;美しく笑う人
あの事件から、今日で五日。
サイさんが城を発ってからは、四日が過ぎた。
隣町を治める領主様と上様で、親睦を深める会合が開かれるとのこと。
それにサイさんや松吉さんら付き人が同行し、行きと帰りを含めて七日間の留守が予定されているそうだ。
詳しくは知らないんですけど、と女中さん達が内緒で教えてくれた。
行きと帰りで、最低七日。
サイさんとまた会えるまで、どんなに軽く見積もっても、あと三日はかかるということ。
「どうしてるかしら」
近頃のサイさんは、わたしと殆ど口を利いてくれなくなった。
思い返せば、事件のあった帰り道から、ずっとだ。
"───何事もなく済んだから
"ごめんなさい"。
"仮にも御身は姫君なのですよ?いつまでも田舎娘の気分でおられては────"。
"もう
"……戻られましたか。二人は?"。
"始末のため残った。
我々は一度引き上げ、姫様を送り届けたのち、再び合流する"。
"そもそも、貴方以外はとんだ
尻拭いも楽じゃあないですよ"。
"責めは私が受ける。
一切を玉月の手落ちと報告すればいい"。
"言われずとも、そうさせてもらいます"。
居なくなったわたしを連れ戻すため、
現場の事後処理に隠蔽工作に、骨身を削らされたこと。
無駄な仕事を増やされて、護衛の方々は大層ご立腹だった。
サイさんは終始わたしを庇い立て、騒ぎにならないよう尽くしてくれた。
おかげで、わたしの素性や事件のあらましについて、広くは露見しなかった。
一応は、何事もなかった
一人の男が死んで、わたし達の
"───サイさん"。
"なんでしょう"。
"……顔色、良くないです"。
"そうですか?いつも通りですよ"。
話しかければ返してくれる。
でも、心ここにあらずというか、中身がないというか。
その場しのぎの生返事や、形式ばった受け答えばかり。
わたしとの接触を避けているらしい。
一緒にいる間も、遠くを眺めたり俯いたりして、隙を見せてくれない。
茶屋で交わした軽口や笑顔も、久しく見ていない。
打ち解けられたかと、喜んでいた矢先で、こんな。
縮まったと感じた距離も、出会った当初に戻ってしまった。
いや、当初以上に深い溝が生まれてしまったかもしれない。
"───きさ、ま……"。
知人を葬ったり弔ったりした経験は、何度かある。
里には寺院も火葬場もなかったので、お坊様にお越し頂いた後は、自分たちでご遺体を埋葬するしかなかった。
野辺の送り、というやつだ。
ただし、絶命の瞬間を目の当たりにしたことはない。
人であれ獣であれ、生き物の殺生に立ち会う機会など、滅多に巡ってくるものではない。
ましてや、斬って斬られる場面など、世人は想像もしないだろう。
少なくとも、わたしはそうだった。
"───じご、く……"。
気を抜くたび押し寄せる。
もがき苦しむ姿、往生際の唸り声。
生ぬるい空気、鼻をつく刺激臭。
溢れて集まって広がった、真っ赤な血溜まり。
記憶の波。男の最期。
つい昨日のように、脳裏に焼き付いて離れない。
"ごめんなさい、姫様"。
優しくて温かくて、強くて賢くて、実直なのに素直じゃなくて、いつもわたしを気にかけてくれる。
わたしの大好きなサイさんが、わたしの知らないサイさんだった。
"私は、こういう人間なんです"。
こわい、と思ってしまった。
腰に携えているものの正体を、分かっていたくせに。
刀とは、斬るためのものだ。命を奪い、殺す道具だ。
気付かないわけなかった。考えたくないだけだった。
あんなに美しく笑う人が、誰かに向かって刃を振り下ろす時があるとは、信じたくなかったんだ。
「冷えてきたな」
もし、抜け出していなければ。
言い付けを守っていれば、店で大人しくしていれば。
サイさんと男が言い争うところに鉢合わせてさえいなければ、防げたことだったんだろうか。
直接でなくとも、自分が他者の生き死にに関わっているかもしれない。
こわいと思う気持ちの中には、自分自身への恐怖や不信も含まれている。
「サイさん」
ねえ、サイさん。会いたいです。
あなたに会って話したいことが、謝りたいことが、たくさんあるんです。
傷付いているのは、苦しんでいるのはきっと、わたしだけじゃないはずです。
あなたは今、なにを思っていますか。
『
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