ソリチュード
楸
ソリチュード
◆
星空を仰いで感動することができればよかった。
意気揚々と空を仰いでみて、そうすることで自分を忘れることにつながれば、きっとそれを選択していたように思う。
それを選択することができないのは、あまりにすべてのことを俯瞰で見つめているからであり、おそらくそこには傲慢さも加味され、愚かでしかないということがあげられると思う。平たく言えば、きっと僕は人というものを生きることができていないのだろう。
それを自覚する頃にはすべてが手遅れでしかない。今さら生き方を変えるなど、僕でなくとも誰かにできる話などではないから。
風が強かった。ライターの火を上手く煙草に近づけることができないでいる。逆らい続けている風から火を守るようにして背中を向けて、三度目ほどで煙を浮かべることができた。それに達成感とかを抱くことはなくて、ただ、まあ吸えるよな、とか、そんなことしか感じなかった。
どこまでも愚行を重ねている。その醜態を俯瞰で見て嫌気がさしてしまう。誰かに視線を向けられれば、それは心を透かして射貫かれるかもしれない。むき出しに曝け出してしまっている隠せない内側を刺される感覚。
だから、人と関わることはあまりしない。他人に対しては他人であり続け、自分というものを正しく遂行する。
それについて、やり場のない悲しみを抱くことがある。どこまでも他人に対して踏み込むことを嫌い、その上で孤独であることを認識すれば、自分自身がどういう行いをしてきたかが罪のように廃寄ってくる。
自分が流すことのできる血に対しても、人間らしくない冷たい感覚を覚えずにはいられない。
明日、もし世界の天気がすべて晴天であったのならば、どこか遠くに行ってしまいたい。消えたいとは思わないけれど、どこまでも遠くに行って、果てのない空に身をゆだねたい気持ちが僕にはある。
誰もいない場所がいい。適度に孤独を感じることのできる場所を選びたい。
◇
そんなどうでもいい思考に身を費やしている。深夜の時間に起きてしまって、夢なのか現実なのか、虚をさまよう時間が来た。深夜の覚醒ほど空しいものはない。
寝苦しい感覚が続いていたのだろう。頭痛は止まらないし、どこか呼吸をすることもおぼつかない感覚。認識するまで自分が呼吸をしていないことに気づかないでいて、そうしてようやく息を吸い込んだ。
夢の中にある妄想を記憶に残すことはできそうになかった。日記をつければ少しはマシになるかもしれないけれど、マシになることを僕は選択したくない。
何もしたくない、ということもある。何を選んでも、何を選んだとしても、途端に否定する裏の意識がそれをバラバラにする。
とりあえず、今の感覚が現実であることを認識して、体を起こしてみる。
背中がねじれている感覚がした。だから、起こした拍子にそれを矯正するように曲げてみるけれど、その成果はただの痛みだけだった。痛さを感じた拍子に足に力が入って、やはりここは現実でしかないことを認識する。
傍らに置いてある携帯を手に取ってみる。気づけばいつもなら挿しているはずの充電器を挿しておらず、画面はぎりぎりの電池残量を知らしめてくる。少し嫌になる気持ちを留めながらも、とりあえずと言わんばかりに時間を認識する。だいたい、二時過ぎた頃合いだった。
こんな時間にやるべきことはないはずだ。だから、もう一度意識を闇に浸すことができればいい。ただ、それにしたって寝苦しい感覚は覚えているので、それをすぐに行おうとする気持ちは僕にはなかった。
仕方ないので、煙草を吸うことにする。結局、起きてしまえば、しばらく寝ることはできないのだ。
だから、どうでもいい。意識が続くのならば、その果てを見るまで起きていよう。
◇
一緒に住んでいる家族は全員が寝息をあげていた。
幸せな顔をしているのだろう、きっと。夢の中で幸せな生活を営むことができるかもしれない。
この時間に起きているのは自分だけ。
暗がり、ドアノブが鳴る音、蝶番が軋む、足音を鳴らさないよう意識。
外で吸えば、誰かを起こすこともない。
幸せに過ごしていてほしい。それだけをいつも願っている。
◇
外は当たり前のように真っ暗だった。宇宙の真ん中にいるくらいには真っ暗。そもそも、山の中で暮らしているようなもので、街燈なるものも存在しない。
風が木々を揺らしている。ざわざわ、という表現を選ぶべき木の葉の音。そんな空気を汚すように、俺は煙草に火をつけた。
夢の中でも同じようなことをしていた気がする。内容はおぼつかないけれど、それでもなんとなく既視感のようなものはある。
……わからない。何度も同じ生活を、同じ時間の過ごし方をしたことがあるから、既視感もなにもないかもしれない。単純に慣れている行為を繰り返しているだけだろう。
実際、夢かどうかなんて考えても意味はないのだ。夢の中であっても、現実の中であっても同じような過ごし方しか選ぶことはできていない。
夢の中でも物事を俯瞰で捉えすぎている。たとえ現実感のない光景を目の前に宿したとしても、そこで現実の自分ならば何を選ぶのか、とか、そんなことしか考えられない。
そんなことしか考えられないのだから、夢であっても例外的な行動をとることも出来ず、おそらくその夢の内容でさえ書き換えることはできないのだ。
どこまでも、寂しさを覚える。自分に対して、他人に対して。
夢の中で誰かと会っても、もしくは現実で誰かとあったところで、その中で孤独を感じずにはいられない。
孤独を認識するのは、独りが独りだという自覚にたどり着くことより、他人の中にいて独りであることを認識すること。
誰かに関わってもらっていたとしても、もしくは自分からかかわったとしても、俯瞰から見つめる心は、その孤独を拭えるわけがない。
どこまでも独りよがりでしかないのだ。
だからこそ、遠くに行きたい。
海がいいかもしれない。海の中に身を投げて、生物の中に囲まれればいいだろう。もしくは本当の山の中でも、砂漠でもいい、樹海の中であってもいい。その場所に誰かがいなければ、それだけで容易く終わる話だろう。
僕は、結局何がしたいのだろう。
孤独を紛らわせたいのか、孤独を認識したいのか。
その答えに、結末を求めたいのか。
どこまでもわからない。
主観的意識も、否定的意識も、感情的意識も、何も答えてはくれなかった。
ソリチュード 楸 @Hisagi1037
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