第63話

「うわあああ!」

 

 ぼくの絶叫が部屋に響き渡る。――ベッドで抱き合っていた二人が、弾かれたようにこっちを振り返った。

 

「……成己!」

「あっ、やだ……!」

 

 陽平が、驚愕に目を見開く。その下で蓑崎さんが、恥じらうように体を背けた。

 

「わああ……!」

 

 手元にあったものを掴み、ふたりを目掛け投げつける。ぐしゃっ、って潰れるような音のあと、陽平の呻き声が聞こえた。

 

「嘘つき、嘘つきっ……! 許さへんから!」

 

 手当たり次第に、掴んでは投げた。狙いなんかない。当たってるんかもわからへん。――ただ、狂騒的な怒りが、闇雲に手が掴んだものを、二人に向かって投げつけさせる。

 

「晶……やめろ、成己!」

 

 陽平が、蓑崎さんを庇うように抱きしめた。その肩で、ぼくの投げた卵がぐしゃりと潰れる。どろどろと白身が伝い落ち、ぼくは思わず手を止める。

 

「陽平っ、大丈夫か……!?」

 

 蓑崎さんは陽平に抱きつき、ぼくを睨みつけてくる。――「自分のアルファを傷つけるな」とでも言うように。

 カッ、と怒りで目の前が赤くなった。

 

「この――陽平から、離れてっ!」

 

 ぼくは部屋に踏み入り、蓑崎さんに飛びかかる。裸の腕や背中を、丸めた拳で、めちゃくちゃに叩いた。

 

「……っよせ、成己!」

「なんでっ? ……陽平のあほ……!」

 

 なのに、ぼくの拳は、蓑崎さんに届かない。陽平が、彼を守るように抱いているから。

 許せない。蓑崎さんを庇う陽平も、当たり前に庇われる蓑崎さんも……!

 

「……やめろって言ってんだろ!」

 

 振り上げた手首を受け止められ、床に突き倒される。

  

――ダンッ! 

 

 背中を強く打ち付けて、かふっと喉で息が砕けた。陽平が、おなかの上に馬乗りになって、ぼくは床に組み敷かれてしまう。

 

「いい加減にしろよ! ぎゃあぎゃあ、騒ぎやがって……!」

「……っううー……!」

 

 暗がりでもぎらぎらする目で、陽平が怒鳴った。

 アルファの凄まじい怒りに、お腹の芯までが慄然とする。いつもなら、気を失ったかもしれない。でも、ぼくは……唇を噛み締めて、陽平を睨みつけた。

 

「……信じてたのに……!」

「……あ?」

「友達って、言うてたくせに! ぜんぜん、ちがうやんか……嘘つき……!」

 

 ひっ、と嗚咽が漏れる。

 

 ――陽平の嘘つき。友達と、あんなことせえへん。いくら世間知らずでも、わかるんやから……

 

 涙に霞む視界で、陽平が眉根を寄せたのが見えた。陽平の馬鹿。離れたくて、必死にもがく。

 

「――友達だよ。俺と陽平は」

 

 ふいに、蓑崎さんが言った。

 はっとして、彼を凝視すれば、俯いていて表情は窺えなかった。

 

「俺の体の問題で……陽平は、仕方なく相手してくれただけ。だから、俺たちの間には何にもない」

「な……」

「心配しなくても、陽平は成己くんのものだよ」

 

 蓑崎さんは、顔を上げ――寂し気にほほ笑んだ。陽平は、そんな彼を切なそうに見つめてる。

 ぼくは、意味が解らんかった。

 

「何言うてるんですか……? それで、許せると思ってるんですか?」

「……え?」

「成己。晶の体の事情は聞いただろ。お前、晶が襲われても良いって言うのかよ?」

「……」

 

 陽平が、苛々と言う。

 だから、なんで僕が責められてるんやろう。二人が当たり前にぼくに強いることは、気遣いの範疇を越えていると思った。

 

「……なら、婚約者さんは……婚約者さんに、申し訳ないと思わないんですか!」 

「……っ」

 

 蓑崎さんが、顔色を変える。

 そうや。蓑崎さんには、婚約者がいるのに。どうして陽平にばっかり……

 

「婚約者さんは、知ってるんですか? 二人が、こんなこと――」

「……あはは」

 

 声を荒げたとき、蓑崎さんが笑う。乾いた、冷たい声やった。

 

「すごいなあ……その脅し」

「……え?」

 

 真っ暗い目に、戸惑っていると――蓑崎さんは投げやりに言う。

 

「俺に、婚約者に捨てられて欲しいんだ……」

「なっ……」

 

 すごい言いがかりに、ぎょっとする。

 

「そうだね、君が正しいよ……婚約者も頭固いから、絶対解ってくれない。好きで、こんな体じゃないけどさ……たぶん、君の望み通り、センター送りだよ」

 

 蓑崎さんは、悲し気に微笑む。

 ぼくは、投げやりな口ぶりに戸惑う。――ただ、婚約者に言えない事なら、悪い自覚あるんちゃうかって。それなら、二度としないでって言いたかっただけやのに。

 

「望み通りって……ぼくは、ただ……」

 

 ぼくは弁解できひんかった。――気色ばんだ陽平に掴みかかられたから。

 

「成己! お前、晶をセンター送りにしようなんて……同じオメガとして、恥ずかしくないのか!」

「ちが……いっ!」

 

 突き飛ばされて、床に体を打つ。けほけほ噎せ込んでいると、陽平は凄んだ。

 

「いいか、晶を害そうなんて考えるなよ。こいつのことは、俺が守る」

「……!」

 

 陽平の目は、真っすぐにぼくの胸を射抜いた。――本気で、ぼくに敵意を向けてる。

 呆然としてるうちに……蓑崎さんの肩を抱き、陽平は部屋を出て行く。

 

「……陽平!」

 

 陽平の背に、ぼくは叫ぶ。

 

「おい……いいのかよ?」

「大丈夫だ。……何も心配すんな、晶」

「陽平……」

 

 寄り添い合う二人は、ぼくを振り返らない。

 まるで、ぼくが打ち捨てられた悪者みたい。裏切られたはずやのに――

 

「ううっ……!」

 

 頭がくらくらした。

 噎せる様な性の臭いに、ウッとえづく。ぼくは、口で手を覆ったけど、間に合わず……吐いてしまう。


「げほっ……」


 遠くで、シャワーの音がする。ぼくを放って、何してるんやって思ったら、ぶわと涙が盛り上がった。

 

 ――ひどい。こんなの……

 

 体を丸めて、ぼくは泣いた。もう、全部がこらえられなかった。

 

「ひっ……うぇ……」

 

 なんで、こんなことするの。

 友達やって、言うてたのに。何にもないって、言うてたのに……

 

「……陽平のうそつき……!」

 

 ぼくは、ひとりぼっちで泣き続けた。

 

 

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