第10話『夜、新都、高層にて』



[南区冷泉れいぜん 新都タワー12F外階段 19:14]




 日は既に落ち、上空は完全に夜の漆黒に染まっていた。

 

 新都タワー。

 新都を代表する建造物の一つで、高さは150メートル。

 名前から察するとおり、東京タワーの作りを踏襲され建築された本建物は、広大な新都を一望できる展望テラスなどがあり、今ぐらいの時間であれば多くの観光客やらが夜景を見に訪れる。

 それこそ、夜間の都市封鎖ロックダウンなんて無ければ、かなりの賑わいを見せるはずなんだけど……、今は俺らしかいない。


「……あのさ」


「何だ?」


「俺ら、何で階段上ってるの?」


 そう。

 俺が最も異を唱えたいのはこの

 展望テラスに向かうためには方法は二つ。

 一つは中から直通のエレベーターで向かう。


 もう一つは……

 外に剥き出しの長い長い死ぬほど長い階段を使って地道に上る。


「だって、この街で一番高い建物なんだろ?」


「こんな所に来るって聞いていたら、正直に答えなかったよ!」


「しょうがないだろ? エレベーターもう止まってたし……」


 もう嫌だ。

 足も痛いし、風も強いし。

 あと、俺高所恐怖症なんだよ……。


「病み上がりの人間が来ていい場所じゃない……」


「シシっ、それはそうだな」


 何笑ってんだよ……。

 一体誰のせいで俺がこんな思いをしていると思ってんだ。

『ちょっと付き合え』という言葉の意味をもっと深く考えるべきだった……。


 ***


「付き合えって……、もう夜だよ?」


 空は藍色の部分が大多数を占めていて、夕暮れと言うにはもう無理がある時間だろう。

 都市封鎖には法的拘束力こそないものの皆死にたくはないのだろう、夜間ともなれば一般市民の姿は一人も見当たらない。


「悪霊なら大丈夫。俺だって陰陽師、雑魚に引けはとらないよ」


「それは……そうだろうけど」


 コイツの強さは、俺が直接目の前で見ている。

 敏捷性アジリティはさることながら、を反撃の余地もないほどに圧倒、そして祓った。

『陰陽師』としての力なら清桜会の正規隊員に劣らない、いやむしろ遙かに凌駕する―――――。


『身の安全は保証しよう。ただ、私たちに協力して欲しいのだ』


 ……。

 協力。

 俺に協力できることなんて、あるのだろうか。

 一瞬の逡巡の後―――――。




「……まぁ、ちょっとなら」


 気付いたらそう答えていた。

 初対面だし、物言いこそアレだけど、命の恩人であることに変わりはない。

 悪霊に襲われる危険性も、コイツと行動する限り無さそうっちゃ無さそうだ。


「安心しろよ、そんなに時間はかからないだ」




 ***


「って言ってたろ!! 何でこんなところ上ってんだ!!!」


『「まぁまぁ」』


 くそ……、やっぱり命の恩人とは言え、初対面の人間の言うことなんて聞くもんじゃなかった。



「ここまで来たのは、俯瞰ふかんしたかったから、なんだよね」


《見てみろ、仁。もう始まってるぞ。北東の方だ》


「…………?」


「奴さん達も到着済みだな」


 仁と空は、同じ方向を見ている。

 俺も先ほどから微かには感じ取っていた。

 街中で溢れ出す数多の霊力。

 悪霊が発するものなのか、陰陽師からのものなのかは分からない。

 が、どこか冷たい敵意のこもった暗い雰囲気が霊力と共に街中にはびこっている。


《南の方もだ。こちらは……大分派手だな》


 言うが早く、南区の方から轟音が響き渡る。

 あれは……砂煙か?

 キラキラと光るモノも見える。

 既に式神を起動させて応戦しているのかもしれない。


「じゃあ、あっちにするか」


「……!」


 仁は既に見覚えのある、あの夜と同じ狐の面を付けていた。


「えっと……じん……くんも行くのか……?」


「仁でいいよ。それに……」


「……っ!!!」


「お前も行くんだよ」


 唐突に何の脈略もなく。

 むんずと俺の制服の首根っこを掴み、仁は―――――階段の柵から

 一瞬、何が起こったのか分からなかった。

 上下感覚が反転し、冷たい外気を一身に受けている。

 気付けば俺は今。





 ―――――自由落下の最中さなか


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