第43話

 ロビーへ戻ったら、宏兄がひとを探す素振りで、歩いていた。

 

「宏兄っ」

「成!」

 

 ぱたぱたと駆け寄ってくと、宏兄がホッと表情を緩める。

 

「ごめんな、待たせちまって。なかなか電話が切れなくて……」

「なに言うてるんっ。大事なお電話やん。むしろ、付き合ってもろて、ぼくの方が申し訳ないんやから」

 

 ぐっと拳を握って言う。宏兄は苦笑した。

 

「それはいいんだよ。俺が好きでやってんだ」

「……宏兄」

 

 真摯な声に、胸がじんわりと熱くなった。――お店に、執筆に……宏兄がどれだけ忙しいか、全部やなくても知ってるつもりやから。

 

「ありがとう、宏兄」

 

 心強さに自然とほほ笑んだ。宏兄も大きく笑って、ぼくを励ますように背をぽんと叩いてくれた。

 

「よし、帰るか」

「うんっ」

 

 笑顔で頷いたとき、センターの入り口が開いた。

 何気なくそっちを見て……セキュリティゲートを通る二人組に、目が釘付けになる。

 

「……!」

 

 ――陽平と、蓑崎さん……!?

 

 どうして、ここに……! 楽しげに話しながらロビーに入ってくる二人を見て、呆然としてしまう。宏兄が「どうした」と尋ねるのに、うまく答えられない。

 

「……成己?」

 

 すると――陽平も、こっちに気づいたみたいや。くしゃくしゃの前髪の下で、目が僅かに見開かれたのがわかった。急に立ち止まった陽平の背に、蓑崎さんがぶつかる。

 

「ちょっと、陽平! 急に止まるなよ……って、あれ?」

 

 文句の途中で、ぼくに気づいたらしい。蓑崎さんは目を丸くして――「ええっ」と驚きの声を上げる。

 

「成己くんがいる! しかも……何なに、どういうこと?」

 

 陽平の肩に凭れるようにして、蓑崎さんが笑う。面白がるような目が、ぼくと宏兄の間を行き来していた。その態度に、なんだかすごく嫌な感じがして、ぼくはムッとする。

 

 ――どういうことって……こっちの台詞なんやけどっ……

 

 なんで、蓑崎さんと陽平が、一緒にセンターに来てるんよ。今はまだ、大学に居るはずの時間やのに。

 ぼくの文句が飛び出すより早く、宏兄が「やあ」と呼びかけた。

 

「城山くんじゃないか。久しぶりだなあ」

「……どうも」

 

 大らかなあいさつに、陽平が固い声で会釈をかえす。

 宏兄は、微妙な空気に気づかないのか、二人に歩み寄っていく。ぼくは、慌ててその背を追った。

 

「陽平。知り合い?」

「……」

 

 興味津々の蓑崎さんの質問に、陽平はなんでか黙ったまんま。ムッとした蓑崎さんが肩を叩いても、されるがままになってる。

 すると宏兄が、蓑崎さんに会釈した。

 

「どうも。――城山くん、こちらの彼は?」

 

 と、にこやかに陽平に尋ねる。

 

「……」

 

 なのに……陽平は、じっと宏兄を見るばかりで答えようとせえへん。ぼくは慌てて、蓑崎さんを紹介した。

 

「宏兄、こちらは陽平の友人の蓑崎さん。蓑崎さん、こちらはぼくの幼馴染の野江さんです」

 

「初めまして」と挨拶をかわしだす二人に、ほっと胸をなでおろす。

 まったく、陽平は何をぼうっとしてるんやろう。怪訝に思い、振り返って――ぎくりとした。

 

「……っ!」

 

 陽平が、ぼくのことを忌々しそうに睨んでいる。あまりに鋭い視線は、思わず身が竦むほど……

 わけがわからず、たじろぐぼくの対面では、蓑崎さんが宏兄に質問していた。

 

「へえ、バイト先の店長さんなんですか。でも、どうしてここに?」

「ああ、成己くんの付き添いですよ。城山くんの都合がつかなかったみたいなので、かわりに」

 

 さらりと答えた宏兄に、蓑崎さんは「へえ」と頷き、ぼくを振りむいた。

 

「店長さんに、わざわざ頼んだんだ。そんな大変な用事だったの?」

「ええ、まあ……」

 

 昨夜のことで、謝りに行ってたんです! 

 とも言えず――なんとか笑顔をつくって頷く。すると、蓑崎さんは一瞬、冷めた目つきをして……にっ、と口端をつり上げる。

 

「成己くん、なんか怒ってない? ああ、もしかして……お邪魔しちゃった、とか?」

「……!?」

 

 からかいの中に勘繰りを感じて、頬がかっと熱くなる。

 昨日、宏兄のことはきちんと説明したのに。何でこんな事言うんやろう?

 忙しいのに来てくれた宏兄に申し訳なくて、反論しようとした瞬間――強い力で、手首を掴まれた。

 

「……えっ?」

 

 ぼくは、目を見開く。宏兄も……蓑崎さんも、驚いていた。掴まれた手首の先を辿ると――眉を険しく歪めた、陽平の顔があった。

 

「陽平……っ?」

「――来い、成己!」

 

 鋭く怒鳴った陽平は、ぼくの腕を引き歩き出してしまう。

 

「陽平、待って」

「うるせぇ」

 

 驚くぼくに構わず、陽平は強引に引っぱってくる。

 

「成……! 城山くん、急にどうした? 乱暴な真似は止すんだ」

「宏兄……いたっ!」

 

 宏兄を振り返ろうとすると、掴まれた腕にぎりっと力がこもり、痛みに呻いた。

 ぼくは、心配する宏兄の声を背に受けながら……外へ連れ出されてしまった。

 

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