第8話【時刻】
森の中で俺はコボルトの後頭部から突き刺さったバールの柄を引っこ抜くと辺りを見回した。森の中は静かである。空気が清々しいが、俺の周りはコボルトの鮮血で赤く染まっていた。それに複数の死体が転がっている。生臭いし、殺伐とした風景である。
それに俺もコボルトたちからの返り血で赤く染まりきっていた。ジャージがベトベトだ。薄暗い景色のせいもあってか、まるでホラー映画の怪人である。
俺はバールを縦に振るってこびり着いた血を飛ばす。だが、この程度では綺麗にならないほど返り血を浴びていた。流石に短時間で20数匹のコボルトを撲殺したのだから仕方あるまい。
たぶん殺戮に費やした時間は2時間ぐらいだろう。まあ、そのお陰で森は随分と静かになっていた。おそらくこの森に住み着いていたコボルトはほぼほぼ全部討伐しただろう。打ち逃したコボルトも居るかも知れないが、そのような奴らは森から逃げ去ったに違いない。
俺だって逃げ出すだろう。バールを振り翳したスケルトンが昼間っから全力で追ってくるのならばホラーである。ちびっても仕方がない。
そして、戦闘は俺の圧倒的な勝利で終わったのだ。パワーとスピード、それに無限のスタミナを有する俺様スケルトンにはコボルト程度では太刀打ちできなかったのである。しかも逃げるのも不可能。俺は疲れないので逃げても何処までも何時までも追えるのだ。
まあ、そんなこんなで俺は西の森からコボルトたちをすべて撃退した。森のあちらこちらにコボルトの遺体が散らばっている。おそらく20匹以上は撲殺しただろう。これでクエストも完了しているはずだ。そう考えながら俺は森を出て行った。そして、森の外で待っていたチルチルに手を振って骨々しく愛想を振り撒く。
「御主人様、お疲れ様でした」
深々と頭を下げるチルチルが両手を差し出す。手持ちのバールを渡せと言っているのだろう。
でも、バールは血み泥だけどいいのかな?
「出来ればお召し物もお脱ぎくださいませ。直ぐに洗濯してまいります」
なるほど、洗ってくれるのか。ならば脱ごう。どうせ全裸になっても骨でしかないのだから問題はないはず。猥褻物陳列罪で捕まることもなかろうて。それに見られて恥ずかしい粗末な物も消えていて見えないのだから問題無い。
それから俺は血塗れのジャージを脱いでバールと一緒にチルチルに手渡した。なんか誰の目も気にしないで全裸になれるのは清々しい。ちょっと癖になりそうだ。
俺はジャージをチルチルに手渡す前にポケットからスマホを取り出した。これが何かも分からないチルチルが一緒に洗濯をしたら大変だからな。
そして、俺から洗濯物を受け取ったチルチルが近くの小川で洗濯を始める。この世界に洗濯機なんて無いからやはり手洗いのようだ。しかもチルチルは洗剤すらもっていない。故にただの揉み洗いでジャージを洗っている。
そのようなチルチルの様子を眺めながら俺は骨手の中にあるスマホの画面を見た。時刻は午後1時だ。俺がこの世界に入って12時間ぐらいが過ぎたのかな。ならば向こうでは真夜中のはずだ。向こうとこちらの時間は昼夜逆転している。何せ俺の家にウロボロスの書物が送られてきたのが昼の12時前だったのだが、時空の扉をくぐった際にはこちらは真夜中だったからな。
突然ながら亡くなったはずの祖父から送られてきた謎の書物。それに導かれてやって来た異世界。スケルトンに変身してスケルトンと戦い、獣耳メイドと出会い、今度はコボルトたちとも戦った。
それがなんだか面白かった。戦いが面白かったのか、異世界が新鮮だったのか分からないが、とにかく面白かった。癖になりそうである。
そうだ。クエストブックから報酬を貰わなければ。確か攻撃魔法だったはず。
【クエスト002・完了】
コボルト10匹を討伐しろ。
成功報酬、『攻撃魔法・ダークネスショット』。
クエスト成功、貴方は報酬を獲得しました。
よし、攻撃魔法をゲットだぜ。でも、どうやって使うのだろう。
俺が考え込んでいると骨手の中に黒い煙が湧き上る。なんだこれはと見つめていると、黒い煙が収縮して鏃のような弾丸に変化した。
俺はこれを飛ばせるのかなっと考えながら掌底を前方に向ける。すると無音のままに鏃が速い速度で発射された。その速度はえらく速い。
どうやらこれがダークネスショットと言う攻撃魔法らしい。
俺は再び片手を前に突き出す。そして、心の中でダークネスショットと念ずると掌内に煙が吹き上がり弾丸と変わる。更に発射と念ずると弾丸が発射された。
よし、発射の手順は分かった。では、威力と射程距離なんだが――。
そんなわけでチルチルが洗濯に励んでいる間にダークネスショットの研究に励む俺。
そして、しばらくして攻撃魔法ダークネスショットの解析が終わる。
ダークネスショットは煙から弾丸に整形するまでに1秒ほど時間が掛かる。故にマシンガンのようには連射が不可能。だが、弾丸が整形してからしばらくは掌内でキープ出来る。発射のキャンセルも可能だった。
射程距離は20メートルほど。射程距離を過ぎると弾丸が煙にっ変わって消えてしまう。
速度は100キロは超えていると思う。スピードガンで計ったわけではないので良くわからん。
威力は弓矢よりはありそうだ。手頃な大木に撃ち込んでみたら直径1センチぐらいの穴が開いた。深さも5センチほどあったから、人ならば一撃で重症には追い込めるだろう。当たりどころが悪ければ即死も免れまい。もしかしたら人体程度は貫通も可能なのかも知れない。
これはなかなかの戦力である。飛び道具万歳だ。
さてと――。川辺の方を見たが、まだチルチルは洗濯に励んでいる。なかなかジャージにこびり着いた血が落ちないのかな。まあ、洗剤もないのだから仕方あるまい。
再び俺は骨手の中のスマホを見た。午前1:07。
ふと、冷静になる。
明日は、どうしよう――。
今日は日曜日で会社が休みだったからアパートでダラダラしていたのだ。だから昼から異世界で一日遊び呆けられた。
しかし、朝が来たらまた仕事が始まる。いくら異世界に遊びにこれても仕事はしないとならない。それが現実だ。働かなければお金が貰えない。ご飯も食べれない。アパートの家賃だって払えなくなってしまう。
俺は流れる雲を眺めながら、そんなことを考えていた。そして思い付く。
このままこちら側の世界で暮らしていこうかな――。
そうである。俺はこちら側の世界ではスケルトンなのだ。お腹も減らなければ眠気もない。だからご飯も要らないし寝床も要らない。このまま自由気ままに生きていけるのではないだろうか。それに村長さんから報酬で貰える金の指輪を現実世界で売りさばけばお金だってどうにでもなりそうだ。そう考えていた
そんな俺の視界に洗濯に励む小さな背中が映り込む。チルチルは一生懸命洗濯に励んでいた。こびりついた返り血がなかなか落ちないのかゴシゴシと力強くジャージを洗っていた。その姿が健気に映る。
ああ、そうだ。俺は一人じゃあないんだ。彼女が居たっけな。あんなに小さな子供を放置もできない。なんの因果が分からないけれど、授かった以上は最低限立派な大人になるまでは育ててやらねばならないだろう。それが成人した大人としての責任でもある。
ならば、しばらくは会社に努めながら夜は異世界で冒険をする生活でも仕方ないだろう。幸いスケルトンならば寝ないでも済むはずだ。会社も遊びも連チャンで頑張れるはず。そんな二重生活も悪くないかも知れない。
よし、それで頑張ろう!
そう俺は決意すると時空の扉を出した。それから洗濯をしているチルチルにちょっとアパートに戻るとジェスチャーを送ると四畳半に帰った。
あれ?
俺は窓の外の明るさを見て首を傾げる。もう深夜のはずなのに外が明るいのだ。アパートの前を走る車の音もハッキリと聞こえてくる。子供たちがはしゃぐ声も聞こえて来ていた。まだ外は昼なのだ。
俺は再び手の中のスマホで時間を確認した。するとスマホの時計は日曜日13:09と表示されている。
あれれ、さっきまでと時刻が違う。どういうこと?
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