第040話 い、嫌な予感がする!!

 数十秒程、真っ白な光に包まれたかと思うと、花びらが散るように弾けて消えた。


 これはどう見ても進化の光だ。


 サーシャ様の姿は変わらない。いや、より一層力強さが増した感じだ。


 でも、それよりも顕著な変化は他にあった。


『ここは……』


 サーシャ様の木の前に、淡い緑色のオーラに包まれた妙齢の女性が現れたことだ。


 その女性は非常に美しい容姿をしていた。


 色素の薄い髪と、太陽を受けた果実のように赤く美しい瞳を持ち、頭には木の枝が角のように生えている。


 東方にある国の着物に似た、少し丈の短い服を着ていて、胸部が押し上げられて胸元がはだけ、太腿から先が大きく露出している。


 そして、サーシャ様の声で話していた。


 おそらく彼女は木の精霊ドライアドの化身。


 サーシャ様はたった今進化を果たしたんだ、俺の名づけで。


 まさかこんな奇跡の瞬間に立ち会えるとは思わなかった。


 ただ、進化してなかったのは昔の人たちのネーミングセンスが原因かよ、とツッコみたくなった。


「サーシャ様、おめでとうございます」

『まさか、ワシがドライアドになる日がこんなに早く来るとはのう』


 俺が声をかけると、サーシャ様は呆然としながら応えた。


 綺麗な女の人がまるで老人のような話し方をしているのを聞くと、物凄く違和感がある。


「どうやら名前がないのが原因だったみたいですね」

『そうじゃったのか。まぁよい、いかつい名前のドライアドにはなりたくなかったからの』


 サーシャ様が遠くを見ながら答えた。


 なんとも言えない気持ちになるのも分かる。

 

「あはははっ。それはそうかもしれませんね。そういえば、こうやって名前を付けた場合、テイムってどうなるんですか?」


 テイムは契約主が付ける名前を受け入れることで成立する。


 こういうケースは今までなかったし、本にも載っていなかったので、すでに名前がある場合どうなるか気になった。


『勿論可能じゃぞ。ただ、その時はサーシャ以外の名前は受け付けぬがな。それに当然じゃが、ワシが気に入った相手でなければ契約などしてやらん』

「へぇ、それは初めて知りました」


 新しい知識を得ることができてワクワクしてくる。


『それにしても、これが化身か。今まで動くことができなかったから新鮮じゃのう』


 サーシャ様が腰を回したり、上半身を前後に倒したり反らしたりして、嬉しそうにはしゃぐ。


 1万年以上一歩も動くことなく、同じ場所で生きてきた万年樹の彼女にとって、精霊としての化身は目新しいことばかりに違いない。


 その姿を見て役に立てて良かったと思った。


「それじゃあ、そろそろ俺は行きますね?」


 サーシャ様から葉っぱを貰ったし、進化も見届けた。


 もうここには用はない。


 俺は早く母さんの薬の材料を探さなければならないので、のんびりしてられないからな。


『むっ。もう行ってしまうのか?』


 可愛らしい女性にそんな風に寂し気な表情をされると残りたい気持ちになるけど、そうはいかない。


「はい。母さんの容体がいつ変わるかも分からないので、急いで材料を集めないと」

『そうか。寂しくなるのう』

「また会いに来ますよ」


 せっかく知り合いになったんだ。これっきりってのは俺だって寂しい。


『本当じゃな?』

「はい、勿論です」

『うむ。それならよかろう……いや、待てよ……』


 満足げに頷いた後、サーシャ様はハッとした表情にしてから顎に手を当てて考え込む。


「どうかしましたか?」

『いや、今までは化身がなかったゆえに動けなんだが、今はこの体がある』

「そうですね」


 なんだか嫌な予感がしてきた。


『つまり、ここから動けるということじゃ』

「そうなりますね」


 嫌な予感が強くなってくる。


『じゃからな。お主が求めている薬の材料を一緒に探してやろう』


 俺の予感は的中した。


「いやいやいや、サーシャ様にそんなことさせるわけにはいきませんよ」

『ワシを進化させてくれた礼じゃ。気にするでない』

「葉っぱで十分ですよ!!」

『アレはリタを助けた礼であろう。ワシはこの体を動かしたいんじゃ』

「だからと言って、この森の神様のような存在のサーシャ様を働かせられませんよ」

『それじゃあ、勝手に付いていく。これならいいじゃろ?』


 なんとか断ろうとしたが、そう言われてしまえば俺には断りようがない。


「はぁ……分かりました。一緒に行きましょうか……」


 俺は諦めて一緒に行くことにした。


『うむ。しばらくの間よろしく頼むぞ。そういえば、お主の名前を聞いてなかったな』

「大変失礼しました。私はイクスと言います」

『そうか、イクスか。良い名前じゃの』


 両親に付けられた名前を褒められて俺は嬉しくなった。


 だって、ずっと否定され続けた名前だったから。


「ありがとうございます」

『ワシは良いものを良いと言っただけじゃ。それよりも、今後ワシに敬称も丁寧な言葉遣いも不要じゃ』


 俺が頭を下げると、サーシャ様は恥ずかしそうにそっぽを向いて応えた。


「森の守り神様に恐れ多いんですが……」


 神様のように崇められる存在相手に気軽に話せる人がいるなら呼んで来てほしい。


 ほとんどの人は委縮してしまうと思う。


『その森の守り神の名付け親はお主じゃ。名付け親なら砕けた口調でもよかろう?』

「……そこまで言うなら分かりました。いや、分かった。これでいいか?」


 サーシャ様は言い出したら絶対に引かない。


 それは今までのやり取りで十分に分かった。


 俺が受け入れるしかないだろう。


『うむ。そうこなくてはな』

「それじゃあ、薬の材料を集める間よろしくな、サーシャ」

「うむ。くるしゅうない」


 俺は万年樹の精霊であるサーシャを連れて薬の材料探しを再開した。


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