第303話

「何から話そうか」

 

 ぼく達は、ソファに隣り合って座った。居間で向き合うより、手を繋いでいたかったのかもしれへん。

 ぼくは、宏ちゃんの横顔を見上げた。

 

「宏ちゃんの話しやすいとこから」

「そうか……じゃあ、家のことからな」

 

 宏ちゃんはぼくの手を握って、話し始めた。

 

「家を襲ったのは、城山くんだった。それは、お前も聞いてるんだよな」

「……うん」

 

 申し訳なくて、目を伏せる。

 

「気にするな。映像を観るまでもなく、俺はなんとなく解ってたからさ」

「えっ……!」

「あれだけの薔薇の香り、気付かないはずない。それに……彼はアルファだ。オメガを奪われて、いつか正気を無くすとわかってた」

 

 宏ちゃんの言葉に、目を見開く。

 

「ど、どういうこと? いつかこういう事するって、思ってたん?」

「うん」

 

 ぼくは、呆気に取られてしまう。

 宏ちゃんは納得してるみたいやけど、動機が全く分からへんのです。だって、ぼくを捨てたのは陽平やし……と考えてハッとする。

 

 ――『晶は椹木が好きだったんだ!』

 

 いつか陽平が言ってた。つまり、

 

「それって、蓑崎さんと上手く行かんくて、八つ当たりにきたってこと……?!」

「はは!」

 

 怪訝に思いつつ問うと、宏ちゃんは思わずと言った風に笑った。

 

「ひどい。どうして笑うのっ」

「悪い、悪い。自業自得とは言え、哀れだなと思って……」

「え?」

「いや、こっちの話だ。そうだな……城山くんは、大切なオメガを失ったんだ。自分の手の届かないものだと、漸く知った。その痛みに耐えかねて、お前に助けを求めに来たってとこだろう」

 

 宏ちゃんは笑いをおさめ、真剣な顔になる。

 ぼくもつられて、唇をきゅっと結ぶ。

 

「ぼくに、助けを……?」

「ああ。けど、お前が関わる必要は無いんだ。その痛みは……彼のアルファとしての、責任そのものだからな」

「……そうなん」

 

 ぼくは、半ば呆然と聞いていた。かたかたと、膝の上に乗せた手が震える。

 

 ――陽平……どうしてなん?

 

 蓑崎さんに「裏切られた」って言ってたよね。あの人が椹木さんのことを好きやったから、って。

 それってつまり……蓑崎さんのこと、友達やと思ってなかったってことやん。本当は、好きで。つき合いたかったってことやんか。

 

 ――嘘つき。晶と俺は友達だって、言ってたくせに。

 

 そのくせ、ぼくに八つ当たりするんや。

 自分の恋愛がうまく行かへんかったから、宏ちゃんのお家を壊したん? そんな風に、ぼくの大切な人を傷つけて、何がしたいの。

 ぼくは、唇を噛み締めた。

 

「ひどすぎるよ……!」

 

 絞るように、呟いた。

 悔しかった。陽平にとって、ぼくは……恋人どころか、友人にも値しなかったんやって、思い知らされて。

 

 ――『お前となら、上手くやってけるんじゃないかって……』

 

 陽平のあほ、ばか。――大嘘つき。

 もう、一緒に居た四年間のどこにも、真実がない気がしちゃうやんか。

 

 ――もう、あいつの為に傷つきたくないのに……!


 でも、悲しくて、やりきれへんよ。

  

「……成」

 

 歯を食いしばっていると、宏ちゃんがそっと抱きしめてくれた。

 そんな風にされたら――堪えていた涙が、とろとろとこぼれ出てしまう。

 

「ごめんね、宏ちゃん……ぼくのせいで……お家がっ」

 

 涙につっかえながら、何とか口にする。

 ぼくと陽平のいざこざのせいで、大切なお家を壊してしまった。

 

「ごめんなさい、宏ちゃん」

「馬鹿だなぁ。――成は悪くない。辛い思いをしたな……」

「宏ちゃん……」

 

 涙を拭われて、濡れた頬に口づけられる。

 ちゅ、ちゅって慰めるようなキスが降ってきて、ずきずきする胸が甘く潤んでいく。がっしりした首に縋りついていると……宏ちゃんが、唇のなかに囁く。

 

「何も心配いらないから。城山くんのことは、俺にまかせておけ」

「……でも」

「アルファとしての俺の問題だ。成は、何も気にしなくていい」

 

 静かだけれど、断固とした響きやった。


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