第11話『夜に駆ける』


「ああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!」


 落ちている!!

 落ちている!!!

 俺は今落ちていますっ!!!!!

 頂上ではないとは言え、飛び降りたのはかなりの高さに他ならない。

 地面までの猶予はある。が、でも、でもね。

 あの……、でもさ。


「これって死ぬんじゃないんですかねぇぇぇぇぇ!!!!!?」


「おおげさだなぁ……」


 転瞬。

 落下が徐々にその速度を落としはじめ、やがて空中でバウンドした。

 そして。


「おわあああああああああああっ!!!?」


 地面を駆けるかの如く、仁はさも当然のように、先ほど轟音が上がった方向に進み始めた。

 何だこれ。なんなんだこれ。

 風を切る音が鼓膜を震わし、周りの風景が次から次へと変わってゆく。

 明かりが灯っていない高層ビル群の中をかき分け、その中で明滅する航空障害灯を横目に視線を前方に移すと、目標地点である場所は高速で近づいてくる。

 空中歩行の式神……!?

 天(てん)という名前から察するに、空中歩行を可能にするに関する事象制御であることは間違いない。


「これって……、何、なんだ……!!!?」


「あー、? ……に言うとクーロン力、かなぁ……」


「…………!!」


 風の音の中聞こえてきた「クーロン力」という単語。

 となると、『斥力せきりょく』か……!!!


 予測の域をでないが、この現象は『電磁波』を媒介としているのは間違いない。

 電気と磁気、どちらで事象を成立させているのかは分かりかねるが、要するに『反発する力』によって浮いている。それに引力を加えて演算しているんだろう。

 +極と+極の磁石を近づけると反発するが如く、何らかの方法で地面と自分自身の電荷を調整している。


「いや、だとしても……」


 事象操作範囲が広すぎないか……!?

 俺らは地表から数十メートル離れた空中を移動している。

 だとすると……、この『黛仁』という陰陽師は。

 ―――――大体半径三十メートル以内の範囲で、事象を制御できることになる。


「…………!」


 分からないことはまだある。

 前へ進むための推進力と、……謎の足場!!

 何で空中で走ることができるんだよ……?

 何かが物質化してるのか?


「はい、到着」


「……うわあああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」


 しかし、気付いたときにはもう目の前に迫る目的地。

 と同時に急降下を始める仁。

 ズザアァと言う着地音と共に戻ってくる重力。


「はぁ……はぁ……」


「大丈夫だった?」


「いや、全然……」


 気持ちの準備も何もできていなかった。

 今、分かった。

 この黛仁という男は、もう強引とか言うレベルじゃない。

 多分アレだ。

 体が先に動くタイプだ。

 説明とか一切しないもんな……。


「……じゃあ、やりますか」


「……は?」


 砂煙が晴れる。

 すると、眼前に現れたのは、5、6階建てのビルくらいはある異形の姿。

 軟体生物のような見た目をしていて、数本の触手があるのが確認できる。

 そして、それに相対しているは、夜に紛れる黒の狩衣姿の陰陽師達。

 ―――――正規隊員。

 目算で数人確認できることから、部隊単位で悪霊の修祓を行っているんだろう。



 その正規隊員達が、全員



 ヒュッと喉の奥で変な音が鳴る。

 まぁ、そりゃそうだ。

 俺らは今、この状況に置ける異分子。


「……どっ、どうすんだよ、仁」


「どうするって……、そりゃ『祓う』だろ」


 ほんの一瞬の間隙。

 瞬き一回分の時間しかなかったように思う。


「……は?」


 先ほどまで姿があった所から、仁は姿を消していた。

 そして、巻き起こる異変。

 それは眼前の悪霊からだった。

 悪霊はビルにもたれかかるように、大きく体勢を崩す。

 ―――――仁は、その最中さなかにいた。


「菴輔□縺薙l繧√■繧¥縺。繧>縺ヲ§繧縺!!!!!!!」


 声にならない咆哮。

 よく見てみると、悪霊の触手が何本か切断され形状崩壊、既に中空へと霧散している。

 悪霊は突如として眼前に現れた「狐」を排除対象に切り替えたのか、触手を縦横無尽に動かし、波状に仁を追い詰める。

 しかし。

 それも空しく、すさまじい速度で迫る触手は宙をきるのみ。


「なかなか速いな」


 残像を残すほどの触手の網の目をかいくぐり、悪霊に肉迫する仁。

 そして―――――くうを切る健脚が悪霊を捉える。


「っ!!!」


 それに伴う衝撃波。

 俺を含めた正規隊員達が突如として巻き起こった風圧に耐える。

 砂煙やら何やらで詳細は見えなかったが、それでも視界の端で捉えたのは、悪霊にトドメの一撃を食らわす仁の姿だった。


 ―――――ただの右ストレート。

 大振りされた右腕の一閃。

 式神が絡む陰陽術ではない。

 ただ、圧殺するかのように、上空からの一撃だった。


「よし、次」


 悪霊は完全に形状崩壊し、砂塵と共に微光を乱反射する粒子が周囲に広がる。

 それは……とても幻想的な光景だったけど。

 それも束の間。


「……おい、何者だ?」


 それもそのはず、俺らは言わば戦場に突如現れた来訪者に他ならない。

 正規隊員達は皆一様に、各々の式神を構え、仁と相対していた。


「……そうだな、名前か」


 予期せぬ質問に、仁は頭を掻きながら、何やら考え込む仕草。

 そして、ため息交じりに「まぁ、適当でいいか」と呟いた。


「……俺は『狐』。以後ご贔屓ひいきに」


 視界が反転する。

 体験するのはこれで今日これで二度目。


「って、またかよ!!!!!」


 俺はまた仁に首根っこを掴まれ、上空へと連れ去られていた。


「あと、数カ所回るよ」


「いや、俺がいる意味あるぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅううう!!?」


 この後仁は宣言通り、正規隊員が戦闘中の所に乱入し、悪霊を祓い、離脱。

 ということを複数回繰り返した。

 一瞬のことで分からなかったけど、途中で何か京香のような姿が見えたような気がする。

 あくまでも気がするだけ。

 本当に一瞬のことだったから。



 ***


「はぁ……はぁ……」


「まぁ、こんなところかなぁ」


 街中を悠々と飛び回り、そこそこの悪霊と退治したはずの仁は、呼吸一つ乱れていない。

 お面してるのに、苦しさとか感じないのだろうか。


「一体何がしたかったんだよ……」


 俺らは再び、新都タワーに戻ってきていた。

 やることは終えた、と何やら満足げな表情を浮かべている仁。

 相も変わらず詳しい説明も何もないまま、俺はただ連れ回された。


撒餌まきえは撒いた。……天、どうだった?」


《結果から言うと、八人、「宮本新太」という言葉を発していた》


「身体的特徴は?」


《色の違う狩衣を着ていた》


「なるほどな。……なぁ、新太。色の違う狩衣って何か意味あるのか?」


「……? 部隊長か学生……かな」


「ほうほう」


 仁は意味ありげに腕を組み、何やら考える仕草をする。

 すると何か思いついたのか、お面のままこちらに向き直った。


「新太」


「何?」


「……お前って、何か過去にやらかしたのか?」


「えぇ……、身に覚えが……ないんだけど」


「何で?」と仁に聞き返すと、そこでようやく仁は狐の面を取った。


「今俺らは陰陽師達の前で派手に暴れた。

 異分子である『俺』のことは多分その……清桜会?とやらの上層部に報告がいき、明日には隊員に通達がいくと思う」


『悪霊と闘っていた陰陽師達は皆、仁に注目していた。しかし、中には仁ではなく『新太』、君に注目している者もいた』


「……!」


《仁だけでなく、『新太』のことを通信技術で何者かに伝令している者五人。

『宮本新太』と呟いた者二人。

 後の一人は何やらものすごい形相で新太を見て驚愕していた。女子おなごだった》


 多分、最後のは京香だな……。

 明日学校で会ったら色々と面倒なことになるのが、今からでも分かった。


「まぁ、最後のは知り合いだろ? 問題はそれ以外だ」


「それ以外……」


「部隊長から上。あくまでも予測の域はでないが、90パーくらいの確立。……新太、お前」


「……」




「清桜会の上層部に、名前とツラ、割れてるぞ」


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