたジャコの言葉に、星守りは一層笑顔を輝かせた。



 下層への通路を埋めていた水晶たちも同様に星守りが砕いていく。分け身というのはなんとも万能で、姿形・大きさまでも自由に操れるようだ。

 そのままカガミノカイロウへと降り立つがここでも易々と進むことはできない。


「余程ジャコが下層へ赴くことが不都合らしい」


 星守りの言葉の通り、ジャコを狙う亡者の念がひっきりなしに襲い掛かってくる。それは水晶塊であったり音によるものであったりと形態は様々だ。

 しかしそんな襲撃をいとも簡単に星守りがいなしていく。

 ちぎっては投げ、破壊を繰り返し進む姿は何とも頼もしい味方である。


「他愛ないな」

「強ぇ……」


 呟く表情は余裕そのものだ。

 もう星守り一人ですべて片が付くんじゃないか? そんな考えがジャコに浮かんだ頃。階段を降りた先に、ようやく目的地であるミズタマリを視界に捉えたのだった。

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