「信仰」の話
みことさま
田村さんの母親の実家がある中部地方のある村には『みことさま』と呼ばれる神様のようなものがいると伝えられている。田村さんは幼い頃、その『みことさま』を見た事があるそうだ。
小学校に上がるか上がらないかの夏、田村さんは母親と一緒におばあちゃんが住む母親の実家に里帰りをしていた。
ある日の夕方、おばあちゃんと散歩をしていた田村さんは、湖の真ん中あたりに青い人影のようなものを見つけた。その人影は、陽炎のようにゆらゆらしていた。
あれはなんなんだろう
幼いながらもその不思議な人影に目が離せなくなりぼんやり眺めていると
「ありぁ見ちゃいかん、心を持っていかれる」
おばあちゃんに言われると、強く手を引かれた。見てはいけないことなのはわかったが理由がわからない、幼い田村さんは家に帰るとおばあちゃんに聞いた。
「なんで見ちゃダメなの?あのあおい人ってだれ?」
「あれは『みことさま』や」
少し強張った顔で言うと、それから昔の話をしてくれた。
おばあちゃんの1番下の弟が、ちょうど当時の田村さんと同じくらいの年頃に湖の上にゆらゆら揺れる青い人を見つけたそうだ。
弟はその日、夜になるまでずっと湖でその青い人を見続けていた。
その次の日から弟はおかしくなった。
ずっと布団にくるまったまま寝たきりになり、たまに起きると外を眺めながら「『みことさま』がくるんじゃ」としか言わなくなった。
それから数年間寝たきりだったが、10歳の頃に亡くなった。死の間際、弟は「『みことさま』がきた…」と言っていたそうだ。
その話を聞いて怖くなった田村さんは、それから母親の実家に何度か里帰りしたが決して『みことさま』を見た湖に近付かないようにしていた。
大学生になり、久しぶりに夏休みに母親の実家を訪れた時の事だ。田舎道を散歩していると、ふと、子どもの頃の『みことさま』に出会った時の事を思い出した。
あの頃は怖くてそれ以上おばあちゃんには何も聞けなかったが、「もしかしたら『みことさま』についての伝承が残っているのでは」と思った。それで、どうせ暇だからと田村さんは、興味本位に『みことさま』について調べ始めた。
その頃、おばあちゃんは既に他界していたが、近所におばあちゃんと同じくらいの人が何人か存命だったので、まずはその人達に聞きに行くことにした。
ワシの叔父さんが見たってゆうとったなー
友達が連れてかれたことがあったなー
何人かの老人に『みことさま』を実際に見た話や『みことさま』を見た人の話を聞いていくうち、田村さんはある事に気が付いた。話す人話す人で『みことさま』の姿が違っている。『みことさま』の特徴に共通点がないのだ。
ある人が言う『みことさま』は白い大きなニョロニョロのようなもの、ある人の『みことさま』は3人の修験者、またある人の『みことさま』はもののけ姫のシシガミさまのようなものなど、その特徴がバラバラだったのだ。
何か理由はあるのかと考えながある家を訪れた。そこは村で1番の長寿のおばあちゃんの家、彼女は村の古い言い伝えを教えてくれた。
明治の頃に、『みことさま』に心を持っていかれた男がいた。その男は、白く美しい女性のような『みことさま』を湖で見かけたのだという。それから、いつか『みことさま』が自分を迎えに来ると言って、来る日も来る日も縁側で待ち続けていた。
しばらくしたある日、家人が家事をしていると縁側から大きな叫び声が聞こえる。慌てて縁側に向かうと、男が腰を抜かしながらも外を睨み、叫んでいた。
「誰だお前!誰なんだ!」
外を見るが誰もいない。家人は宥めていたが、男はずっと「来るな!こっちに来るな!」と叫び続けていた。しばらく騒いでいたが、男は突然気を失い、そのまま息を引き取った。
「本当に『みことさま』だったのかねぇ…」
話し終わるとそのおばあちゃんは一言そう呟いた。
結局、村で聞き込んだが『みことさま』が何者なのかはわからなかった。文献も残っていなかった。ただ、田村さんは『みことさま』は一つの存在ではないのかもしれない、そしてそれは決して村の守り神のような良い存在ではない、とも思ったそうだ。
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