第13話 その心を蝕む

「今日はありがとう」


「えと、こっちこそありがとう」


 私が言うと、彼女は微笑んだ。玄関の扉を開けると、ウァサゴが立っていた。ちょうど、迎えに来たところらしい。


「……楽しかったですか?」


「うーん、それなりに……かな」


「そうですか」


 ウァサゴは少しばかり微笑んでそう言った。彼女の表情は、安堵しているようにも見えた。


◆◆


 結羽たちを見送ったアスモデウスが家の中へ戻ろうとすると、近くの木にカラスが止まった。ただのカラスではなく、翼が4つ生えたカラスだった。


 そのカラスは、ひと鳴きして飛び立っていった。


「あら、ちゃった」


 アスモデウスは顎に人差し指をあて、考えるようにしてから、ほんの少し口角を上げた。


「ふふ、ちょうどいいわ。お話しーちゃお」


◆◆


 アスモデウスはある館についた。煌びやかな装飾が施された、華美な館。


 彼女はそこに入り、広い廊下を進んでいく。ある扉の前で止まり、中に入ってベッドの上に座っている男性の上に座った。


「ねーえ、魔界こっちに人間が来たの、知ってる?」


 彼女が話しかけても、男性は何も返さない。ゆっくりと上を向き、彼の金色の瞳にアスモデウスの微笑みが映る。


「……七大悪魔俺たちなら気づくだろ」


「そうね、そうよね。それでね、私その子気に入っちゃったの。だから、いる派閥変えちゃった♡」


「あっそ。なんでもいいから早く風呂入ってこいよ」


 男性に言われ、アスモデウスは頬を膨らませながらも、立ち上がって部屋から出ていった。


 男性は背にもたれ掛かり、空を仰ぐ。


「あいつが気に入る人間、ね」


◆◆


「うーん……」


 私は今、部屋でこの前もらった腕輪をじーっと見ている。


「そんなに見て、どうかしたんですか?」


 そんな様子が気になったのか、ウァサゴが話しかけてきた。


「いや、これどうやって使えばいいのかなって」


 ウァサゴはなるほどと言って立ち上がり、私の真横に座った。


「使うには、魔力の流れを感じ取らなければいけないんです。一旦、外に出ましょうか」


 そういうわけで、庭に出た。


「魔力の流れって?」


「その名の通りです。魔力を込めると、内から何かが流れている感覚がします。一度、腕輪に力を込めてみてください」


 いきなり言われても、よくわからない。とりあえず、目を閉じて左腕を前に伸ばし、手首につけた腕輪を意識する。


 すると、体の内を何かが流れている感覚がした。それは意識している通り、腕輪の方へ行くけど、行くのはほんの少しの流れ。

 ほとんどの流れは別の方向へ行ってしまう。


「……光りはしましたね」


「光ったんだ」


 目を閉じていたからわかんなかった。


「やってみて、なにか感じましたか?」


「なんかが体内を流れてる、みたいな? でも、腕輪の方に行ったのはほんのちょっとだった」


「もう少し、練習が必要そうですね」


 練習、私はそういうものが苦手だ。昔から三日坊主で、すぐにやめてしまう。


「とりあえず、何かを出したり、防衛術は後回しです。魔力の流れを操れるようにしましょう」


「はーい」


 それからは、本を読むことに加え、魔力の流れを操る特訓が始まった。

 基本的にウァサゴが教えてくれていたが、たまにレラジェやルシファーが見てくれた。


 アスモデウスはというと、来るには来るけど、ただ眺めているだけ。暇なんだろうなと思いながら練習している。


「っはあ、疲れた……」


 意外と集中力がいるからか、終わったあとは盛大に疲れる。これを続けるのはかなりしんどいけど、私にしては続いている方だ。褒めてあげたいくらい。


 今のところ、フェネクスのように襲ってくる悪魔はおらず、ひとまずは安心している。


「ねえ」


「どうかしたか?」


 私は練習を見てくれていたルシファーに話しかける。


「なんでフェネクスは私が魔界にいるってわかったの?」


「恐らく、七大悪魔のうちの誰かが勘づき、過激派に教えたのだろう」


「え、誰が……?」


 ルシファーは絶対にない。この性格でそれが出来るはずもない。なら、アスモデウスか。それも違いそうだ。彼女は意味のわからない性格をしてはいるが、そのようなことをしそうな悪魔ヒトではない。


「……暴食の魔王ベルゼブブだ」


 ベルゼブブ、名前だけなら聞いたことがある。どんな悪魔かは知らないけど。


「確かに、彼女も過激派ですからね……。それも、人間を一番嫌っている」


 私はその話を呆然と聞くことしかできない。


「お前が気にするようなことでもない。ただ、今は自分のことだけを気にかけろ」


「うん……」


 ––––私は、迷惑になっていないだろうか。足でまといになってはいないだろうか。こんな奴いなければと、思われてはいないだろうか。


 そんな考えが、私をむしばんでいく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る