第30話 共闘……?
「一つ、尋ねたい」
ホルス
事実、彼はホルスと同じ姿をした全くの別人だった。
「君があの少女を救いたい理由は分かった。だが、なぜセト神もそれに同調するのか? 彼女に宿りし混沌がどれほど危険なものであるかは、貴方が最もよく理解されているはずだ」
【テメェはホルスの依代――
セトの確認に、少年は仰々しく頷いて返す。
「ファラオ!? この人が……!?」
【なに驚いてやがる。ホルスは国神。その依代とくりゃ、現役の国王と相場が決まっている】
ナイルシアの現国王。その名は確か、ホルジェネフ。
イスメトは無意識に生唾を飲み込んだ。
「その通りだ、
ファラオはごまかすでもなく肯定する。
「我らと貴方の目的は、今この時に限っては完全に一致しているはず。混沌はすべての神の共通の敵だ。にもかかわらず、その討伐をこうも邪魔立てするのは
【ハッ! 答える理由は――】
「ぼ、僕のせいです!」
イスメトはとっさにセトの言葉を遮った。
国王がホルスを抑え込んでまで表に出てきた。対話を望んだのだ。これは願ってもない好機である。
「僕がセトに願ったんです! 彼女を助けてほしいと。それが僕らの契約です」
【なっ、オマ――ッ!】
セトのことだ、放っておけばどんな無礼を働いて相手を無駄に怒らせるか知れない。そもそも交渉はこちらがやるという約束だ。
【~~ッ! こんのド阿呆スカタンクソウジ虫がッ! 鼻から脳みそ
すかさずセトは人身の姿を表し、イスメトの胸ぐらを掴む。
イスメトも負けじとセトを睨み返した。
「本当のこと言わなきゃ信用してもらえないだろ!?」
【あ・の・なァ! 契約の対価ってのは、おめおめと口外していいことじゃねェんだよ! 契約無効化の手段を敵に教えてどうすんだ!】
「でも! じゃあどうやって信用してもらうんだよ!?」
その不毛な言い争いを止めたのは、ホルジェネフの声を抑えた笑い声だった。
「――ああ、失敬。やはりそういう事情であったか。どうだろうホルス。ここは彼らに協力してやっては?」
【は? なんでそうなるわけ?】
ホルスの思念がどこからともなく響いてくる。
同時にホルジェネフの肩に琥珀色の光が集まったかと思うと、瞬く間にハヤブサの姿をとった。恐らくはホルスの化身だ。
「聞いての通り、彼らにはのっぴきならない事情がある」
【セトの様子からして、そんなことはすでに予想がついていたさ。だからこそ、僕にとっては一石二鳥な状況だったわけだけれど?】
「そう言ってくれるな。私は彼らとも友好的な関係を築きたい。ここは恩を売って──」
【やだ】
にべもない返答だった。
ホルジェネフは眉間を揉むような仕草をする。
【なんだって僕がアイツの言いなりにならなきゃならない】
「ホルス……これはセト神の頼みではない。彼の依代、ひいては我が民からの願いだ」
【あのボウヤは〈砂漠の民〉だろ。博愛ぶるのもほどほどにしないと、また足下すくわれるよ】
「〈砂漠の民〉で、セト神の依代だからこそ、恩を売ることに意義があるのではないか?」
ホルスは考えるように押し黙った。
その間、セトは神力を集め、イスメトの手に刻印を浮かび上がらせる。いつ戦闘になってもいいようにだ。
【――でも、そうだね。
意外にも、ホルスが出した答えは譲歩だった。
輝くハヤブサは光に包まれ消えていく。代わりにホルジェネフの瞳の色が青と金の二色に塗り替わり、背からは煌びやかな翼が伸び出た。
肉体の主導権が再びホルスへと移ったようだ。
「いいよ。あの娘は生かしておいてやっても。その代わり、これは貸しだ。必ず返してもらう。それでいいな」
「……! はい! ありがとうございます!」
イスメトは深々と頭を下げた。一方でセトは忌々しげに舌打ちする。
ホルスはセトにふわりと近付くと、見世物でも楽しむかのようにその横顔を覗き込んだ。
「もちろん、お前も誓うのだろう? セト」
【ハッ! ――〈
セトが抑揚のない声で投げやりに返すのを聞き届けたホルスは、愉悦に満ちた瞳を細めニヤリと笑う。
神同士で何らかの契約を行なったことは明白だった。
「まあ僕だって? 無闇に民を殺したかったわけじゃないよ?」
地に足をつけたホルスは、軽快な足取りで今度はイスメトの周りを一周する。
「ただ、あの娘を無傷で捕らえる手間とリスクを考えると、仕留める方が圧倒的に安全かつ効率的だった。それだけのことさ」
イスメトは何も返せなかった。
安全性。効率。
混沌が神をも侵す存在である以上、ホルスの考えは至極妥当だ。しかし、天秤にかけられたのはエストの命。そう簡単に割り切れるものでもない。
「ボウヤは正しい選択をしたよ。僕の神術は、どこかの脳筋ケモノ頭のそれとは違って繊細かつ多彩。ひとたびこうして捕縛してしまえば、呪われた肉体から混沌を吐き出させるくらいワケないね」
【……そのよく動くクチバシ、握りつぶされたくなかったらとっとと働けクソチキン。あの結界は
「あっは! そうだったね」
セトに汚物を見るような目で睨まれても、ホルスはフフンと笑うだけだった。
結果的に協力して敵を追い詰めた二神。
だがその仲は変わらず険悪である。
「さてっと。じゃ、始めようか」
翼を広げ、ひとっ飛びにエストの棺の上へと陣取るホルス。
優越感に緩むその表情は一変、真摯な眼差しで手をかざす。そして――すぐに引っ込めた。
「……おい、ゲロ豚。お前、ここに何を封じ込めた?」
【ハァ? んなモン、答えるまでも――】
セトはホルスに怪訝な目を向けたものの、すぐに何かに気づいたらしく棺のそばへ瞬時に移動する。イスメトも慌てて続いた。
【まさか……】
セトが指を鳴らすと、棺の蓋がパラパラと砂になって崩れていく。
やがて露わになった棺の内側。
そこは、もぬけの殻だった。
「――ッ、やられた!
ホルスが忌々しげに吐き捨てた、その直後。
イスメトは全身で、えも言われぬ気配を感じ取る。
まるで目に見えない虫が足元から全身へと駆け上がってくるかのような。ゾワゾワとした感覚。
それは、平凡な人間にさえも感じ取れるほどに強大な、闇の気配だった。
【クソが! 舐めた真似しやがって!】
「エストは……!? どこに消えたんだ!?」
セトの捕縛術はかなりの規模だった。一時的にとはいえホルスさえをも捕縛したあの術で、アポピスのみを取り逃したとは考えづらい。
【幻術だ。恐らくは砂漠の蜃気楼を用いた幻術――クソがッ! ヤツめ、俺から
「幻術!? それじゃあエストは……!」
【ラフラだ! ヤツは初めから逃走などしていない!】
逃げたフリをしてラフラ・オアシスに残ったと思しきアポピス。
先ほど沸き上がった混沌の気配。
それら全てが一つの事実を告げてくる。
――ラフラの人々が、危ない。
「……僕の神域にも妙な気配が湧いている。あまりにタイミングが良すぎるな」
危機感を口に出したのはホルスも同じだった。
「悪いが先ほどの
ホルスは一方的に告げて、全身を光に変える。その姿は流星のごとく空の彼方へと――
【戻るぞ! 混沌の気配がどんどん増殖してやがる!】
それを見届けるまでもなく、セトはすでに身をひるがえしている。
【うかうかしてっと、ラフラが喰い尽くされる――ッ!】
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます