第73話

 あたたかな胸に抱かれると、涙が堰を切ったように溢れ出した。

 

「わああ……!」

 

 ぼくは、子どものように声を上げて、泣いてしまう。宏兄の顔を見て、体の内でぐらぐらしていたものが、一息に倒れてしまったみたいやった。

 

「……成!」

 

 宏兄は、わあわあ泣いているぼくを、しっかりと抱き留めてくれた。


「うええん……」

「成……成己。……大丈夫だ。大丈夫……」

 

 幼子をあやすように、辛抱強く背を撫でられる。そんな風に優しくされると、一層さびしくて、たまらない。

 

 ――だって、陽平は……陽平まで、行ってしまった。

 

 ひっ、ひっと喉が鋭く鳴る。


 陽平。


 ずっと、傍にいたかったのに。

 まだ、大好きやのに。なんで、離れて行っちゃうの。

 去っていく陽平の背に、「あの人たち」が重なって――夕焼けに消えていく。


「どうして……!?」


 泣きながら、何度も問いかける。

 ばかみたいに、「どうして」って……繰り返す。

 だって――どうして、いつもこんなことになるのか、全然わからへんのやもん。

 

――……こわいよ……宏兄……!

 

 不安で、ばらばらになりそう。

 冷静な自分が、「しゃんとしなさい」って言う。

 でも……失ったものが大きすぎて、どうしていいかわからない。

 もういっその事、痛くていいから。濡れたタオルを絞り切るように、さびしさをぼくの胸から出して欲しかった。


 すると、突然――ひょいと体を抱えられた。宏兄のお膝の上に乗せられて、目を見開く。


「……ぁっ」

「成――俺がいる」


 力強く、囁かれる。


「……っ、ひろにい……」

「何も、心配いらない」

 

 子どもの頃、してくれたように――宏兄は、優しく言い聞かせた。灰色がかった瞳が、あたたかな光をたたえ、ぼくを見守っている。


「大丈夫だよ」

「……っ」


 火のような頭が……そっ、と肩に引き寄せられた。

 頬に体温が伝わる。森の中で、揺りかごに抱かれるような気持ちになり――じんわりと、頭の芯が痺れだす。不安が遠のいて、ほろほろと涙があふれ出た。


「……宏兄……っ」


 大きな体は器のように、ばらばらになったぼくを集めて……壊さないでいてくれる。

 ぼくは宏兄にしがみついて、泣き続けた――

 

 





「……っ、ふ……」 

 

 さんざん涙を流し、少しもうろうとしながら……ぼくは大きな肩に凭れていた。

 すん、と鼻を啜る。

 

「……ごめんなさい……」

 

 がらがらの声で言うと、宏兄は、ふっと吐息だけで笑う。

 こつん、と額がくっついた。

 

「ばかだな。泣きたいときは、泣けばいいんだ」

「ひろに……」

 

 頬を親指に拭われ……もう流しつくしたと思った涙が、ぽろりとこぼれ出た。

 

 ――あったかい。

 

 全身をぎゅっと抱きしめられる。

 宏兄のお膝に乗せられて、体の重みさえ引き受けられていると……「甘えていいんだよ」と言われてるみたいで。もう、何もしたくないような、甘い眠気に襲われる。


「……眠っていいんだぞ」


 穏やかな声に、首を振る。


「……でも」

「そばにいるから」


 ぼくの不安を見透かしたように、宏兄は言う。

 布団を被せられ、優しく寝かしつけられてしまうと……耐えがたい睡魔がやってくる。


「……おやすみ、成」


 意識が落ちる寸前――

 額に、やわらかなものが、触れた気がした。


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