第228話【SIDE:晶】
聞けば、コンビニの近くのパーキングに停めていたらしい。
会計を済ませた野江と、店を出た。
野江は、すぐに歩き出そうとせず、「ちょっと失礼」とスマホを弄りだした。
――いや、暑いんですけど。そんなん、店でやれよ……
トロい奴だなとムカついたけど、態度には出さない。俺の気も知らずに、野江はのんびり話しかけてくる。
「ところで、どうして俺が車だとわかったんです?」
「え? だって、歩いてきたなら、汗かいてなさすぎですし。近くで仕事してた、って格好じゃないし」
推理を述べると、野江は目を細めた。
「ああ、なるほど。俺の車を見たんじゃないんですね」
「はは、見てもわかんないですよ。野江さんの車、見たことないし」
「確かにそうですね」
野江はずっと、スマホを操作してる。人が話してるのに、と思いつつ、この後があるから、笑顔で応じた。
――にしても、浮気者の相手は浮気者ってか。さすがチャランポランの次男だよ。
成己くんは、知らないのかな。世間しらずだから、知らないのかもね。――わざわざ教えてあげるほど、親切にはなれないけど。
「そろそろ、駐車場に行きますか?」
笑顔で促すと、野江は首をふる。
「いえ。もうすぐ、迎えが来ますので」
「は?」
何言ってんの、と思ったとき――一台の車が近づいてくる。目の前で止まったそれに、目を見開いた。
「……! あの」
「やあ、来てくださったようですよ」
野江が、のんびりと手を振る。
「晶くん!」
運転席が開き、飛び出してきたのは、椹木さんだった。血相を変えて近づいてくると、俺を抱き寄せる。
「晶くん、大丈夫ですか?」
「な……なんで、椹木さんが」
「宏章さんが、連絡をくださったんです。晶くんと偶然会って、具合が悪そうだと」
その言葉に、俺は勢いよく野江を振り返る。ヤツは、飄々と笑っていた。
「ありがとうございます、宏章さん」
「いやあ。貴彦さんが、今日はこの辺りにいらっしゃるって聞いてたので。すぐ来てくださって、良かったです」
さっきスマホを見ていたのは、椹木さんと連絡を取っていたのか!
俺は、さっと青褪めた。まずい……事が大きくなってる。
今にも、病院にでも駆け込みそうな椹木さんの腕を、掴んだ。
「大丈夫です……! ちょっと暑くて、具合が悪かっただけで」
「熱中症かもしれません。念の為、センターへ――」
「いえ、でも……俺、大事な待ち合わせが!」
口にしてから、ハッとする。
――まずい、ママと会うことを知られたくないのに……!
椹木さんは聞き漏らしておらず、微笑んだ。
「安心してください。その方には私からご連絡して、お詫びしましょう」
「あ、でも……」
やばい!
何とか弁解しようとする俺に、暢気な声が被った。
「おや、蓑崎さん、顔色が真っ青だ! 震えているようですし――貴彦さん、急いだほうがいいですよ!」
「……なっ」
「ああ、本当だ……! さあ、晶くん。行きましょう」
野江の言葉に背を押され、椹木さんは俺を抱き上げる。野江がすかさず後部座席のドアを開け、俺は速やかに車に運び込まれてしまった。
「ありがとう、宏章さん」
「いえいえ。なんのこともありませんよ……」
椹木さんが謝意を述べると、野江は朗らかに頷き、俺をちらりと見た。
「良かったですね、蓑崎さん。今後は、最初から、優しい婚約者を頼るといいですよ」
含みのある言葉に、ハッと息を飲んだ瞬間――ドアがバタンと閉まる。
――あいつ……まさか、気づいて……?!
かあ、と怒りに頬が熱くなる。
嵌められた。最低だ、あの野郎!
ドアレバーを掴んで、外に飛び出ようとしたら……運転席に収まった椹木さんが、振り返る。
「晶くん。辛ければ横になっていて下さい」
「……ぁ……」
善良な眼差しに、動きが止まる。。
もう、どうにもならない。
護送車に閉じ込められた気分で、外を見ると……野江が笑って手を振っている。
「お大事にー!」
その言葉と裏腹に、野江の目は爆笑していて。俺は、うう、と歯噛みした。
――悔しい……覚えてろ!
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