第61話

「ほ、ほんまにっ!?」


 ぼくは、宏兄の腕に飛びついた。宏兄はスマホを渡してくれながら、困ったように笑う。


「ああ。俺がここに来たときから、鳴りっぱなしでなぁ。あんまり掛かってくるんで、緊急かと思って出ちまった」

「ええっ!」

「すまん」


 宏兄は、片目を瞑る。

 ぼくは、呆気にとられたけども――たしかに、折角掛かってきた陽平の電話。すれ違いになるより、宏兄が出てくれて良かった。


「ううん、大丈夫っ。あの……陽平、何の用やったん?」


 スマホを胸に押し抱き、恐る恐る聞く。


「城山くん、「成己はどこだ!」って慌ててたぞ」

「え……!」


 ぼくは、目を見開く。宏兄は大きな手で、顎をさすりながら言った。


「城山くんが、何故か家に居なかったのは一旦置いとくが……帰ってきたら、お前が居なくて驚いたって感じだったな」

「そ、そうなん……?」

「ああ。で、お前の居場所と状況を伝えた。良かったか?」

「うん……! ありがとう、宏兄っ」


 ぼくは、何度も頷く。

 

――そっか。陽平、お家帰ってきたんや……!


 もしかして、ぼくと話し合いたいって思ってくれたのかも。

 淡い期待に、ぽっと胸が熱くなる。

 ぼくは宏兄にことわって、スマホのロックを外し、着信履歴を開いた。すると――


「わあ……! すごい数」


 履歴にずらりと並ぶ陽平の名前に、ちょっとびっくりする。これは、宏兄も「何事だ」って思うはずや。

 まじまじと眺め、思う。


――ぼくの状況は、先生達が城山家に連絡してくれたらしいのに。この反応……陽平は、知らなかった?


 何か行き違いがあって、陽平には伝わってなかったなら……ぼく、無視されてたんじゃなかったのかな。


「陽平……」


 帰ったら、ぼくがおらんくて。びっくりして、こんなに電話してくれたのかな。


――やとしたら……嬉しい。


 にこにこしていると、大きな手に頭を撫でられた。


「良かったな……で、良いか?」

「えへ……」


 穏やかに笑う宏兄に、ぼくははにかむ。

 さっそく、「電話をかけ直していい?」って、宏兄に断ろうとして――ふと思いつく。


「あのね、宏兄」

「おう」

「ぼく、今日退院したい」

「――ん!?」






 急に退院したいって伝えたら、みんなすごく驚いていた。

 「もう少しいたら?」って、口々に引き止めてくれたんやけど。


「大丈夫です! 体調は、おかげさまですっかりやから。ここで、陽平ときっちり話し合いしてきます」


 陽平からの連絡があったこと。それで……顔を見て、話をしたいって気持ちを伝えたん。


「まあ……成己くんは言いだしたら聞かないものねぇ」


 最後は、みんな「仕方ないな」って、送り出してくれたんよ。いつもすみません。


「成己くん。具合が悪くなったら、何時でも電話してくるんだよ」

「はい。中谷先生、ありがとうございます」

「成ちゃん、しっかりね」

「はい、涼子先生。――皆さん、お世話になりました。ありがとうございますっ」


 ぺこり、と頭を下げると、優しい笑い声がさざめく。


「成」


 宏兄が、ぼくを手招きした。

 そばには、いつものワゴン。特例として、今回は入口に横付けさせてくれたんやって(安全の問題上、センター関係の車以外、入ったらあかん決まりなん)。


「よし、安全運転な」

「はいっ。よろしくお願いします」


 宏兄に促され、助手席に乗り込む。

 車がゆっくりと発進し、見送ってくれるセンターのみんなに手を振った。


――あんなに、悩んでたのに。ぼくって簡単やなあ……


 陽平に、早く会いたかった。スマホをぎゅっと握りしめる。

 恋人からの……陽平からのレスポンスがあったことが、こんなに嬉しい。

 陽平が、ぼくをどう思ってるのか。怖くないって言ったら、嘘になるけど……


――大丈夫。みんながいるもん。


 つぎ、ここに来るときは……きっといい報告が出来るようにしよう。

 ぼくは、ふんすと気合をいれた。


 

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