自称天才、次なる目的地へ


 地下牢から出たジニア達は人通りの少ない廊下を通る。


「ねえネモフィラ、あいつ等に確認したかったことってさっきのことなの? あいつら、マクカゾワールの資料があったことも知らなかったってことだよね? クスリシ村を襲ったのはあいつ等じゃないってこと?」


「質問が多いよジニア。まあ僕も気になるけどさ」


 ヨーク達の意気消沈した様子も、興奮した様子も演技には見えなかった。

 つまり彼等の言葉に嘘はない。

 仮に演技だとしたら役者の才能があるので将来役者になるべきだろう。


「一つはっきりしたのは、奴等がクスリシ村の件について何も知らないってことだ。そのせいでクスリシ村の襲撃犯について考えることが増えちまった。最悪な結果だったぜ」


 クスリシ村襲撃事件についてネモフィラの頭では高速で推理が進んでいる。

 真相のヒントとなるのは事件に居合わせたイア・ワセータ、オルンチアドに所属するヨーク達の証言。そして現場の状況。基本的にジニアから聞いた話をよく思い出し、頭の中のパズルを組み合わせる。


 証言一。露出の多い服装の若い男女を見た。

 これはオルンチアドのメンバーだと推察される。


 証言二。いきなり魔族が現れ、殺された人間が魔族となった。

 これは不老薬の失敗作を飲まされた人間が魔族化したと推察される。


 魔族化現象を引き起こす魔族がジニアの現代におらず、ネモフィラの改変現代に存在するのは誰かが失敗作の薬を人間に飲ませたからだ。現象の仕組みは薬物の成分が関係している可能性が高い。


 証言三。俺達は何も知らない。

 オルンチアドのメンバーが犯人だとして、ヨーク達が知らないなら彼等は関わっていない。情報伝達が上手くいっていない、もしくは敢えて彼等に伝えなかったと推察される。


「ここから導き出される答えは一つ。おそらく、オルンチアドも一枚岩じゃない。誰よりも早くマクカゾワールの資料の存在に気付き、クスリシ村から入手して独占した裏切り者がオルンチアドにはいる」


「――見事な推理だ。若き女性よ」


 廊下を歩いていると三人の男女がジニア達の前で立ち止まった。

 中央に居る大柄で筋肉質な見るからに屈強な男性がネモフィラを見つめる。


「実は私も同じ推理をしていてね。詳しく調査する必要があると思ったのだよ」


 紫の長髪を掻き上げてそう告げる彼を見てヒガは驚愕した。


「す、スパイダーさん! それに一等兵のムホンさんに二等兵のセワシさんまで!? な、なぜこの第一支部にあなた方が!?」


「知ってるの?」

「えー、ムホンムホン!」


 ムホンという男が咳払いして注目を集める。


「我々は近頃物騒なカグツチの様子を見に来た、ダスティア第二支部の人間だ。隣にいるこの大きな男こそ第二支部支部長のスパイダー。俺は一等兵のムホン、そっちの女が二等兵のセワシだ」


 短い紫髪の男性がムホン。白い長髪の女性がセワシ。

 三人が着ているのは、背中に剣を掲げる人間の絵が描かれた茶色のコートだ。第一支部の制服である白いコートとは色が違う。


「お前達のことは第一支部支部長から聞いている。今回のオルンチアドとやらが起こした事件に関わった奇跡使いの二人だろう。名前はジニアとネモフィラ。魔族を容易く殺せる実力者とか、不老薬について知っているとか」


 既に知られているがジニアとネモフィラは一応軽く自己紹介しておく。

 聞いている間にムホンがまた咳き込んだ時、セワシが「蜂蜜です」と太いビンを渡す。蜂蜜入りのビンを受け取ったムホンは蓋を開け、甘い匂いの蜂蜜を一ビン飲み干した。

 自己紹介が終わった後にスパイダーが喋り出す。


「今回の一件、私達第二支部も無関係ではいられん。オルンチアドが人間を魔族に変え続けたら私達の国にも被害が出るだろう。いや、もう出ていたのかもしれん。そこでジニア、ネモフィラ、私達と共に不老薬の材料を取りに行かんかね? 運が良ければオルンチアドの人間も来ると思うのだよ」


 秘薬の材料探し途中のジニア達にとっては願ってもない話だ。

 材料は欲しいし、オルンチアドは一人でも多く捕まえて被害を減らしたい。


「……その材料ってのは?」


聖神泉せいじんせんに心当たりはない。狙いはマッドスネーク」


「丁度いい。オレ達も次はマッドスネークの抜け殻を探そうと思っていたんだ」


 聖神泉は童話に登場する場所なのでネモフィラも心当たりがない。せめて大まかな場所、どの町の近くにあるかくらい分かればいいのだが手掛かりは何もない。秘薬の材料探しで聖神泉は一番最後にしようとネモフィラも思っていた。


「ジニア、こいつ等と手を組んでもいいよな?」


「よく分かんないけどいいよ」


「分かれよ。重大なことだろ今の話」


「……ふっ、天才の頭には付いて来られないようだね」


「話に付いて来られないのはお前だけどな」


 残念だがジニアはネモフィラが推理し出したあたりから思考停止している。

 スパイダー達や自分の自己紹介の時は頭が働いていたが、それ以外の話はほとんど頭に入っていない。とりあえず、ネモフィラからマッドスネークの抜け殻を手に入れる旨だけ聞かされて理解した。


「ごめんジニア。僕も一緒に行きたいけど仕事が残っているから」


 ちゃんと話に付いて来ていたヒガが残念そうに告げる。


「仕事があるならしょうがないよ。縁があったらまた会おう」


「うん、きっと会えるよね。一度別れても再会出来たんだ。二度目の再会だってきっとある。そう信じていれば寂しくないや」


「そうそう、百度目の再会だってありえるよ」


 何回別れを繰り返すつもりだとネモフィラは言いたくなる。

 ヒガは最後にジニアと握手して、次の仕事をするために去って行った。



 * * *



 ダスティア第一支部を出たジニア達は次なる目的地、ノウミン村へと向かっている。

 村はカグツチの隣国ハニヤスに存在し、マッドスネークが年間で一番出没する。

 マッドスネークは殺人蛇とも呼ばれ、見つけたら兵士かダスティアに報告するのが一般的だ。


 既に国境地点にある関所を越えており、ノウミン村までは数日で到着出来る。

 スムーズに関所を越えられたのは同行者であるスパイダー、ムホン、セワシのおかげだ。通行証がなければ関所を通ることは出来ず、発行までに一日は掛かってしまう。それに加えてジニアとネモフィラは本来この時代に存在していないため、住所もなければ身分証明書もない。通行証の発行手続きに三日以上は足止めされてしまう。

 既に所持しているスパイダー達が共にいなければ相当苦労したはずだ。


「……止まれ」


 先頭を歩いていたスパイダーが険しい顔をして立ち止まる。

 周囲に魔族の気配はない。何事かとジニア達も止まり周囲を警戒する。

 警戒したはいいが十秒経っても一分経っても何も起きない。


「スパイダー、もしや」

「スパイダー様、例のアレでありますか?」


「ああ。私の前方に……いる」


 察せていないジニアとネモフィラは前方を注意深く観察した。

 立ち止まらなければいけないものは見当たらない。魔族や猛獣の影も形もなく、危険な食人植物などもない。安心安全な林道であり、人が通りやすいよう整備もされている。


「すまないなジニア、ネモフィラ。すぐ終わらせる。頼むぞセワシ」


「了解でありますムホン様」


 白い長髪の女性セワシが地面を見下ろし、何かを探し始めた。

 数秒で目的のものを見つけたらしい彼女は手で拾い上げ、近くの木の下に移動させる。気になったジニアとネモフィラは彼女の後ろから覗くと、小さな蜘蛛がゆっくり歩いているのが見えた。


「「……蜘蛛?」」


「ムホンムホン! 二人に説明しよう。スパイダーは蜘蛛が大の苦手なんだ。目にしただけで動けなくなってしまう程にな」


「「い、意外だ」」


 障害となる小さな蜘蛛がいなくなったのでジニア達は再び歩き出す。

 偶然蜘蛛を見つけては止まって逃がすのを繰り返し、しばらくして本日何度目か分からない制止の命令が出される。


「止まれ」


「何? また蜘蛛?」


 ジニアの疑問に答えるためかスパイダーが振り向く。


「いや、今日はここで野営しよう。川が近くにあるし、食料に困ることもなさそうだ。先程から獣が尾行していたことだし晩飯になってもらおうではないか」


 スパイダーの言う通り傍に川が流れているし、大きな猪の群れが一時間近く尾行していた。野営に賛成して全員頷くと、大きな猪の群れへと駆けて一人一頭を目標に戦う。


 魔術の使えるジニアと、魔道具を再現した魔導兵器を所持するネモフィラにとって猪狩リは楽なもの。ついでに弓使いのセワシも遠距離攻撃出来るので仕留めるのは容易い。剣士である二人は少し苦労するかと思いきや、スパイダーは猪の突進を受け止めて地面に投げつけ、ムホンはすれ違い様に斬り伏せて十秒程度で仕留め終わった。


 夕飯のために捕った猪はセワシが短剣で捌き、ネモフィラと共に猪鍋を作る。

 セワシは弓兵としての実力も確かだが、主な役割は料理など旅のサポート。料理人のプロと遜色ない腕前なので、町の料理店で食べる味と変わらない料理を作れる。


 美味な料理を食べられて満足なジニア達は川で水浴びしたり、テントの設営をしたりした後に自由な時間を過ごす。

 女性用テントで寛いでいたジニアはあることに気付いた。


「……あれ、セワシさんは?」


 本来テント内に居るはずのセワシの姿がなかった。


「周囲の警戒で外に居てくれてんじゃねえのか?」


「そんなこと言ってたっけ? まあいいや、おやすみ」


「何だお前。……ったく、寝るなら毛布くらいかけろっての」


 寝る前の挨拶をしてから数秒で寝息を立てるジニアにネモフィラは呆れる。

 傍にあった毛布を雑に投げてかけたネモフィラも、旅の疲れで次第と瞼が重くなりジニアの隣で寝てしまった。

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