第67話

「な……!」

 

 あまりの言い草に、ぼくは目を見開く。

 

「何てこと、言うん……!? ぼくは、陽平が好きやからっ……」

「どうだか。見合いが上手くいかなくて、俺の提案が渡りに船だったってとこじゃねえの」

「っ、ちがうよ……!」

 

 鼻で笑われてしまい、ぼくは必死に頭を振った。

 なんで、陽平はこんなことを言うの? ぼくは混乱しながら、言葉を紡ぐ。

 

「ぼくは、ほんまに陽平が好きなんよ……! 誰でもよくなんかない。陽平と、家族になりたいから、やからぼく――」

「……」

 

 気のない様子で聞いていた陽平は、「家族」という言葉に眉を寄せた。

 

「家族、家族。成己は、いつもそればっかだよな。好きだとか言って……お前は、自分の夢に俺を利用してぇだけだろ?」

「え……」

 

 吐き捨てるように、陽平は言う。

 

「俺が――城山陽平が、必要なんじゃねえ。ただ、条件のいいアルファを見繕っただけだ。そんなのは、愛じゃない」

「……え」

「晶には俺しかいない。……辛いからって、他の男にホイホイ甘えられるやつじゃないからな。お前とは違うんだよ」

「な……何を、言って……」

 

 陽平が、何を言ってるかわからへん。

 好きって気持ち、信じて欲しいだけやのに。どうして、こんなに届かへんの?

 呆然とするぼくの前に、ずいと証書が突きつけられる。

 

「とにかく、そういうことだから。お前の夢は、他のやつに叶えて貰え」

 

 冷然と言い放ち、陽平は席を立つ。鞄を持ち、さっさと背を向けていってしまう。

 

 ――もう、帰るつもりなんや。

 

 ぼくは青ざめて、追いかけた。

 

「待って!」

 

 後ろから、陽平の腰に両腕を回し、必死にしがみつく。

 陽平は、面倒そうに唸った。

 

「成己、離せ」

「いややっ……! ぼく、絶対別れたくない! 他の人なんて、考えられへんよ……!」

「……チッ」

 

 引き離そうとする陽平に、必死に抗う。

 今、ここで手を放したら……もう、全部が終わっちゃう気がするんやもん。

 それだけは嫌――ぼくは、腕にぎゅっと力を込める。

 

「お願いやから、考え直して。陽平と、ずっと一緒にいたいねん……!」

「……」

「おねがい……」

 

 こみあげる涙で、喉が詰まる。

 陽平は、何も言わなかった。ぼくのしゃくりあげる声だけが、部屋に響く。

 

「……はあ」

 

 長い沈黙のあと、陽平が深くため息をついた。

 

「――なら、脱げよ」

 




 

 

「……え?」

 

 一瞬、何を言われたかわからなかった。

 呆然としていると――陽平は振り返り、ぼくを見下ろす。

 

「聞こえなかったか? 脱いで、裸になれって言ったんだ」

「……っ、陽平……でも」

「俺が好きなんだろ。だったら、口だけじゃなくて証明してみせろ」

「……!」

 

 冷たい目で睨まれ――陽平は本気なんやって、悟る。

 

 ――……陽平の前で、裸に……?

 

 頬が、かっと熱る。

 ぼく達は、まだ抱き合ったことがなくて……裸なんて、一度も見られたことないのに。

 まごまごしてると、陽平が踵を返しかける。

 

「その気がねえならいい」

「ま――待って! ……脱ぐから……!」

 

 必死に叫び、服に手をかけた。

 言う事を聞かなかったら、陽平は行ってしまう。

 

「……っ」

 

 でも――シャツの裾をつまむ手が、かたかた震える。

 このまま、裸になるんや。陽平の前で……。

 

「さっさとしろ」

「……あっ」

 

 躊躇していると、きつい声で促されてしまう。

 焦って、インナーごとからげたシャツから、勢いよく頭を抜いた。そのまま腕を抜き……ぱさりと床に落とす。

 

「……っ」

 

 露わになった肌に、焼けつくような視線を感じる。――素肌の上半身が、ひどく心もとない。腕で体を庇い、深く俯くと……冷たい声が降ってきた。

 

「続けろ」

「……っ、うん」

 

 ぼくは……もくもくと服を脱ぎ、床に落としてく。

 

 ――こんなん、お風呂入るんと一緒やんか。なんのこともない……

  

 そう言い聞かせるのに……体から衣服を剥がすごとに、涙が止まらなかった。

 

「っ、うぅ……」

 

 嗚咽を、必死に噛み殺す。

 だって……好きな人の前で服を脱ぐのって、こんなんやないと思ってた。一枚脱ぐごとに、なにか大切なものに爪を立て、めくってるような気がする。

 

 ――それでも、脱がなきゃ終わっちゃうんや。それだけはいや……!


 なんでこんなことさせるのか、わからないけど。信じてくれるなら……耐えなくちゃ。 

 陽平の睨むような視線にさらされたまま――ぼくは、最後の一枚……下着を足から抜き、脱いだ服の上に落とす。

 

「……」

「……っ」

 

 素肌の全部に、陽平の視線が這うのを感じる。

 ぼくはきつく目を閉じて――燃えるような羞恥から、逃げようとした。

 やから、陽平が近づいてきたのに、気が付かなくて。

 

「あ……!?」

 

 両肩を掴まれて、息を飲んだときには――床に押し倒されていた。

 

 

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