第13話


「なあ、富士川ださくね?」

「ほんとそれ。急にキメて来てさ」

「絶対皇さんが探しているのがあいつって言うのも嘘だって」


 部屋から声が漏れている。

話しているのは、川上、三科、大石の三人だ。

よく聞くと、どうやら同じ部屋の男子数人が同じ部屋の女子やほかの男子に富士川のことについて悪評を言っていた。


「ていうかよく、今日もよくこれたな」

「来てほしくなかったわ。どうする?今からあいつのことどれだけスルー出来るか勝負しね?」

「いいな!みんなもいいよな?」

「う、うん」

「さ、さんせー」

誰も否定することはない。ただ、静かにそのまま同じ空気が流れる。





「はは、そうだよな。そもそも本当に嘘だし…なんも言えないよな」

 隣にいる友人は乾いた笑みを浮かべる。

「こういうのはよくないと思います」

隣で黙って聞いていた皇さんはあまりの様子に我慢の限界のようだ。今にも乗り込みそうだ。

「私が注意してきます」

そう言い、部屋に入ろうとするが、制止する。

「あー、ここは俺が何とかするから皇さんはやっぱり戻ってくれる?」

俺はいつも通りの口調を意識しながら彼女に言う。

(ここで彼女が口出しでもしたらお嬢様といっても転校生ということもあり学校にいづらくなるだろう)

「ですが」

彼女は納得がいかないようだ。

「皇さんが言ってもあんまり相手にされないと思う。俺に任せてよ。なあ、富士川」

「あ、ああ…」

いつもの元気な姿はどこにもない。

仕方がないだろう。あのようなことを言われて何も感じない人なんてまれだ。

「じゃ、そういうことだから。皇さんに聞いてもらうのはまた今度っていうことで」

「はい…」

渋々ながらも俺の言うことに従いカラオケルームへと戻っていく。






俺は彼女が部屋に戻っていくのを見届け、中の様子に耳を傾ける。


「じゃあ罰ゲームは嘘告白にしよう」

「うわー、まじで嫌だわ」

話は終わるどころかどんどんヒートアップする。



あの時と同じだ。

皇さんが絡まれていた時、誰もが傍観していた時と、、、。


ああ、本当に腐ってる…

俺は衝動的にドアをつかむ。

「私は賛成できないかな」

「は?」

その現実に失望していると一人の声が聞こえてくる。

玉木百合だ。


「どういうことだ」

男子生徒は語気を強めて言う。

その口調はどこかいら立っているようだった。



「だから私はそんなのやらないわ」

彼女はどこ吹く風かひょうひょうと伝える。

俺はその会話を聞き心が軽くなる。

(さすが俺の幼なじみだな)


「てめえ…」

変わらない態度に苛立ち、川上は立ち上がる。

(そろそろまずいな)

扉を勢いよく開ける。

「おまたせー」



「…ああ」

俺が入ると何事もなかったように座る。

軽い口調の俺を見て白けたようだ。

俺の後ろから気まずそうに富士川も入る。





 あれからもカラオケは続いた。

だが、富士川は誰とも話さなくなってしまった。自分から話しかけにはいかないため、スルーされていないと言えばそうとも言えるが。


 その光景にあきれる。いつもはよく話す奴らさえ、あの男子生徒共の発言によって話しかけてこなくなった。




 さすが空気様様だな。

その光景に虫唾が走る。

「なあ、ちょっといいか」

話しかけてきたのは先ほどの男子生徒の川上だ。

「実はさっき話してたんだが富士川をスルーするっていうことになったんだ。ちなみにお前以外はすでに参加している」

(嘘つくなよ)

彼の発言に怒りがこみあげてくる。


(落ち着け。俺なら冷静に対応できるはずだ)

俺は時計をちらりと見やり、深呼吸する。

(よし)





「いやに決まってんじゃん。馬鹿なの?」

満面の笑みでこれでもかと元気よく言う。

(うん、やっぱり冷静に対応なんて無理だわ)

俺はあきらめ、あの時皇さんを助けたように、ただ一人、彼に向かって言うのだった。

「あ?」

「もしかして耳が悪いんですか。俺はやらないって言ったんですよ」

笑みを絶やさず彼に言う。

どうやら言い方に腹が立ったのかみるみる顔が赤くなる。



「おい、馬鹿にするのもいい加減にしろよ」


バシャ

 男子生徒はグラスに入っていたジュースをかける。

(短気にもほどがあるだろ)

さすがに想定外のことに唖然とする。



 部屋にいた誰もがこちらを振り返る。

まるで俺が今度の標的になったと思った周囲からは憐みの視線を浴びる。


「すみません。馬鹿にする以外の対応が思いつかなくて」

心底申し訳なさそうに謝る。

その発言を聞いた周りの生徒たちも驚いていた。

そうだろう、謝っているようで謝っていないのだから。

びちゃびちゃになりながらも口は止まらない。

「こいつ…」

さすがにどのような状況か周りもわかっていき、川上と一緒にいじめに自ら賛同していた三科、大石も近づいてくる。






 俺はあおり性能は高い。というよりも口がよく回る。だからこそこんなことも言える。

(まあ、あの時は男がムキムキでガラが悪そうだったからすこ~し怖かったが、こんな奴ら相手には余裕で言える)



「空気読めよ!ここは富士川のことを無視する場面だろうが!」

机を思い切りたたき怒鳴る。


何を言っているんだコイツは?



「は?俺が富士川のことを無視?ははっ…そんなことするわけないだろうが!」

突然の俺の変わりように部屋のほとんどの生徒が驚く。


「いいか。別にお前らのグループがそれをやろうが勝手にやれ。まったく関わりはないんだしどうでもいい。だがな、ほかのやつらは巻き込むな。富士川とよく話す奴らとかは特に。お前らのそのクソみたいな空気をこいつらは読むことしかできないからな」

俺は彼らを見る。

びくりと体が揺れる。

(まあ、自分はそうなりたくないと思うのが普通だもんな)



「なら、お前はどうして逆らうんだよ」

逆に怒鳴られたことに驚きながらもなおも脅す。




「知ってますか?空気って読むものではないんですよ。吸うものです。幼稚園児でも知ってる常識じゃないですか」

やれやれとあきれたように溜息をつく。


「そもそも友人よりもどうでもいいような人のために行動を変えるって馬鹿らしくないですか」

なおも煽る。

「いい加減にしろよ」

今にも殴り掛かりそうにこぶしを構える。

三科も大石も同様にじりじりと距離を詰める。

しかしそれでも、

「あれ?口では勝てないと思うとすぐに暴力に頼るとはさすがですね。暴力は知能がなくても使えますからね」

煽る。



「その口閉じろよ!」

さすがに我慢の限界のようだった。

勢いよく拳を振り上げ、今にも当たりそうになる。


ガチャ

「そろそろ、お開きだぞ」

 そう言って扉を開けるのは早稲栗光世だ。その後ろには皇さんや他のクラスメートたちもいる。

その言葉によって振り上げた手が止まる。

「なんだ、何かあったのか?」

状況が呑み込めてないような早稲栗が言葉を続ける。

さすがにまずいと判断したのかそれ以上は何もしてこなかった。



「ちっ。てめえ覚えとけよ」

「ごめんなさい馬鹿の言葉の解読には二年かかります」

なおも煽る俺に沸点はとうに超えた様子だ。


(しかし、最近そのセリフよく聞くけど、やっぱり負け犬っぽいせりふだよな~)

 

時計をちらりと見る。

 時間通りに彼らが来てくれたことに感謝しないとな。無事に(?)その場を切り抜けた俺はそう思いながらラオケルームを出る。




「はー、せっかくの服がびちょびちょだな」

散々煽れたことですっきりしていた俺だったがその事実に憂鬱になる。


「これ使いなさい」

百合がハンカチを渡す。

「いいのか?ハンカチが汚れるぞ」

「別にいいわよ。それにしても派手にやったわね」

「そうか?」

「そうよ。私みたいな完璧な人はうまくやり過ごすものよ」

「うまくね~」

彼女のやり取りを思い出しジーッと彼女を見る。

「そ、それよりも、なんであの時あんなこと言ったのよ。このままだとクラスで浮くわよ?」

話を変えて心配そうにうかがう。

「まあなんとかなるよ」

「何とかって」

「あいつの発言には腹が立ったからな。まあ途中からは煽れて楽しかったが、、、。そもそもあの空気を読むなんてクソ食らえだ」

「まったく、そんなんだと主人公とやらにはなれないわよ」

 幼なじみである彼女はなぜか俺の小さい頃からの夢を知っている。

「友人を見捨ててなるくらいなら別にならなくていい」

断固としてゆるぎなく俺は言う。

「薫らしいわね」

どこか懐かしそうに彼女は俺を見る。






「南条さん、大丈夫ですか!?」

 他愛ない話をしていると皇さんが声をかけてきた。

一人濡れている俺に駆け寄る。

「もしかして先ほどのことで…」

一緒に部屋の前で聞いていたから俺がやられたと思っているんだろう。

だが、そんなことで彼女に心配はかけたくなかった。

「これは体を使ってドリンクバーを楽しんだんだよ」

「なるほど」

納得したように首を振る。

(え?納得したの?)

あまりの純粋さに驚く。

「こら、嘘教えない」

百合が小突く。

「いてっ」

「桜華ちゃん、こいつが言ったことは嘘よ」

「ならなんで濡れているんですか」

「えっと、それは、、、」

返答に困った百合は口ごもる。


「これは俺がおっちょこちょいにも滑ってしまって頭からかぶったんだよ。さっきは恥ずかしかったらああいったんだ」

「そうでしたか。お怪我はありませんでしたか」

皇さんが距離を詰める。

カバンからハンカチを取り出すと俺の体を拭こうとする。


「大丈夫だから!自分で拭けるよ」

慌てて百合に貸してもらったハンカチで体をふく。

「さすが皇さん。なんて優しいんだ」

「お嬢様はやっぱり違うな」

彼女の優しさにその光景を眺めていたほかの人は口々に言う。




(心臓に悪いな~)

「ふ~~~ん」

そのやり取りを百合は静かに見ていた。

「な、なんだよ」

「本当は拭いてもらいたかったんじゃないの」

「そ、そんなわけないだろ…」

どんどん声が小さくなっていく。

「きも」

「容赦ないな!」

幼なじみの辛らつな言葉にダメージを受ける。





 体を拭き終え、入り口に向かうとまだ同じクラスの人たちがいた。

どうやら待ってくれていたようだ。

「お待たせしました」

「みんな揃ったようだけど、ちょっと今日はトラブルもあったようだし解散でいいかな」

すでに事の詳細を知っているようだ。

「うんもう喉ガラガラ」

「楽しかったね」

誰も反対することはなく今日はお開きになった。






「はー、疲れた」

「なあ、薫」

 帰ろうとしていると、富士川に呼び止められる。

「なんでさっきは助けてくれたんだ?」

「友人を助けるのに理由が必要か」

「でも、実際俺はあいつらの言ってるように嘘をついてたんだぞ?それにこのままだと薫が標的になるかもしれないのに…」

だんだん消え入りそうになる。


 富士川の顔は自分のせいだという罪悪感や、不安でいっぱいのはずだ。

そんな友人のために俺はある提案をする。


「なあ、明日暇か?」

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