第47話 破壊の神と英雄の子

「うわぁぁぁぁん! イズメドォォ~……じゅるっ、ジダァァ~……!」


 イスメトがジタに肩を貸しながらラフラの町まで戻ると、涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにした少女に出迎えられる。


「おわぁっ!? エ、エスト……!」

「いィっでで……! ひっつくなイテェッ!」

「ひどいよぉぉぉっ! ボクも一緒に戦うって言ったじゃないかぁぁ~……!」


 エストはあの後、ジタの乗っていた神獣によって町まで強制送還されたらしかった。


「チッ、うっせぇな……戦場は女のいる場所じゃね――ぬあッ、俺で鼻水を拭くなっ!!」

「うわあぁぁ~ん! 男女差別ぅぅぅ~っ……!!」


 イスメトは幼馴染おさななじみたちのやり取りに思わず吹き出す。

 なんだか昔に戻ったみたいだった。


(ホルスは……やっぱり、いるわけないか)


 出迎える人々の歓声に包まれながら、イスメトは金髪の少年の姿を探す。


 荒神が消え去った後。

 戦士たちの救援へ急ぎ向かったイスメトは、すぐにその必要がないことを知った。


 生き残った戦士は誰も彼もが満身創痍まんしんそうい

 だが、動けない状態だったにも関わらず、なぜか混沌に呑まれて魔獣化した者は一人もいなかった。


 生き残った戦士らの体には共通して、琥珀色に輝く羽根が刺さっていた。


(お礼くらい、言わせてくれても……)

【ハッ! いらねェよそんなモン】


 セトは相変わらずこんな調子である。

 やはり、かの神と再び相まみえる場所は戦場――そうなってしまうのだろうか。


(もう少し……ちゃんと話をしてみたかったな)


 しかし、イスメトのその願いは意外にも早くに叶うことになった。

 実に穏当かつ、平和的な方法で。


 それは、崩落したセト神殿を神力で強引に再構築し、人々が制作を進めていた新しい神像を安置し終えたその翌日だった。

 まるで絶好の時期を伺っていたかのようなタイミングで、一羽のハヤブサがホルス大神殿に降り立ったのである。


【ホルスの使者だァ~ッ!?】


 本当に再構築されただけで相変わらず古くさい神殿を改装すべく、職人たちと視察を行なっていた二人のもとへエストが駆けつけた。

 その手にパピルスの巻物を持って。


【燃やせ燃やせそんなモン。ついでにその使者も焼き鳥にして喰っちまえ】


 お前はどこの蛮族だ。


「そ、そんなぁ……! と、鳥さん……」


 イスメトは内心あきれつつ、目に涙をにじませるエストへ歩み寄る。


「こいつの要望は話半分でいいよエスト」

【ア゛ァッ!? 今『コイツ』っつったか!? こちとら主神だぞゴラッ!!】

「――それで、ホルス神はなんて? 読んでもらってもいい?」


 イスメトは手紙を読めるほど文字を知らない。かといってセトに読ませると悪意に満ちた要約をしかねない。

 ここは中立的なエリート書記様の力を頼るのが賢明だろう。

 セトは何やら喚いているが……今は全力で聞き流そう。後が怖いけど。


「うん! えっとね……」


 詰まるところ、それは王宮への招待状だった。

 重要な話があるから王都へ来てほしい、という内容が至極丁寧な言葉遣いで記されている。


【ハッ! 話があるならテメェから出向いて来やがれってんだ!】

「王宮かぁ……」

【オイ。何をちょっとワクワクしてやがる。まさか行く気か? 行く気なのか!?】


 もちろん、答えは決まり切っていた。【絶対に罠だ!】と騒ぎ立てる神をなんとか説得し、イスメトはカルフにまたがる。


 ホルスにセトをどうこうするつもりがあるなら、とっくにそうしていたはずだ。あの騒動でわざわざイスメトに手を貸す道理もない。


 ホルスは敵ではない。

 少なくとも、今は。


 国神の真意を確かめるためにも、この機会は逃せなかった。


「うわ……すごい人だ」


 所狭しと並ぶ大小の建物と、その隙間をせわしなく行き来する人々の波。

 都会のけんそうされながら、イスメトはこの町で最も高い建物を目指した。


 王宮は、白く化粧された石作りのけんろうな外壁を備えていた。

 巨大な神殿のようにも要塞のようにも見える。

 その外壁の高さを追い越して天を差すのは、琥珀色の光をともした二本のオベリスクだ。


【やぁ、遅かったねぇ坊や】


 見張りの立つ門の前へ踏み込んだ瞬間、頭に直接声が響いた。


【そのまま最上階まで上がっておいで。家臣には君を通すよう伝えてある】


 いかつい門番を恐る恐る見上げると、うなずいて返される。

 念話って便利だな、と改めて思うイスメトだった。


「最上階って……何階建てなんだここ」

【ハッ! 何とかとバカは高いところが好きってヤツだな】


 岩山のようにそびえる外観を裏切らず、イスメトは五階分の階段を上らされることになった。


【てんめェ、このクソ鳥頭ァ……高みから何をエラそうにドヤってやがる!】


 ホルスの待つ大広間に踏み込むなりセトはいつもの調子で突っかかる。

 止める間もなかった。


「君こそ、誰の神器で手前てめぇの半身を切り刻んだか言ってごらんよゲス豚野郎」

【~~――ッ!!】


 玉座に座ってニヤリと笑うホルスも、売り言葉に買い言葉。

 セトが怒りと屈辱のあまりに絶句しているのが分かった。


 あの時、ホルスの銛が手元になければ、どれだけ強力な神術をもってしてもアポピスにとどめを刺すことまではかなわなかっただろう。

 セトの半身はセトの力では殺せない。

 ホルスの銛を通してセトの神術を叩き込んだからこそ、あの勝利は実現したのだ。


 セトもそれを理解しているからこそ、反論できないようである。


「……その節は、ありがとうございマ――ッ!?」


 イスメトは盛大に舌をまされた。


【なァ~に勝手に礼なんか言ってんだテメェ! 腹を見せるな! 武器を抜け! ヤツを王座から引きずり下ろせェェッ!!】

「ちょっ、待っ、やめ――うわぁわっ!」


 暴れる神とそれを止めようとする依代とが体と槍を取り合い、少年は王の前で七転八倒する。


「道化なら間に合ってるぞセト」

「【死ねィッ!!】」

「おっと」


 物騒な言葉と共にブンッと槍が空気を裂いた。

 もちろんセトがホルスへと放ったものだ。

 警護の兵たちが後ろでざわつく。イスメトは自分の体で行なわれた凶行にまいすら覚えた。


「ま、今のは見逃してやるよ」


 幸いというか、当然というか。

 槍が射抜いたのは玉座の背もたれだった。

 翼を広げたホルスはいつの間にか、イスメトの頭上に浮いている。


「田舎者の無作法には笑って目をつむる――それがというものさ」

【コイツ……ッ!】

「セト……! もうやめろって! 話が進まないだろ!」


 セトも言うほど本気ではなさそうだ。

 ただ、男の意地というか、神の気位というか――

 多分、そういったものが鬱憤として噴き出した結果のわるきみたいなものなのだと思う。


「まったく。坊やの方がよっぽどオトナじゃないか」

【挨拶代わりにもりを全弾ぶち込んでくるような輩に言われたかねェ】

「それはそれ。これはこれ」


 ホルスはからかうようにくるりと宙を舞って、玉座へと戻った。槍は乱雑に投げて返される。イスメトは慌てて受け取った。


「なに、話というのは他でもない。君たちに砂漠地帯ウェハアトの統治権を譲ろうと思ってね」

「統治、権……」


 そう言われても具体的にはどういうことなのか、いまいちピンとこない。

 セトが主神として迎えられたから、自分は手を引くということだろうか。


「……その顔は、意味をよく理解していないね? やれやれ、無学な蛮族はこれだから」


 ホルスは肩をすくめ、哀れみの目を向けてきた。

 さすがにムッとするイスメトだったが、顔には出さないよう努める。


「要するに。坊やは領主になるわけだ。おめでとう。貴族の仲間入りだな」


 が、その怒りも一瞬で吹き飛んだ。


「ええっ!? りょりょりょ、領主!?」

【騒ぐな、みっともねェ。現状でもほぼそうだろうが】

「でも貴族って……!」


 セトは呆れたように短く息を吐いて、イスメトの隣に人身の姿を現した。

 凶悪な眼光で、玉座の上のホルスへと詰め寄る。


【もっとハッキリ言ったらどうだ、クソ鳥頭。貴方様と同盟を組ませてくださいと――つまりはそう言いてぇんだろォが】

「フン、同盟だって? まさか。馬鹿も休み休み言えよゲロ豚風情が」


 ホルスもまた二色の双眸を細め、嘲笑するような笑みを作った。


「忘れたとは言わせないぞ? そこの坊やは僕に願いを捧げたんだ。そして僕は、その願いを叶えてやった。お前たちには借りを返す義務がある」

【アァ? 何言ってやがる。んなモンはとっくに白紙に――】

「あの時は、な。だが事実として僕は契約を果たしている。僕らが荒神から吐き出される混沌を処理してやらなかったら、今ごろオアシスはどうなっていたと思う。坊やの大事なあのも、無事では済まなかったはずだけどねぇ……?」


 セトは口をつぐんだ。ホルスの言い分にも一理あると考えたのだろう。

 イスメトは神の内で燃え上がっていた怒りの炎が、徐々に理性に押さえ込まれていくのを感じた。


 ホルスはフンと得意げに鼻を鳴らす。


「異論はないようだね――ならばセト、およびその依代に命じよう。我が配下・・としてウェハアトを守護せよ。そして、国の有事には無条件で力を貸すとここに誓え」


 青と金の双眸が光る。

 まるで、少年たちの未来までをも見通すかのような鋭さで。


「なに、悪いようにはしないよ。国政こっちも色々と抱えていてね。今はかつての敵だろうがブタの鼻だろうが、何でも借りたい時勢なのさ」

【ハッ! そりゃ賢明だ。ブタの鼻でも鳥の脳味噌よかマシだろうぜ】


 セトとホルスは言いながら視線で刃を交えている。思わず身構えるイスメトだったが、幸い両者とも本物の武器を喚び出しはしなかった。


「随分と威勢の良いことだ。その意気で、せいぜい国のために尽くしてくれよ? 破壊の神と英雄の子」


 イスメトは戦士の魂を――神の力が宿る槍を、強く握りしめる。

 セトは不服だろうが、自分としては悪い話ではないと思った。


 セトの破壊の力は、国のため、人々のために振るわれるべきものだ。

 憎しみのままに、誰かを侵すためではなく。

 絶望のために、何かを滅ぼすためでもなく。


 たとえ〈夜の民〉から――いや、世界の全ての人間から後ろ指を指されることがあったとしても。

 自分だけはそう信じる。

 信じることを諦めないと、もう決めたのだ。


 イスメトは国神ファラオの目を真っ直ぐに見据え、答えた。


「――はい」


《第一部・おわり》






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そのうち何かしら書く(あるいは描く)と思います。

現在準備中。形になったら近況ノートで報告します。


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破壊の神と英雄の子 千里一兎 @senri_it

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