第8話 勉強会
週が変わって月曜日。
放課後に図書準備室へ行くと、そこには藤井の姿があった。今日から一学期期末考査のテスト週間ということで、俺と藤井は図書準備室で一緒に勉強する約束をしていた。
藤井はすでに机の上に問題集とノートを広げ、シャープペンを走らせている。藤井は俺が来たことがわかると顔を上げ、やや下がっていた眼鏡を定位置に戻した。
「掃除当番で少し遅れた」
「お疲れ。私はとりあえず数学の課題をやるよ」
「俺もそうする。これっぽっちも終わってないし」
それから俺は藤井の少し横にあった机にバッグを置き、適当に椅子を持ってきて腰掛けた。少し手を伸ばせば届くくらいの距離に藤井がいる。
「さてと、やりますか」
俺の声が合図となったのか、藤井も再びノートへ顔を落とした。俺たちは勉強を開始する。
こうして誰かと隣り合って勉強するのは初めてのことだった。俺は今まで勉強というのは一人でやるのが正義であって、例えば”受験は集団戦”とかいうのはまったく理解できていなかった。しかしようやく”受験は集団戦”の意味がわかったような気がする。すぐ近くに勉強している人がいると、触発されて気が緩みにくくなる。一人ならいくらサボっても特に誰からも文句は言われないわけだが、今は横に藤井がいる。俺は藤井にサボっていると思われたくはなかった。なのでひたすら、時間を忘れる勢いで勉強に励んだ。
しばらくの間、部屋にシャープペンをノートに走らせる音だけが聞こえていた。やがてその静寂を止めたのは藤井だった。
「んあぁ……。ふぅ……」
藤井がシャープペンを置いて座ったまま大きく背伸びをした。俺もそのタイミングで手を止め、一息つく。
「ちょっと休憩」
藤井が言った。
「なんだかんだ1時間くらいぶっ続けでやってたしな」
「うわっ、ほんとじゃん。かなり集中してた」
「俺はそろそろ限界だった」
「私もだよ。川瀬が一言も喋らずに黙々とやってたから、私も途中から意地になっちゃった。……あっ、そうそう」
急に藤井が何かを思い出したようにさっきまで取り組んでいた数学の問題集を開いた。
「どうした?」
「一つ教えて欲しい問題があるの。教えて」
「別に構わないけど」
正直あまり何かを考える気分ではなかったが、だからと言って断るのも気が引けたので、俺はしぶしぶ藤井の側に椅子を移動させた。
「どの問題がわからないんだ?」
「この問題なんだけど——」
藤井が悩んでいた問題はたしかにかなり厄介な問題だった。俺は持ち合わせている知識を使ってなんとか頭をこねくり回す。
「……わかりそう?」
「……なんとなく掴めたかも。まずこの導入は———」
俺はできる限り丁寧に解説をした。解説に熱中するあまり、どんどん体が問題集の方に寄っていってしまう。気づかぬ間に俺たちは肩が触れ合いそうな距離にまで近づいていた。
「……と、いうことになるわけだな」
「なるほど……! めっちゃわかりやすかった」
「そりゃどうも。俺も改めて復習できて勉強になった」
「なら聞いてみてよかった。……でもちょっと近いかも」
「ち、近い? あっ……」
俺はそこでようやく藤井と肩が触れ合いそうになっていたことに気がつき咄嗟に身を引いた。
「す、すまん……」
「……別に近いのが嫌だったわけじゃないよ。……ただちょっと、びっくりしたってだけ」
「いや、俺の不注意だった。申し訳ない」
「そ、そんな謝らなくていいよ。お互い様だし……」
しばらく気まずい沈黙が流れた後、藤井は俯き気味だった顔を上げて俺を見る。
「……また教えて欲しいな。今日みたいに」
藤井はそんなお願いを俺にしてきた。俺は迷うことなく返答する。
「もちろん、俺でよければいつでも」
気付いたらクラスメイトの文学少女と図書準備室に秘密基地を築いていた 蘭 @lan711
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