第78話

 夜も更けた頃、ぼくは、ベッドに伏せて釣書を眺めていた。枕の上に、白い釣書と色とりどりの写真を、混ざらないように大切に並べていく。

 

「……すごい……ぼくには、勿体ない人ばっかりや……」

 

 有名な会社の経営者さんとか、芸能人さんとか……色んな業種のすごい人のプロフィールに、圧倒されてしまう。

 しかも……みんなアルファ。それも、番を失った人の後添いに、ということでもないみたい。

 

「中谷先生、涼子先生。みんな……」

 

 センターの皆の、あたたかな笑顔が浮かび、涙が出そうになる。

 ――ありがたくて。

 婚約破棄されたオメガは……「心身・素行に問題がある」と見なされて、市場価値が下がってしまう。

 その上、ぼくは身体的な事情があるのに。これほどの良縁を探すのは、大変な苦労があったはず。 

 

「先生たちの気持ち……絶対に、無駄にできひん。頑張らないと……」

 

 ぐ、と握った拳を胸に当てる。

 中谷先生は、ぼくの決断を喜んでくれてね。体調が回復したら、すぐにでもお見合いを始めようって仰ったん。

 残された日数が限られてるからこそ――できるだけ多くの人と、お会いした方が良いって。

 

「ぼくのこと、気に入ってくれるひと……いますように」

 

 もちろん、簡単なことやないのはわかってるんやけどね。

 以前も――お見合いが失敗するたび、そんな人はどこにもおらんのちゃうかって、不安になった。やから、陽平がプロポーズしてくれた時は、本当に嬉しかったな……

 

――『お前みたいな欠陥品を、妻に欲しがるアルファなんかいねえんだよ……!』

 

 陽平の言葉が脳裏を過り、ぎくりとした。

 ぶっきらぼうでも優しい陽平が、言うたとは思えへんような言葉。


「……っ」


 胸が、ずきずき痛む。

 陽平は――ぼくを選んでくれたのは、ボランティアやって言うた。ほんまにショックやったけど。まだ、デマカセなんじゃないかって、思いたい自分もいて……

 

「……っ、考えたらあかん!」

 

 未練を振り切るように、頭を振る。

 立ち直るって、決めたんやから。くよくよして、泣いてたってなにもいいことない。

 

「陽平のことだって……吹っ切ってやるんやからっ」

 

 そうや。あんなやつ……陽平なんて、今度こそ忘れてやるんや。

 ずっと一緒にいたのに……蓑崎さんと、浮気して。開き直った挙句、めっちゃ酷いこと言ってきたんやから。

 

「もう、知らん……!」

 

 自分に、何度も言い聞かせていると――コンコンって。

 突然、ノックの音が響いた。





「……あっ」

「成、入るぞ」

 

 ドアが開き、宏兄が入ってくる。


「まだ、起きてたみたいだったからな……具合はどうだ?」

「あっ……大丈夫やで!」


 心配そうに尋ねられ、ぼくは慌てた。

 ぼく、中谷先生が帰ってかはった後……急に眠り込んでしまったん。それで、宏兄に余計に心配かけてしもたんや。


「いっぱい寝たから、目が覚めただけなん。宏兄も、気にせんと休んでね……?」

「……」


 あわあわと話していると、宏兄の目が、じっと釣書を見ているのに気づく。


――しまった!


 慌てて書類をかき集めるけど、もう遅い。


「成、見合いするのか?」

「ええと……」


 低い声で、しっかりと尋ねられてしまう。ぼくは、しどろもどろに白状する。


「……うん。中谷先生がね、今日……心配して、持ってきてくれたんよ。そやし……ぼくも、これからのこと、真剣に考えようかなって思って」


 できれば……宏兄には、お見合いのことは黙っていたかった。

 ただでさえ、ずっとお世話になってるんやし。――これ以上、心配かけたくなかった。

 しょんぼりと俯いていると、低い声が降ってきた。


「別に、必要ないだろう」

「え?」


 思わぬ言葉に、顔を上げる。宏兄は、ふざけていなかった。真剣な目のまま、言う。


「無理に見合いなんか、しなくていい。――俺の家に、ずっと居ればいいだろ?」

「へ……っ? そ、そういうわけに、行かへんよ」


 ぼくは、狼狽えて叫んだ。


 だって、ぼくはオメガで――もうじき、誕生日が来る。


 入所したら……アルファの宏兄のお家には、おられへんようになるんやから。

 言いながら、悲しくなってきて、俯くと……大きな手に頭を撫でられた。


「……やっぱり、ハッキリ言わないとだめだな」

「なにが?」


 苦笑ぎみに言われ、ますます戸惑う。――宏兄が何を言いたいのか、わからない。

 すると、宏兄は穏やかな声で、爆弾を落とした。


「成。――俺と、結婚しよう」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る