第043話 カウントダウン

「ど、どうしたんだ!?」

「お母さんが……お母さんが……ぐすっ……」


 尋常じゃない様子にすぐに事情を尋ねてみるけど、泣いてしまって要領を得ない。


 ただ、俺は"お母さん"という言葉だけでアイリが言いたいことを理解した。


 すぐに母さんが眠る寝室へと向かった。


「ううううううう……」


 そこには呼吸を荒くして苦しそうに呻く母の姿があった。


 これは多分かなり危険状態だ……。


「医者を呼んでくるからちょっと待ってろ」


 俺はそういって外に出て、馴染みの医者の所に走る。しかし、日暮れ近くの時間ですでに治療院は閉まっていた。


 ――ドンドンドンッ


「グロースさん!! お願いします、開けてください!!」


 ――ドンドンドンッ


 俺は迷惑も省みずに固く閉じられた扉を何度も叩く。


 頼む……出てきてくれ……。


「……誰じゃ、いったい。こんな遅くに。もう店じまいじゃぞ?」


 俺の願いが通じたのか、扉がゆっくりと開き、店主の老人が顔を出した。


「グロースさん、俺です、イクスです」

「お前は……ヒミカさんの息子か。どうしたんじゃ……ってまさか!?」


 俺を見て状況を理解した医者のグロースさんがハッとして目を見開く。


「そうです。母さんの容体が悪化しました。お願いします。診てもらえませんか?」

「分かった。少し待っておれ、すぐに支度する!!」


 グロースさんは俺たちが生まれる前から父さんと母さんと付き合いのある医者だ。

 

 それもあってか、迅速に対応してくれた。


「よし、準備ができたぞ」


 急いだ様子で医療カバンを持って店から出てきたグロースさん。


「失礼しますね!!」

「な、なんじゃあっ!?」


 でも、彼が走ったのでは間に合わない可能性があるので、悪いと思いながらも脇に抱えて家まで運んだ。


「こりゃあ、もってあと2日ってところじゃな……」


 家に戻り、グロースさんが母さんを診察すると、絶望的な状態を告げる。


「そんなぁ……」


 アイリの瞳から涙が溢れ出した。


 俺がもっと早く目標金額を稼いでいればこんなことにはならなかったのに…………いや、そんな後悔をしている時間が惜しい。


「お兄ちゃん……」


 アイリが俺にどうにかしてと瞳で訴え掛けてくる。


 そんな顔をされたらできるだけのことをするしかない。


 俺は部屋の外でダメもとでポーラを呼び出した。


「プー」

「なんと……キュアラビットじゃと?」


 グロースさんがキュアラビット見て目を丸くする。


「はい。これでもう少し時間を稼げませんか?」


 2日では森の最深部まで行って帰ってくるだけで精一杯。それでは神秘の祈りを探している時間はない。


 でも、ポーラの魔法で少しでも猶予を伸ばせるのなら可能性は出てくる。


「うむ……それなら少しは猶予が増えるかもしれん」

「そうですか。ポーラ、母さんにキュアをかけてくれ」

「プーッ」


 ポーラを母さんの枕元に下ろすと、キュアを発動させた。


 母さんの全身が青白い光に包み込まれる。


「うう……すー、すー」


 苦しそうな母さんの顔が少し和らいだ。


「この調子でキュアを定期的にかけ続ければ、4日は持つじゃろう。しかし、それ以降はヒミカさん次第じゃ」


 爺さんが再び診察して、先ほどよりも容体が安定していることを知らせる。


 ポーラがいてくれたおかげで助かった。


「分かりました。その間に薬の材料を探してきて薬を調達してみせます」

「ワシもお主が戻って来るまではできるだけ診に来るようにしよう。安心して行ってくるがいい」

「ありがとうございます、グロースさん」


 願ってもない申し出に俺は自然と頭を下げていた。


「なーに、気にするな。ワシもお前のお父さんには助けられた。このくらいどうってことはない。それじゃあ、また明日くるよ。それと、扉を叩いたらすぐに分かるようにしておくから、何かあったらすぐにワシのところにくるようにな」


 先生は照れくさそうに頭を掻いて医療器具をしまい、去っていった。


「不安だと思うが、留守番頼んだぞ」

「うん……分かった」


 不安そうな顔で頷くアイリ。


「心配するな。必ず間に合わせてみせる」

「絶対だよ、お兄ちゃん」

「ああ。それと、リタとリリも置いていく。何かあったら、リリに守ってもらえ」


 俺はアイリの頭を安心させるように撫で、リタとリリを育成牧場の外に出すと、再びノワールの森を目指して走り出した。


「おいおい、こんな時間にまた森に行くのか!?」


 門で今日の門番の当番をしているロイクさんに声を掛けられる。


「はい、このままだと母さんが死んでしまいそうなんです。薬の材料を探しに行かないと……」

「そうか……分かった。もし夜に戻ってきても俺の権限で門を開けてやれるようにしておくから安心しろ」


 ロイクさんは真剣な表情で俺の肩に手を置いた。


「ありがとうございます!!」


 あぁ、この街に帰ってきてから良い人たちばかりだ。妹の件のお礼もできてない。母さんの病気が治ったら、皆に恩返ししよう。


「気を付けて行って来いよ!!」

「はい」


 ロイクさんに頭を下げ、そのまま森へと突入した。


 休んでいる暇はない。


 俺は最深部を目指してひたすらに走り続けた。

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