第18話「余計なお世話」

 貴族街の噴水広場で繰り広げられた大恋愛は、瞬く間に国中の民が知る話になつてしまった。

 細部は拡散される内に削ぎ落とされて、陰謀により危うく引き裂かれそうになった美しき恋人達が愛の力で乗り越えると認知された。

 謎の作家セイバースがこの話を元に書いた『恋愛結び』は、驚異的な人気を博したとか。

 

 まあそんなことは告白対決当日の夜には関係なく、ようやく当主である父が帰ってきたのを捕まえたケイジは、壁に手をついて詰め寄っていた。

 ちょっとぼっちゃり体型で低身長の当主は癒し系な外観だが、今は息子に部屋の角に追い詰められて怯えて震えている。

 それは蛇に睨まれた蛙状態で、威圧的な息子に対して全く勝てない父親という風景だった。

 

「父上。クラウド家とレイニー家の婚姻についてご存知か?」

「う、うん?」

「父上!」

 

 頭に疑問符を浮かべる父に、今度は殺気を放つ。

 

「ごめぇん!」

 

 魔導騎士である息子の気迫に負けて、ドラコー家当主は自白した。

 ナハトの女遊びは有名だが、その対象は住宅街の住民が基本だ。そこに大量の金額が動いてしまい、商店街の物価に影響を及ぼしかけた。

 クラウド家が所有している鉱山の希少鉱脈。かなりの価値向上が見込まれているが、採掘が難しいため長期的な運用と優秀な人材を欲している。

 

 事業失敗したレイニー家の補填に対し、希少鉱脈を採掘するための金額を一部使用している。ケイジ達が聞いていたよりも、余裕はなかった。

 とりあえず財布の紐を締めようとしたクラウド家当主のフォーグは、弟の女遊びについて社交会で話したところ、対策をしてくれる派閥が登場。

 その場に居合わせたドラコー家当主も悪くないと太鼓判を押したのだが、何故か聖女の婚姻や悪女五人衆の強い制裁が明らかになった。

 

 進んでしまった話を止めるために奔走した当主二人は、一縷の望みをかけてナハトへ婚約について伝えた。

 戸惑うケイジ達の裏側で働き続けた結果、噴水広場の大恋愛が勃発。どうにか聖女の婚姻話とナハトの婚約について白紙に戻すことができた。

 悪女五人衆についてもドラコー家が支援をするということで、クラウド家の負担を軽減することを後日締結する流れを作っている。

 

「ヒルダさんが帰ってきたら細かいところを直すけど、概ねそんな感じだよ」

「母上の帰還を待つのは正解です。父上だけだと不安ですから」

「ケイジくん、酷くない?一応当主なんだけどぉ」

「語尾が妙に緩い癖は直した方がいいですよ」

「家族の前だけでもいいじゃないかぁ」

 

 朗らかに笑うドラコー家当主は、基本的に威厳がない。

 優しそうで騙されそう。実際そうなのだから、奥方のヒルダによる取り締まりが大事なのが家族共通の認識だ。

 

「まあでもケイジくん頑張ったてぇ?」

「ええ、はい」

「よっ、色男!」

 

 呑気な父親への鉄槌は母親に任せることにした。

 もう少し詳しい事情はその後に聞き出しても遅くない。キトラ自身も家に事情を話している頃だろうし、野次馬達の後押しもある。

 ナハトも兄に用件を伝えている頃合いだ。婚約問題が解消したとなれば、ケイジが口出しする理由はない。

 

「セバス。全ての事情を母上宛の手紙に記載しろ」

「かしこまりました」

「そんなぁ!」

 

 念のため釘は刺しておく。中途半端でも、金槌が追加されたら深くまで届く。

 老年の執事の文才は素晴らしく、真実を赤裸々に書きつつも脚色もふんだんに盛り込まれるだろう。

 雇用主にも容赦のない態度は毅然としており、ぽっちゃり体型では追いつかない速度で自室へ戻る執事であった。

 

 ケイジが部屋に戻ると、ソファの上ですやすやと眠る人型スライムがいた。

 客間を与えられていたはずだが、何か話すことがあったのだろう。食事用の盆も机にあったが、食べ物はあまり減っていない。

 大きめの水差しの中身は空っぽになっており、蝋燭の光に照らされた顔は心なしか艶々としている。

 

「おい、ライム。起きろ」

 

 体を軽く揺らせば、瞼がゆっくり開いていく。

 青い瞳はぼんやりと宙を見つめていたが、突然爆音を聞いたように体を跳ね上がらせた。そして視線があちらこちらへ動く。

 片耳が痛いのか、完全に手で塞いでいる。この奇妙な癖にも慣れてきたことに、ケイジはなんとも言えない気持ちになっていた。

 

「用件は?」

「セバスからだ」

 

 差し出された箱は荘厳な装飾で、中身が詰まったような重みが手の平に伝わる。

 黄金が入っているような重量感に、宝箱の如く美しい見た目。ドラコー家の執事とはいえ、気軽に用意できるものではない。

 大事なものなのだろう。長年仕えてくれた信頼から、迷わずに開ける。

 

 小型の張り型と潤滑油。

 

 窓の外にぶん投げなかった理性は褒められてもいいだろう。

 真紅のベルベットのクッションで保護されているというだけで、貴族御用達とわかってしまったのが心底つらい。

 添えられた手紙は二つ折り。破り捨てたい衝動を必死に抑えながら、震える手で書面を開く。

 

『坊っちゃまへ。

 騎士としての大成、美しき令嬢と交わした婚約。

 あらゆることが老人にとって嬉しい出来事であり、喜ばしいものでございます。

 

 そして真実の愛のために、我が身を捧げるお覚悟をしかと受け取りました。

 心ばかりではございますが、いざという時のために準備できるようささやかな贈り物をお受け取りください。

 どちらも一級品であることは、キトラ嬢から確認しております。

 

 どうぞ安心してご使用ください』

 

 絶妙に文句が言いづらい文面だった。

 面白がって書いていると確信できるのだが、丁寧な言い方と心遣いというのが力を込めにくい。

 見なかったことにしようと隠し金庫にしまおうとした矢先、人型スライムが二通目の手紙を差し出してきた。

 

「セバスから、変な場所にしまおうとしたら渡せと」

 

 入念な準備を怠らない執事の有能さが、こんなにも怖い。

 二通目は小さいので、文字数は多くないだろうと開いてみる。

 

『キトラ嬢は願望は抱いていても、実行したことはないと思われます。

 準備しなかった結果、初夜で凶器のような物を出されないようにお気をつけください』

 

 納得してしまいそうになる。確かにこっそりと鞭や手錠を所望しており、激しい内容が好みなのだろう。

 しかし今はまだ必要な時ではない。結婚後に詳しく話そうということで、現時点では歯止めをかけている。

 本当に叶えるかどうかはこれから考えることであり、先走った執事にそろそろ文句を告げてもいい頃合いかと思った矢先。

 

「おい」

「なんだ?」

 

 気になったのか、箱の中身を取り出している人型スライム。

 張り型のような固形物には全く興味がないらしく、手にしているのは粘液としてもったりしている潤滑油だ。

 美しい細工の硝子瓶に入っており、張り型と一緒でなければ神秘の薬として売られても違和感がない。

 

「これ、原材料にスライムが使われていると……」

 

 ぷるぷると、人型スライムが怯えている。

 瓶の底に安全性の証明として、小さく原材料の記載があった。文字を読めたのかとも思ったが、それよりもこちらを見上げる姿が哀れだ。

 

「人類は愚かだ……こんな恐ろしい物を作るなんて」

 

 遺憾だが、初めて人型スライムと同じ気持ちになる魔導騎士だった。

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