第29.5話 転校生


○更新の抜けに気づき追加いたしました。

 すでにある物語に変更はございませんm(_ _)m

 

――――――――――――――――――――



 一年一組。愛美の所属するクラスはいつもと変わらない朝の日常風景であった。


 愛美は着席して、楽しそうに談笑するクラスメイトを眺める。


(小中高一貫の学校だから仲良しグループは強固だよね。輪に入りづらい。制服の可愛さと近さで選んだのは間違いだったか……)


 二十回の転校をしている愛美は転校のプロだ。冷静に分析する。


 だが残念なことに、高校ではアホ山アホ美と呼ばれたくないがためお淑やか系女子を演じているせいで、クラスメイトたちが距離を計りかねている、というのが現状だった。策士策に溺れるとはこのことだろうか。


 面倒見のいい委員長のグループに入れてもらっているので、現状問題はない。


 ズッ友であるメリッサとも再会できたので人生はバラ色だと愛美は思っている。


 希望としては、もう少しクラスに馴染めると嬉しいかな、という気持ちだ。


 やがてチャイムが鳴り、ホームルームが始まった。


「皆さん聞いてください。今日は転校生を紹介します。あ、女の子ですよ」


 女性担任教師の一言に、クラス内は一気にざわついた。

 特に男子からは歓声とも言えない声が上がる。


(ほえ〜、転校生か。この中途半端な時期に大変だね。私もそうだったなぁ……)


 愛美は過去の転校歴を思い出して遠い目になる。


「鈴木さん、どうぞ」


 担任教師が呼ぶと、前方の引き戸が開いて、颯爽と一人の転校生が教室に入ってきた。


 長い金髪がふわりとなびき、そのスタイルの良さと顔面偏差値の高さに、一同が唖然と彼女を見つめる。


 愛美は開いた口が塞がらなかった。

 転校生はにっこりと笑顔を作って一礼した。


「はじめまして。今日から転校してきました、鈴木メリッサです。仲良くしてもらえると嬉しいです。よろしくお願いします」


 もう一度メリッサが頭を下げると、ツインテールが揺れた。

 しんと教室が静まり返る。


「……あ、あれ?」


 メリッサが何か間違えたかな、と不安になった瞬間、教室からわっと歓声が上がり、教室が大きな拍手に包まれた。


 地域屈指の可愛さを誇る制服を着ている金髪碧眼ツインテールの美少女が登場したせいで、全員の思考が停止していたのだ。これ何かのドッキリ? と思ってしまったクラスメイトもいたほどだ。


「モデルさん?」「可愛すぎ」「顔ちっさ」「ヤバいヤバい!」


 クラスメイトから感想が漏れている。


「メリッサ! な、なんで!」


 一方、愛美は思わず立ち上がりそうになるも、余計な注目を集めそうだったのでぐっと堪えて疑問の視線を飛ばした。


 メリッサは宝石のような碧眼でウインクをし、人差し指を口に当てた。


(サプライズって……そういうこと!)


 メリッサの仕草で教室がしんとまた静かになった。


 教室は自分たち向けられたサインだと勘違いしたらしい。


 そんなつもりは全然なかったメリッサは、ちょっと顔が赤くなっていた。


(天然のサキュバスとはメリッサのことか)


 愛美は学者のような顔つきで「うむ」とうなずき、メリッサを見つめる。


「鈴木さんはお母様がフランス人で、お父様が日本人だそうです。日本語は話せるそうですが文化の違いなどで戸惑うことも多いでしょう。みんな、仲良くしてあげてね」


 担任教師の言葉に、また拍手が起きた。



      ◯



 放課後になり、愛美はメリッサと帰路についた。


「いや〜、本当に驚いたよ。フランスにずっといるって思ってたからさ」


 駅へと向かう通学路を歩きながら、愛美がメリッサに視線を送る。


 ズッ友が同じ制服を着ているのがちょっと信じられず、歩くたびに、ゆら、ゆらと揺れるツインテールに目が奪われた。


「あ〜、質問攻めで疲れた。ハーフってそんなにめずらしいかな?」

「お疲れちゃんだよ」


 愛美がぽんと肩を叩くと、メリッサが軽く腕を伸ばし、空を見上げた。


「実はね、転校のことは愛美のお父様にお願いしたんだよね」

「え?! うちのパパに頼んだの?」

「愛美のお父様に連絡して、色々と便宜を図ってもらったんだ。同じ高校に入るならコネは必要だし、コネを持ってそうなのは愛美のお父様だと思ってね。サプライズしたいって言ったらノリノリでやってくれたよ」

「あ〜……うちのパパ、メリッサのファンって言ってたもんなぁ」

「そうなの? なんで?」

「うち親バカだからさ、私の配信動画をずっと流してるらしいんだよね。しかも会社で」


 愛美は遠い目をする。


 休日に社員の志望者を募って巨大モニターで配信を見ているらしい。しかも、人気だそうだ。


「それはなんか、ドンマイって感じ」

「メリッサに会いたいって百億回ぐらい言ってたよ」

「まあ、ご挨拶はしたいよね」

「そのうち日本に帰ってくるから紹介するよ」


 二人は他愛のない会話を楽しみ、駅前にある商業施設に入った。


 メリッサが嬉しそうにプリクラコーナーへ行きたいと言うので、愛美は快諾する。


(なんか……フランスにいたときみたいだな。こうやってメリッサと放課後に遊んで、私の家でアニメ見たりしてさ……)


 カラフルな遮光カーテンを開けてプリクラの中に入り、バーコード決済をした。割り勘にしたいからあとでアプリに送金するね、とメリッサが言う。


「ねえ、思い出さない?」


 写真を撮る前に、メリッサがつぶやいた。


「うん。思い出す」


 何が、とは言わずに通じ合うのがズッ友だ。


 愛美とメリッサはどちらからともなく、くすくすと笑った。


「高校卒業までよろしくね、相棒」


 メリッサが照れながら、カメラに向かってピースサインを力強く作った。

 愛美も満面の笑みを浮かべて、びしりとピースサインをカメラに向ける。


「ありがとうメリッサ。私、ちょっと泣きそう」


 夢にまで見たズッ友との再会。

 その夢が続きそうな楽しい未来に、愛美は胸に熱いものがこみ上げてきた。


 転校を何回もしてきた小学生、中学生の九年間は色々あったし、孤独になる学校もいくつかあった。そんな中で、短期間で仲良くなり、一生の友達だと胸を張って言えるのがメリッサだ。


 同じ高校に通えたらいいな。

 そんな妄想が現実となって、嬉しいやら驚きやらで、目頭が熱くなってくる。


 パシャ、とプリクラが二人の姿を撮影する。


 自動連射モードが次々に愛美とメリッサを撮影し、しばらくしてモニターが二人の写真を映し出した。


 モニターを見ると、メリッサが声を出して笑った。


「くしゃくしゃになってるじゃん」

「だってぇ〜」


 一枚目はいい感じの笑顔で決まっていたが、なんだか泣けてきたせいでコマ送りのように泣き顔へ変化している。最後の写真は涙を堪えるしかめっ面で鼻にシワが寄り、下唇を突き出している変顔になっていた。


「そういうメリッサだって泣いてるじゃん」


 愛美はハンカチで目頭を押さえながら言う。

 確かにメリッサの瞳にもうっすらと涙が浮かんでいた。


「……別に。泣いてなんかないし」


 メリッサは恥ずかしそうにツインテールを跳ね上げて、モニターを操作してお絵かきモードに切り替えた。


 愛美は貸して、とペンをメリッサから受け取り、最後の写真に『ズッ友!!!』と書いた。


 取り出し口から排出されたプリクラを手に入れると、愛美は透明なスマホケースの裏側にプリクラを入れて、にししと嬉しそうな笑みを浮かべるのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る