ロッククライミングしてみよう 1
人の命を守る仕事に憧れて騎士団に入った。
盗賊に故郷の村が襲われたとき、騎士に助けられたことがきっかけだった。田畑が焼かれて首輪をはめられ、奴隷になりそうになったギリギリのところで救われた。ほんと、白馬の王子様っているんだなって思った。王子様っていうにはちょっとイカつかったけどさ。
私も傷ついた誰かを救えたなら、自分の人生はきっと楽しいし満足できるって思った。
……今にして考えれば、それは本当にラッキーにすぎなかった。
そうはならなかったことの方が本当に多いと、自分も騎士になって身に染みて理解した。
盗賊に襲われた平民の救出なんて失敗の方が多いし、それだけじゃない。命を守ることが職務となることも一つのラッキーだ。戦争に駆り出されて、縁もなければ恨みもない相手と殺し合いをすることの方が遥かに多いのだから。
特に、戦争が一番激しかった十年前はひどいもんだった。うんざりするような仕事ばかりだった。無茶苦茶な上官の命令で死にそうになったこともあるし、まともな上官の下でも敵が強すぎたり運が悪くて死にそうになったことは何度もあった。
で、夢も憧れもすり切れた頃に戦争が終わった。
貴族や政治家たちが和睦の条件を整えて、あっという間に戦闘が停止された。
つまり、仕事がなくなった。
別方面の国との戦争もあったし、国境の警備とか盗賊退治を専門にする部隊もあったから、完全に暇になったってわけじゃない。あたしはそれなりに戦果や実績を上げていたから、子供の頃の夢を叶えられるような部署に転属を願い出ることもできた。
だけど、なんか嫌気がさして除隊した。
傷つけられるのが嫌で、自分も他人もそうなってほしくなくて必至に戦ったけど、本末転倒になることがたくさんあるんだって今更気付いた。誰かを助けるために戦ってたはずなのに、誰かを傷つけることに麻痺してることに気付いた。
その後は王都でなんとなく冒険者を始めた。
冒険者はいい仕事だ。魔物退治の仕事は危険だが、騎士団での経験は存分に活かせる。魔物はこっちに容赦してくれないが、こっちだって同族と戦うよりはよっぽど気が楽だ。
どこぞの商家のおばあちゃんやおじいちゃんがお金をためて、「人生で一度くらい、山に巡礼をしたい」と頼み込んでくれる。命を張る甲斐がある。
まあ、命の危機を感じるほど厳しい山や強い魔物に出会ったこともないけど。
王都周辺はサイクロプス峠以外、総じて難易度が低い。
そんな仕事を三年ほど続けて、ようやく戦争での鬱屈した気持ちが晴れてきた。冒険者仲間も増えた。バカだけど、いいやつらだ。ずっとこの仕事を続けられたらと思う。
でも最近、どうやらあたしはつまんない顔をしてることが多いらしい。フェルドからもしきりに心配されている。あたしは満足してるって言ってるのに。
「俺はともかく、お前が落ち着いて余生を送るのは早い。もう一度、夢を追いかけたっていいんじゃないのか」
そんなことを訳知り顔で言ってきて、一度ケンカになった。
ちょっと気まずい空気が流れてたところに、一人の若い女がやってきた。
しかも、無殺生攻略をしたいときたもんだ。
山や魔物をナメた小娘が、夢物語を語っているのだと思った。
どうしても行くというなら、二度と危ないことを言い出さないよう恐ろしさを思い知ってもらうのも冒険者の仕事だ。
思い知ったのは、あたしの方だった。
◆
「一度、テストで登って、落下もしてみて。ウェブビレイヤーはあなたが落ちていくのを自動的に感じ取って糸を出してくれるけど、自分が念じて出す方が確実」
「低い場所だからって油断しない。普通のロープだったら伸びきる前に地面に叩きつけられてケガするリスクが高い。20センチの段差でも人は死ぬ。ウェブビレイヤーはちゃんと落下を防いでくれるけど、万が一ってことは常にあるから」
「壁を踏むとき、土踏まずとか足の裏全体を使わないこと。つま先。もしくは、かかと。面じゃなくて点で立つことを意識して」
「腕の力だけで登らないで。あなたは鍛えてる分それができちゃうけど、疲労したら動けなくなる。下半身の力で体を持ち上げる」
「聖地だから落石の危険は少ない。けど例外とか事故とかはいつだって起きる。私が『ラーク!』って叫んだら落石の合図。頭上に注意して」
落下したときの対処。
登るときの足のつま先から手の指先に至るまでの動かし方。
合図の出し方。
逐一動かし方を説明する。
バカみたいに丁寧だけど、それは一つ一つが命に関わるからだ。
登る練習や、落ちたときの対処などのシミュレーションを数回繰り返すと、オコジョは「本番に進もう」と言った。
どうやらあたしの技量は向こうにとってそれなりに満足できるものだったようだ。
「ニッコウキスゲ。何の心配もない。そこらの初級者より遥かに上手い」
「騎士と冒険者やってるのに才能ないって言われたら、恥ずかしくてカンバン降ろすしかないよ」
「問題は、あなたがこんなの無理じゃないかって心のどこかで思ってること」
「……悪い?」
それは、その通りだ。
壁を登るなんて方法で聖地を無殺生攻略した人間なんて聞いたことがない。
「無殺生攻略って、基本的に大魔法使いや一種の英雄の領分なんだよ。催眠魔法で魔物を眠らせる【眠り】のゲハイムとか、魔物除けの霊薬を調合する錬金術師【畏怖】のカルハインとか」
「うん」
「あんたは……そういう人間じゃないね。やろうとしてることも違う」
「だから信じられない?」
「あんたが信じられないわけじゃない。あんたと同じことをやれば、あたしでも無殺生攻略できるってのが……感覚として納得できない」
「でも、やってみればわかる。面白い」
その言葉に、私は虚を突かれた気持ちだった。
何をなすべきか、どう戦うべきか、ずっとそういう気持ちで冒険者を続けてきた。
でも騎士になったときも、冒険者になったときも、期待していたような気がする。
楽しいとか、面白いとか、そういう気持ちを。
「……あんたには色々と反論したいことが山ほどあるよ。でもしないことがルールだったね」
「そういうこと」
「いろんなツッコミを棚上げしてでもこれだけは言っておく。……正直、めちゃくちゃ面白いね」
私の言葉に、オコジョが笑った。
普段は妙に表情が乏しい割に、こういうときは眩しいくらいに笑うやつだ。
「難しいところをクリアすれば、もっと面白い」
「壁のぼりじゃない、あんた自身の話だよ」
「誉め言葉として受け取っておく。……それじゃ、本番前に装備確認」
「わかったよ」
「ヘルメットよいか。ヨシ! ウェブビレイヤーよいか。ヨシ!」
「それいちいち言うの? 騎士団の作戦行動より入念だね……」
「いちいち言わなきゃダメ。指で指して言葉にする。あなたは私の装備を確認して」
「わかったわかった。従う」
面倒くさい確認が済んだあたりで、オコジョはつま先がやたらキツい変な靴で岩の小さなとっかかりを踏みしめ、登り始めた。
「登攀開始します」
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