第35話

「――ありがとうございましたっ」

 

 届けられた注文の品を、ぼくは笑顔で受け取った。心ばかりのお礼を渡すと、店員さんはにこやかに会釈し、戻っていかはる。

 

「……よいしょっ」

 

 ずっしりと重いダンボールを玄関に運び込んで、ふうと息を吐いた。そのとき、

 

 ――あはは……

 

 リビングから賑やかな笑い声がどっと響いてきた。すでに、宴会が始まって、三時間は経つ。でも、疲れ知らずにテンションが上がっていくみたいや。

 歓声の中に、陽平の声を聞き分けて――ぼくはくしゃりと顔を歪めた。

 

「……はぁ」

 

 ぼく一人の廊下に、ぺたんと座り込む。

 ほんまはすぐに戻って、おもてなしせなあかんけど……ここは静かなせいかな。気力がへなへなって、抜けるみたいやねん。

 あの後ね――

 気遣わしそうな、岩瀬さんと渡辺さんを、なんとか取りなして。

 リビングに戻ったら、陽平も近藤さん達も、別の話で盛り上がってた。さっきの話題なんか、無かったみたいに。

 

「……お酒、注文しますね。おつまみも欲しいのあったら、言うてくださいっ」

 

 やから、ぼくも聞かんかったフリして、ニコニコした。

 でも、なんか……気持ちと体がバラバラみたいなん。

 

――『晶も婚約者がいるんで、やめてやってください』……

 

 さっきの、近藤さんへの陽平の答えを思い出し、気持ちがずーんと沈む。

 

「……陽平のアホっ」

 

 ぽて、と床を叩いた。

 ぼくよりも、蓑崎さんのがお似合いやって。皆にそんな風に思われてて、ショックやったのに。

 

 なんで、陽平は……「成己がいい」って言ってくれへんかったん?

 

 じわ、と熱くなる瞼を、手のひらで抑えた。

 

「いくら、気を使うからって言うたってさぁ……それくらい、さらっと言うてくれてもっ……」

 

 陽平は、近藤さんに気を使ってるから。

 やから、ぼくを庇えんくても、仕方ない――そう、何度も言い聞かすけど。

 今回のことは、流石にこたえたみたいや。


「……ぅ」


 喉の奥に熱い塊がこみ上げる。

 泣いたら、二度と部屋に戻れなくなりそうで……両手で目をおさえて、じっと床に蹲った。




 

  

 


 しばらくして……きしり、と床が軋む音。

 だれかの足音やと気づき、ぼくはハッとする。頬を叩き、気持ちをしゃんとさせると――ダンボールを持ち上げた。

 リビングに歩み出しかけたとき、足音の主が姿を現す。

 

「あれー? 成己くんが、奥さんサボってるー」

「蓑崎さん……」

 

 上機嫌の蓑崎さんが、雲の上を歩むような足取りで近づいてきた。

 正直、いまはあんまり会いたくなかったや……。そんな苦い気持ちで相対したせいか、蓑崎さんはますます綺麗やった。

 すらりとした長身と、男性的なのに繊細で優美なプロポーション。酔いのためか白い肌が赤く上気していて、匂いたつみたい……

 

 ――『成己さんは、子どもっぽいからな』。

 

 つい、さっきの言葉が頭をよぎり、落ち込んでしまう。こんな風に考えても、自分を傷つけるだけやのに。頭を振って、笑顔を作る。

 

「あはは。廊下が涼しくて、つい休んでました」

「わかるー、俺も逃げてきたの。お酒飲んでると、熱くてね? しかも、子ども体温の陽平が引っ付いてくるから、ウザいのなんの」

「へえ……」

 

 虫でも払うような仕草をする蓑崎さんに、ぼくは遠い目で頷いた。あかん、気持ちがくさくさしてるから「後半、必要?」って思っちゃった。

 

 ――いや、まあ……蓑崎さんやし。悪気はないんよね、たぶん。

 

 ぼくは深呼吸をして、なんとか気を取り直す。

 

「……そうですかっ。じゃあ、冷たいお茶いれますね」

「えー、お茶なんていらなーい」

 

 リビングに歩きかけると、蓑崎さんが声を尖らせた。ぱっと長い両腕を伸ばし、ぼくの腕から荷物をさらってしまう。

 

「えっ」

「ほら。お酒、新しいの来たんじゃん。じゃ、今ある分も、全部あけちゃわなきゃ」

「ええっ!? ぜ、ぜんぶ?!」

 

 悪戯っぽい笑みを浮かべて、蓑崎さんがリビングに駆け込んでいった。

 

「みんな、新しいお酒だよー! まだまだ潰れねぇよなー!?」

「おっ、待ってました!」

「当たり前だろ!」

 

 蓑崎さんの言葉に、歓声がどっとあがった。ぼくは、唖然として立ち尽くす。

 

 ――えーっ! あれ、今日だけの分で買ったんとちゃうよ!? 念のために多く頼んだだけで、飲み切る勘定やないからね……?!

 

 ただでさえ、みんな今日は進みが早いのに。

 ぼくは、死屍累々になる予感に身震いしつつ、リビングに突っ込んだ。


 

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