2束「糸を束ねよ無縁の聖女」
第19話「百六十八代目の二人目の神子は一人目の聖女」
占い師が告げた「二人目」について、周囲に聞いてみた。
「聖女様は一人目でございます」
「世界をお救いになる尊い御方」
「貴方様に相応しい御役目」
侍女達は笑顔のまま口を揃えて告げるので、話が全く進まない。
一人目の聖女。悪くない響きではあるが、どうにも引っかかるのだ。
数字詐欺か、それとも確率論の問題みたいな。誤魔化されているのに、どこに疑問を持っているかわからない。
「じゃあ神子としては何人目?」
「神子様は今代で百六十八となります」
また引っかかる。百六十八代目は素直に受け取れば百六十八人目ということなのだろうが。
現役女子高生の頭脳でもわかること。問題文からすでに引っかけ問題の場合、些細な違いに気づかないと減点だ。
今代――今の時代。天皇が変わると年号が新しい名前に切り替えるように、世界の共通認識が神子であるならば。
王宮騎士団が担う文化の授業、その中でも歴史に関わる分野を担当する騎士に質問する。生徒らしい振る舞いは、元の世界では日常茶飯事だ。
百六十八回も年号が変化するのは、日本史を思い出す。世界史ならば西暦で統一できるので、聖女の選択科目は世界史である。
必要なのは二百年ほど離れた戦争の年号と、暦の呼び方を確認すること。中世風味とはいえ、各国が同盟や同一の神話信仰であるならば、何かしらの明確な違いが存在するはずだ。
「天灯歴と神子年号は確かに別物です」
狙い通り。西暦に似た通年を示すのは天灯歴であり、神子の代替わりは神子年号だった。
一代目の神子の名前を借りて「セイラ」から始まり、現在の年号は「クロード」となっているらしい。
「百六十七代目はクロードさん?」
「……」
「神子は男の人もなれるんだ」
「はい。浄化の力に性別は関係ございません」
大事なことは無言で返された。しかし義務教育で鍛えられた頭脳は、それがどういう意味を内包しているか察している。
誰も聖女の名前を呼べない。けれど仮名としてフィーロと与えられた。
ならば神子年号も「フィーロ」でなければ、築き上げた文化の意味がない。
やる気にあふれた学生のように、矢継ぎ早に質問を投げていく。
神子年号は歴史上において神子の行動が政務や地域の変化に大きく関わるので、天灯歴とは別に作る必要があったこと。
神子が自然死を迎えると、一年もしない内に新しい神子が現れる。事故死等の場合でも、三年以内に発見されるらしい。
異世界から召喚された神子は、聖女が初めてであったという内容まで。
聞くほどわかっていくのに、不安が肥大化して止まらない。
神子クロードについては全く答えてくれない。歴史上に女性の神子は多く存在するが、聖女と呼ばれた人はいない。
浄化の力も個人差が強く、神子一人で最低でも魔法使い百人ほどだとか。
蟻地獄に落ちた虫の気分だった。
さらさらと流れる綺麗な砂に身を任せていたら、底に恐ろしいものが待ち構えている。
姿が見えないそれに恐怖を覚えても、流されていく。元の場所に戻ることがとてつもなく難しい。
歴史の授業を終えた夜。王城の豪華な部屋の中で。
眠れずに窓から月を眺める。窓硝子に頭を寄せて、ひんやりした硬質な感触を静かに味わう。
夕方、第二王子に確認した。それくらいの行動力は許されてもいいはずだ。
「フィーロは素晴らしい聖女だ。過去の神子とは比べものにならない。それだけでいいだろう?」
「……」
根拠なんてなかった。理由も、信頼さえも。
褒めればいいだろうと、馬鹿にされたことくらいわかっているのに。
肝心の第二王子が理解できていない。忙しいからとはぐらかされて、入り組んだ廊下の上に置いていかれた。
聖女としては一人目でも、今代の神子としては二人目だったら?
クロードという神子が今代の本物で、彼が自然死以外で死んでいたら……。
異世界から神子が呼ばれた前例はない。三年以内に新しい神子が見つかるはずなのに、どうしてそんなに急いだのか。
怖い。
最悪の想像が頭の中を駆け巡った。
鋭い棘を体のあちらこちらに突き刺して、身じろぎするたびに痛みが発生しているような予感。
元の世界が嫌いではなかった。家族仲は普通で、友達もいた。学校生活も退屈なようで、思い出せば楽しかった。
「帰りたい……」
初めて、異世界から逃げたくなった。
優遇されている。美味しいものを食べて、出会う人全てが親切だけれど。
現実感が増加していくと、これが単純なゲームの世界とは思えない。そもそも聖女はこんなゲームを遊んだことも、聞いた覚えすらない。
王道展開ならばゲームのあらすじを知っているから、問題に対処できていくはず。
その気配がいつまでも現れない。乙女ゲーかとも思ったが、ケイジの話を聞く限りでは違うようだ。
なにより横取りするような恋愛はごめんだ。幼馴染の少年が彼女ができた時も、そっと諦めたのだから。まあ三ヶ月くらいで喧嘩別れしたらしいが。
悶々と悩んでいる内に魔法の授業がある日。
外は綺麗な秋晴れなのに、聖女は許可なく出ることは叶わない。
ぼんやりと窓硝子越しに青い空を見上げていると、ガチャリと扉が開く音。
美形の魔導騎士と、彼が連れてきた占い師が立っていた。
騎士は一礼して挨拶してくるが、占い師はぼんやりとした様子で視線をあちらこちらに動かしている。
聖女の望みだからと入室を許されているが、素性の知れない占い師を護衛達は面白くなさそうに粗を探している。
「##$$」
近づいてきた二人に、異世界には存在しない名前を呟く。
魔導騎士は聴くことすらできなかった音に驚くが、占い師は動かしていた視線を聖女に向けた。
「スギヤマコタロー?」
不安に押し潰されそうな心から搾り出すように、涙が溢れてきた。
熱い雫が頬を辿って、赤い絨毯に落ちていく。突如泣き出した聖女の異変に、護衛達が剣を抜いて構える。
すかさず魔導騎士が占い師を背中に庇うが、泣きじゃくる聖女が彼に抱きつく方が早かった。
「ぞうでずっ!」
「な、何が?」
動揺する占い師の方に顔を埋め、逃がさないように腰に足を回して固定。
木にしがみつくコアラみたいな格好で、少なくとも聖女の年齢からすればはしたない姿。
構わずに泣き続ける少女は、他人が口に出した幼馴染の名前に心の底から安堵した。
「わだじの名前ばフィーロじゃないもん!」
「……」
「〇〇△△なんでずっ!」
異世界人と扱われる聖女にとって、周囲全てが異世界人なのだ。
その心細さにようやく気づいた少女の必死な訴えは、やはり魔導騎士達には聞き取ることができない。
「ナカジマハルカ」
「ゔん!」
「ハルカと呼んでも大丈夫か?」
「むじろお願いじまずぅ!」
親から貰った苗字と名前。普段から使われていたから、当たり前だと思っていた。
本当の名前を呼ばれるのがこんなにも嬉しい。春の歌と伝えても、異世界では通じなかったのに。
「ライムさん……」
少し落ち着いてきたものの、抱きついたままの聖女は小声で告げる。
「怖いよぉ」
誰にも受け取ってもらえなかった気持ちを、差し出してみる。
「自分もこの世界は恐ろしい」
「……」
「手助けするから、あと少し頑張れるか?」
「……うん」
占い師が言っている意味はわからなかった。
それでも異世界で初めて聞いた「助ける」を信じたい。
お手軽と思われても仕方ないけれど、誤魔化してばかりの第二王子よりも頼りになると思ったのだから。
頼りない二人目の聖女のため、転生失敗スライムは頑張ることにしたのだ。
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